映画『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』
2008年/製作国:アメリカ/上映時間:87分
原題 HERB & DOROTHY
予告編
「ハーブ&ドロシー」について
☆ハーヴァート・ヴォーゲル(通称:ハーブ)
1922年ニューヨーク州生まれ。高校中退後、郵便局員として定年まで勤務。
☆ハーヴァート・ドロシー
1935年ニューヨーク州生まれ。大学院卒業後、ブルックリン公立図書館の司書として定年まで勤務。
2人は1962年に結婚。
結婚後、アート好きのハーブの影響を受け、ドロシーもアートの蒐集に携わるようになる。以後2人は「ドロシーの収入を生活費にあて、ハーブの収入を全額アート購入資金として使用する」という生活を40年に渡り継続することとなる。
尚、2人がアートを購入する際の基準はたったの2つ。
①「自分たちの収入で買える値段であること」
②「自分たちの小さなアパート(1LDK)に収まるサイズであること」
あとは「好きかどうか」だけ。
ただ、2人の予算はとてもささやかなものであっため、既に評価の定まった作品を購入することは不可能であった。そこで2人はまだ評価の定まっていなかった「ミニマルアート」や「コンセプチュアルアート」(現代アート)に目を向け、時間と労力を惜しまずに毎日のように展覧会を巡り、目を肥やしてゆく。そして気に入ったアーティストを発見するとスタジオを訪ねるなどして親交を深めつつ、作品を購入していった。
結果、2人は4782点(多分最終的にはそれ以上)ものコレクションを築き上げることとなる(1990年の時点で2000点を超えていたコレクションにより2人のアパートの部屋はアート作品で埋め尽くされ、爪楊枝1本すら入る余地の無い状態だったという)。
そこで2人は、作品たちを(保護する目的も兼ねて)美術館へと寄贈する決断をする。
しかしそこで驚かされるのは「2人のコレクションは価値の高騰した作品ばかりで数点売れば大富豪になれるにもかかわらず、結局、夫婦はただの1作品も売ることなくナショナル・ギャラリーやその他全米中の美術館へとコレクションを寄贈した」という事実である。
寄贈後も2人は、新婚当初から住み続けたマンハッタンの小さなアパートにて40年前と殆ど変わらぬ生活を続け、大好きなアートと共に幸せで充実した人生を生きている。
※ハーブ(1922~ 2012)、ドロシー(1935~)
レビュー
『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』にはとても不思議な魅力があり、作品を知ってからというもの定期的に鑑賞せずにはいられません。
個人的にはその魅力の正体は「愛に満ちている」からではないかと思っております。
描かれている「愛」は「アートという分野への愛」「ハーブ&ドロシーからのアーティストとその作品への愛」「2人に愛されたアーティストからのハーブ&ドロシーへの愛」「ハーブからドロシーへの愛」「ドロシーからハーブへの愛」、そして「佐々木芽生監督のハーブ&ドロシーへの愛」。
また本作の魅力はそれだけではなく、
You don't have to be a Rockefeller to collect art(ロックフェラーじゃなくとも美術品は収集できる)との言葉通り、2人がささやかな資金のみにて一流のコレクションを築き上げたこと。リンダ・ベリングス曰く「最低の金額で最高の作品をより多く」
4782点にも上る膨大なコレクションをただの1点も売らずに美術館へと寄贈したという2人の無欲な姿(「アートに投資して儲ける」「社会的ステータスを上げるためにアートを購入し利用する」という気配が微塵も無い)
当初、誰も見向きもしていなかったアーティストや作品に価値を見出した2人の圧倒的な審美眼と先見性、そしてアーティストの生活を支え作品の価値を高めるための大きな一翼を担った圧倒的な収集欲(熱く美しい情熱)
「結婚して45年、一緒にいなかった日は片手で数えられるだけ。何でも二人で一緒にやってきたわ」とドロシーが語るところの最強の信頼関係
「斬新」且つ「誰もやったことのない」ことを素敵に成し遂げた、2人の唯一無二の人生の魅力が満載であること(2人の人生には「ミニマルアート」や「コンセプチュアルアート」の要素も色濃く含まれている)
2人の人生の歩みが文化の発展を促していった過程を知ることが出来、とても面白い(そしてそれは同時に「本物のコレクター」誕生秘話としても成立している)
リチャード・タトル曰く、2人は「目から入ってきた情報を、脳(理屈)を通過させずに直接魂に送り届ける」とのこと。その子どものように観察し、子どものように楽しむ姿は、美しい
というような魅力もあります。
まとめると「人生の最上のものがギュッと詰まっている作品」と言えるかもしれません。
ゆえに何度も繰り返し観たくなってしまう素敵な作品なのだと思います。
初鑑賞からもう10年以上も経つのに、全く色褪せない傑作です。
映画に登場する主なアーティストの名前、まとめ
リチャード・タトル
クリストとジャンヌ=クロード
マンゴールド夫妻
ルチオ・ポッツィ
ロバート・バリー
リンダ・ベングリス
パット・スティア
ローレンス・ウィナー
チャック・クロース
ソル・ルウィット
ジェームス・シエナ
ウィル・バーネット
パトリック・ミムランの言葉
金が物を言うと、
アートは沈黙する。
※「逆もまた然り」ですね
追記(2024/02/10)
DVDの特典映像にて監督自ら本作の「愛」について語ってらっしゃるのを発見。
また今回初めて「コメンタリー音声」をオンにして視聴してみたのですけれども、撮影秘話等が本当に面白かったです。
もっと早く観れば良かった(笑)