「天瑪、出撃!」(僕と彼氏シリーズ)
「ヒマワリへ、コマンドオンにしつつ映像を展開! そちらの状況を伝えよ!」
人型戦闘機ナイファスの、高い天井で支えられる格納庫にオペレーターの緊迫した声が反響する。春に設立されたばかりの私設宇宙軍組織「星間飛行隊イグザムズ」へ入隊した通信下士官、19歳のサハリネ・ミマガハラ軍曹は、諦めずにコンソールをタッチングし続ける。
「繋がらない?」
「はい……。ヒマワリはOSケルビナーにも未対応ですし、先ほどのメッセージをアウトプットするのが限界だったかと思われます」
「そうか、21世紀から働いてくれてるんだもんね。仕方ないよ」
「……天瑪少佐……」
サハリネはアクセスシートに座りつつ、隣に立つ小柄な人物を居た堪れない気持ちで見つめた。
「フィアンセ殿の、あの、ブルー・ハイネスからの私的なご連絡はありませんか?」
「ない。さっきからフルオープンでプライベート回線を回してるけど、全然」
「アステロイドベルト空域は、ケルビナーの圏外ですし、宇宙嵐のノイズもあります。きっとご無事ですよ」
「だと良いけどね、ありがとう」
二時間半前に、このイグザムズ木星本部へ緊急通達が入った。土星近くに建設された観光コロニー「レインボーフォール」にて、大規模な火災が起きたとのこと。まだテロによるものなのか事故なのか不明だが、オータムバケーション時期と重なり、大勢の被災者が出たという。
隊長であるソーヴィ・キャスバリエ大佐が、地球のトマコマイ基地に演習で出ている代理として、ジュピトリス内に準待機していた天瑪・メーライシャン少佐が駆けつけ、整備済みの量産型ナッシュビルをチェック。すぐに三機を出撃させた。隊長機である「天王星を統べるツタンカーメン王家の象徴、ハルヴァリエ」以外で実践に使用可能な、数少ないトリオだ。
全て騎士一人が繊細に制御するナイファス・ハルヴァリエと違い、AIフォロー「コラテラル・マニューバ」のバックアップに支えられるサイボット兵器。搭乗しているのはマシンコントロールされたアンドロイド兵である。
しかし一息ついたのも束の間で、その15分後に外惑星アステロイドベルト空域から、旧式の文章通信が入電。21世紀に地球のニホンエリアで製作され、現在は違法資源採掘の監視役として起動する「人工衛星ヒマワリ」が、異常を感知したのだ。
アルファ人類とマザーAI「ヒュートラン」が管轄する太陽系連邦軍は豊富な資金を持つが、それでも目の行き届かない場所はまだまだ、広大な銀河系に多く放逐されている。ヒマワリのように何百年前の遺物でも、予算が回らない外惑星区域ではいまだに、複数が途切れるシグナルを発しつつこうして危機を報告してくれるのだ。残してくれた先人開発者達には感謝しかない。
「彼が、リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ中佐は、どんな戦況になっても必ず無事に帰還する。今回も家を出る時、お土産にアルフォンヌのバターケーキを買って来るって、約束したもんね」
「あ、二時間並ぶアレですね!? 自分、食べたことないんですよ!」
「よし、じゃあ戻ったら軍曹にも分けてあげるよ」
笑顔を浮かべているが、小作りのその顔は白い。いつもは薔薇色のふっくらした唇も、どこなく青ざめている。
無理もない、ヒマワリが送ってきた通信には「想定外の事態、多数のビースト宇宙海賊が暴乱発起。即刻、応援を送るべし」とあった。まさに、このクスィー・ナチュリアである天瑪・メーライシャン少佐の婚約者である、アルファ・ハイブリッド名門中の名門、ラグランジェ太公家の末子、リーデンゲイツァー中佐の部隊が一ヶ月の予定で監視航海へ出た空域である。
「天瑪少佐、自分達にも何かできませんか。ここで座っていても……」
「駄目だよ、軍曹。私達は木星で避難民を救助している本隊の応援なんだから。僕と中佐の件はプライベート。軍人は常に、自身を犠牲にしても民間人の安全を最優先すべし!」
「……はい、申し訳ありません。余計なことを」
全く間が悪いことこの上ない。先週は暇な時間を潰すのに、イグザムズ部隊にあてがわれているミニコロニーの視察方々、ソーヴィ隊長が新人を連れて遊びに出かけたというのに。何故、この慌ただしい一日に大きなトラブルが数度訪れるのか。
「………侯爵がね」
「えっ、はい!?」
「あ、ごめん。家だとそう呼んでるから……。ラグランジェ侯爵がね、言ってた。王族や軍隊の中で高位にいる以上は、時には家庭を犠牲にして民間人や仲間、部下を命に代えても守らなきゃならない時があるって。でも、それで万が一があっても、自分の仕事に責任と誇りを持って、誰のせいにもしてはいけないって」
「………、少佐……」
「言われた時に、ああ本当にそうだなぁって。この人は、ずっとノブレスオブリュージュの精神を持ってるんだなって思ってね。僕はそんな彼だから、一緒の家に暮らしていて、毎日楽しくやれてんだなって」
サハリネ軍曹は熱くなる目元を抑えられず、だが一番辛いはずの人を目の前にしてそれを必死に飲み込んだ。
天瑪・メーライシャン技術少佐と、その婚約者であるリーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ中佐の仲は、一部のアルファ貴族や、サハリネのようなベータ一般兵の多くに「アルファ貴族と、その子孫を産める希少種クスィーの契約婚姻である」と冷淡に眺められている。
しかし同じ部隊に入れば、天瑪のセルフィーアイには必ず、ランチタイムと帰宅時間前には「社交会の蒼の君こと、ブルー・ハイネス」から定時連絡が入る。独特の着信音なので、部隊の裏仕事を賄うハイブリッドビースト、グリフォンのアルマンゾ伍長などは「ヒュー! 暑いね!! 今日はまたまた、昼から暑いというかお熱い!!」と、囃し立てる始末だ。
「ごめん、僕は統帥本部ビルに行って来る。一時間半で戻るけど、何かあったらすぐ連絡して」と、愛馬である400ccドウカティsuper sportsに急いで跨るのは、婚約者と珍しく外でランチタイムを過ごせるから。
感情が希薄な新人類クスィー、不感症のオメガなどと中傷されているが、彼ら彼女達が実に情深い人なのだと、ここに入隊してサハリネは知った。
自分のセルフィーアイとヒュートランを中継して、天瑪が応援要請を繰り返しているが、木星での被害が大きく反応がほぼ返らない。これには「熟練したラグランジェ部隊なのだから、死んでも自分達でどうにかしろ」という、AI政治の実に冷淡かつ現実的な判断が下されている。
「天瑪!!」
「ソーヴィ隊長!?」
「地球におられたのでは!?」
通信室に、その人にはあり得ないノック無しの入室をし、星間飛行隊イグザムズ隊長であり、全責任者のソーヴィ・キャスバリエ大佐が、着乱れた漆黒の二級軍服姿で飛び込んできた。
「はいはい、落ち着いて。俺様が昔のダチにRX-9を出してもらってね。コネでトマコマイのシャトルを借りて駆けつけたのよ」
「アルマンゾ伍長! さすがです!!!!」
「うんうん、もっと褒めなさ〜い」
「どうですか、ラグランジェ侯爵の状況は? ご無事で?」
二人とも全力で走ってきたのだろう、いつもお洒落に長い灰銀の長髪をセットアップしているアルマンゾ伍長は、おそらく途中から主人であるソーヴィを抱えたらしく、珍しく息を乱している。ソーヴィもまた、豪雨に濡れたかのような汗を流して頬を紅潮させていた。
「こんな時に、本当に……。うちみたいな小さな部隊じゃ、木星へ量産機を三機出すのがやっとだよ」
いつもなら軽口を叩く長身のハイブリッド・グリフォンも、緊張した表情で天瑪に告げる。高さ50メートルを誇る、建設されたばかりのイグザムズ基地の天井に、数秒の沈黙が重く横たわった。
「天瑪、自分のプラグツィカルスーツは持っていますね?」
「え、あ。はい、取り敢えずは」
「よろしい、ではハルヴァリアにてすぐに出撃しなさい。サハリネ軍曹をフォローとしてティングに乗せて」
「ソーヴィ大佐!? 僕を、いえ自分をツタンカーメン王家のハルヴァリアに!? 無理ですよ!!」
冷静だった天瑪が、さすがに大きな紫の瞳を丸くして反論した。ソーヴィを同じクスィー・ナチュリアの先輩として慕い、支援する為に整備技術者となる道を選んだ。その相手に異論を発するとは自分でも信じられない。だが、ハルヴァリエは、銀河をラグランジェ太公家と二分するツタンカーメン王家に継がれる人型兵器ナイファス。一般民出身の天瑪が、まさかコクピットに座れるはずもない。
「この危機に、王家だの秘宝だのと言っている場合じゃない! 私はここの責任者として、木星災害の支援をバックアップする義務がある。でも、その任務にハルヴァリエほどの戦闘力を保持するナイフィスは必要じゃない」
「確かに、大将の言う通りだよ。もしラグランジェ侯爵がやさぐれビースト空賊とドンパチして苦境にいるんなら、これ以上の応援はないもん。行くべきだ」
「ですが、私も星間飛行隊の一員です。木星で被害者が多々出ているのに、そんな……、個人的な事情で」
「何を言うか! 我々は軍人である前に一人の人間だ! ここにいても無駄とわかっているのに、大切な方を守らずにしてどうする!」
「ソーヴィ隊長……」
いつものんびりと、温厚なソーヴィが、鮮やかなストロベリーブロンドを燃え盛らせる怒気に、天瑪もサハリアも初めて触れて痺れ上がった。
「ふぅ、大声出して失敬。それにね、何よりラグランジェ部隊はいつも、私達みたいな小部隊を庇って、最前線で戦ってくれてる勇者集団だよ。こんな今こそ、恩返ししなきゃ。おんなじ太陽系連邦の軍仲間なんだもん!」
イエローダイアモンドのひとみに冷静さを取り戻した隊長に、その絶対の守護者であるグリフォン・ビーストが「そうだ! その通り! マスター、最高惚れ直す!」と長身をビヨンと踊らせる。
「天瑪、私はね。このイグザムズ星間飛行隊が、アルファやベータ、オメガとクスィー。それからビーストやアンドロイド全ての人種や性別を超越して、一致団結できる組織の、先端になれればと思ってここを作った。理想論かもしれない。でも、今までアルファに守られるだけだった私達の、この一歩から未来が始まると思うんだ」
ハッと、その言葉に視線を上げる。天瑪を支えてくれる赤い髪のクスィーの先輩、そして銀灰色のたてがみを持つグリフォン、それから入隊したばかりのベータの少女。
そうだ、ここには宇宙を凝縮した全部の生命種が揃っている。私も、その中の一人だ。
星間飛行隊のトップツーに熱く両肩を抱かれて、天瑪は言葉を失った。二人が自分達二人、婚約者を心配してくれるのは胸が熱くなる程に感動したが、のしかかってきたのは自分の技量に対しての不安だ。
「でも、その。ハルヴァリエは常にソーヴィ隊長専用機としてチューンナップして、ハンガーアウトしています。未熟な僕で、ちゃんと制御できるんでしょうか」
「何言ってんだよ! 毎日、あの子を大切に育てているのは天瑪でしょ! 一流の調教師なら、自分と愛馬を信頼するべきだよ!」
硬い顔の上司に、ミハリネ軍曹も喝を入れる。
「天瑪中佐、微力ながら自分もお供致します。婚約者殿をフォローしに行きましょう! 絶対に、ブルー・ハイネスは貴方を待っておられます!!」
年下のその彼女の毅然とした瞳に、天瑪の頬がふわっと和らぐ。
「うん、そうだよね……。彼は僕を、待ってくれてるよね」
「そうだよ、天瑪ちゃん! 行ってきな!」
「天瑪、こちらのことは心配いらない。私が全てこなしてみせます」
「……了解しました!」
天瑪が、格納庫に眠っていたハルヴァリアRX-VW2をセルフィアイで起動させる。18メートルのデルアゲン合金で作り上げられた歴戦の電動騎士が、大きな駆動音を反響させつつ、ゆっくりとワイパーから立ち上がった。いつもながら、両翼のようにそびえるフライティングランドセルと、プラチナムホワイトとワインレッドのボディが眩いまでに美しい。
「ハル! 天瑪を蒼の君の元へ運んで! 二人を守るんだ!!」
幼い頃からツタンカーメンの血の繋がらない継承者として、ハルヴァリエを乗りこなしてきたソーヴィの言葉に、グォン、とその騎士が機械の瞳を輝かせて応える。
一人ずつにオートクチュル製作されるプラグツィカルスーツは、一応はプロトタイプ試乗者として整備士の天瑪も持っていたが、本格的な着用も演習以外の戦闘もこれが初めてだ。初陣、という言葉が浮かぶ。
コクピットシートの中は精密な機器に囲まれてはいるが、この場こそは、天瑪が自分の心血を注いで作り上げてきた聖地だ。不思議とシートに背を任せると同時に、スッと筋肉の緊張が半減した。
「ハルヴァリア、出撃シークエンス、スタンバイ!!」
「コンディショングリーン! いつでもいいよ、天瑪ちゃん!」
「天瑪、ウェポンバックアップはロングスラスターライフルと、バレリーナナイフです。臨機応変に使いこなしなさい! 侯爵によろしく!」
ガウン、ガウン、ドン、ドン、と尻の下からの振動が大きくなり、オートでスタンディングしたハルヴァリアが上空へ続くスピードスターターへ滑っていく。前面のスクリーンに紺碧の宇宙空間が広がり、天瑪は自分に聞かせるように腹へ力を入れた。
「天瑪少佐、ハルヴァリアで出ます!!」
【僕と彼氏のマリッジボムシリーズ、天瑪、出撃】
後半へ、続く!(cvキートン山田)
お、終わった……。一週間で漫画一本と小説更新はやはりハード!でも楽しい!!