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①天の地上投影~常陸国の七つの名神大社は北斗七星

神社の起源はおそらく弥生・縄文にまで遡るだろう。

927年にまとめられた延喜式神名帳は当時の官社リストである。このリストに掲載されている神社は『式内社』といわれ、ひとつの社格となっている。
全国で2861社あり、3132座の神が鎮座する。

官幣社・国弊社の別と大社・小社の別がある。とりわけ名神祭の対象となる神を祀る神社は『名神大社』といわれ、古来より特別に霊験あらたかとされている。

しかし、この『名神大社』については神名帳には226社313座が記されているが、選定理由や選定条件などについてはあまり詳しくわかっていないようだ。数についても、地域により偏りもあるし、令制国単位では全くない国もある。地域の一之宮の多くは名神大社であるが、そうでないものもある。

日本書紀の記述などから、おそらくではあるが天武・持統朝には官社の制度がある程度確立され、名神大社の原形となる神社が選定されていき、奈良・平安と徐々に数を増やしてきたのではないだろうか?

なんだかとても気になったので、比定されている神社の本殿(ない場合は拝殿)の現在位置を国土地理院地図にプロットしてみることにした。論社が複数ある場合は、それらも記入した。これらは地図上●印で表した。

また名神ではないが、地域の一之宮である神社は有力な古社が多いため、あわせて■印でプロットした。

国土地理院地図に名神大社をプロットする

畿内および周辺国(現在でいう近畿地方)はやはり数は多いが、東国に注目するとその数は限定的であり、犬吠埼から能登半島を結ぶベルト状に集中しているように見える。

特に気になったのは『常陸国』のケースである。東国の国々の中でも名神大社が七社と多いのだ。ヤマト王権の勢力範囲を拡大する前衛基地だからか?と考えたが、何気なく線で結んでみると『北斗七星』を表しているように見えた。静神社【二之宮】⇒酒列磯前神社⇒大洗磯前神社⇒吉田神社【三之宮】⇒稲田神社⇒筑波山神社⇒鹿島神宮【一之宮】の七社である。

奇しくも、剣の神で神話・国譲りの際に活躍したタケミカヅチの神を祀る鹿島神宮が北斗七星のアルカイドに対応しているのだ。アルカイドは【破軍星】【剣先星】とも呼ばれ、国譲りの際、浜に逆さまに立てた剣の先に座った描写が連想される。かつ、筑波山神社の式内社は二座とあり、ひとつは小社であるが、ミザール(武曲星)と輔星アルコルを表しているのではないか?

同じく信濃国の五つの神社がカシオペヤ座に対応しているように見えてくる。

これはどうやら天の星々を地上に投影しているのではないか?

東国の名神大社・一之宮は限定的。あまり多いわけではない。黄金三角形が連なる。

そして星座をつくるラインとは別に、東国を覆う巨大な六角形(六芒星)黄金三角形を構成するラインがあることに気づいた。

連なる黄金三角形は稲妻型の蛇、大きな六角形は亀甲。合わせると、四神の北方の守護【玄武】を意図しているのではないかと考えた。

北斗七星とカシオペヤ座の配置より、二荒山神社は北極星、寒川神社がこと座のベガ=織女星に対応し、北天の夜空を表す。ちょうど夏至の夜0時の配置となる。

これらの官社は北方の守護玄武と北天を重ねているのではないだろうか?

同じように西の方へ移ると、東海地方の名神大社十社がオリオン座、伊予国にはいて座(南斗六星)を象っているように見え、これは二十八宿を意味する。そしてこれら黄道の星座を重ねるのは南の守護【朱雀】だ。
神社を結ぶと、和泉国一之宮『大鳥大社』を要として東翼・西翼を大きな三角形で表す巨大な鳥の図が現れる。

大鳥大社を要として大きな三角形は朱雀の翼を表現する


斗宿は伊予国の6つの名神大社 井宿は近江国の8つの名神大社

八万とも十万以上あるともいわれる神社であるが、名神大社・一之宮の限定していくとその数は絞られる。それらを結んで得られる図像にはどのような意図があるのか?
いつの時代に、誰が何のために、そしてどのような手法でこれらの事業を行ったのか?今後、ひとつひとつ紐解いていきたい。

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