映画『Take Out』
2004年/製作国:アメリカ/上映時間:87分
原題 Take Out
監督 ショーン・ベイカー
予告編(海外版)
STORY
その日の夜までに借金800ドルを返済しなければいけない、中国移民の青年(本国に妻と息子有)の1日を描きます。
中華料理店の宅配係として働く主人公(ミン・ディン)は不法移民。
密入国する際にブローカーに多額の借金をしており、その返済金の利息は30%。支払期限を守れずにその利息が加算されてしまうとさらに支払いは困難となるため、なんとしても期日内にお金を支払わなければならない状況です。
そのような事情を知った同僚(ヤング)にお金を借りるなどして、650ドルまでは仕事開始前に用意することが出来たものの、残りの150ドルは夜までに稼ぐ必要があります。
宅配係の基本給はとても安く(ちなみに自転車を使用して運びます)、運んだ先のお客から渡されるチップが収入の要となるため、同僚は自分のその日の仕事を出来る限り行わないことで主人公を助けようとします(「他の従業員に事情を知られたくない」と主人公から聞いた同僚は、事情を伏せるために仕事をサボっているように見せかけることにする)。
目標達成を目指し、雨の一日となったニューヨークを、主人公が(自転車で)疾走する。
※悪天候にてデリバリーの需要は増す
レビュー
超低予算(3,000ドル)で制作されたショーン・ベイカー監督のキャリア初期作品にも関わらず、その内容には既にベイカー作品の特徴が色濃く発揮されており、普段私たちが目にすることのない(というか通常のメディアにおいては意図的に隠蔽されて無いことのように扱われている)世界を、当事者目線にて、ある意味ドキュメンタリーよりもリアルに、そして刺激的に、且つ説得力を持って見せてくれます。
また本作の素晴らしさは、ヒットの到底望めない題材を、そのことを理解した上で、しかしそれでも制作したという点にもあるように思います。
そして驚くのは、アメリカの白人男性が制作した作品であるにも関わらず不法移民の中国人青年が主役であり、使用言語はほぼ中国語であるということです。
最近日本でも、アメリカでのアジア人差別に関する認知が広がってきていますけれども(黒人差別よりも酷いです)、20年も前に『Take Out』が制作されていることを考えると、如何にベイカーが鋭敏な感覚をもつ優秀な芸術家であるのかがわかります(一流の芸術家はどの時代でも、常に時代の先をゆきます)。
さらには、ひとりのアジア系不法移民の青年を通し、9.11後のニューヨークのリアルを記録しつつ(デリバリーの注文をする様々な客の対応から社会背景が透けて見える仕掛けとなっている)、テロの影響とアメリカの移民政策に翻弄される移民たちの姿を描くことにより、政治的な問題提起をも行っているという素晴らしさ。
ですけれどもそこは流石にベイカー。社会や人間の影の部分を描くだけではなく、ユーモアを織り交ぜながら、登場人物達の友情や助け合い等、人間の光の部分をも鮮やかに描き、鑑賞者の心に温かい灯りを灯し、爽やかなラストへと仕上げます。
※作中にて1度だけ、意図的に無音になる場面があるのですけれども、とても良い演出であると感じました。
その他
・3,000ドルにて制作するためにクルーは雇わず、カメラマンや編集者も無し。監督自らデジタルビデオカメラで撮影し、それを自分で編集したそうです。字幕の中国語と英語の入力作業も全て、監督含むわずかな製作者達で行ったとのこと。
興味のある方は以下のインタビュー記事をどうぞ ↓
・ショーン・ベイカーは何かのインタビューにて、「自分はアメリカに住む白人男性として特権的立場にあることを良く理解しており、そのことを強く意識している(そうすることにより社会制度からも除外されたり、差別や貧困を経験しながらも懸命に生きる人々の視点に立つことが出来るし、そのような視点を常に持つことに努力をしている)」と話していた記憶がありますけれども、人として本当に信頼できる方だなと思います。
毎回1本の映画を通じ、経済的弱者の側からの多角的な視点を用いてアメリカという多民族国家の一端を見せてくれるベイカーには、尊敬と感謝の気持ちしかありません。
あとベイカー作品は毎回、鑑賞者が主人公達と同じ経験をしたかのようなリアルな感覚を与えてくれるため、本当に凄いなぁと思いますし、映画体験としてこれ以上ない至福の時間を味わえます。
※本作は「Criterion」からリマスター版が販売されていますけれども、そのことは、ベイカーが既に一流の監督であることを証明しています。