予期せぬ事態が引き起こす「ありえない」イノベーション
前回、商品開発をする際に、「あったらいいな」だけでなく、「ありえない」や「わからない」という要素を入れた方がイノベーティブになるという話をしました。しかし、「ありえない」ものを創り出すためには、どのようなプロセスが必要なのでしょうか。本記事では、アーティストの森村泰昌さんとAppleのiPhoneの事例を通じて、予期せぬ出来事と自分のテーマを化学反応させる重要性を探ります。
アーティストが示す創造の道: 森村泰昌のナポレオン作品
アーティストの森村泰昌さんは、美術史上の人物や映画俳優などに扮するセルフポートレートの作品(自画像的作品)で知られています。森村さんは、ジャック=ルイ・ダヴィッドが描いた《サン=ベルナール峠を越えるボナパルト》のナポレオンに扮して写真作品を制作しました。ナポレオンがアルプスを越えてイタリアに侵攻するときの勇姿を描いたものですが、実際とは違うと言われています。実際にアルプス越えで乗っていたのはラバで、ナポレオン自身もこんなに長身ではありませんでした。つまり「ありえない」絵画だったわけですが、虚構であることがこの作品の魅力です。
森村さんは、京都競馬場での展覧会の話をもらい、馬が登場する名画を題材に選びました。実際に競走馬を使って撮影しましたが、後脚で立とうとすると、後脚が伸びてしまい、絵と一致しません。そこで、前脚と後脚を別々に撮影し合成するという手法をとりました。また、ナポレオンのマントは、布だと、どんなに風が吹いても絵のようにはならず、ウレタン樹脂のマントを作成し、風になびく様子を演出しました。
ありえない絵画をリアルな撮影で再現しようというのですから、技を使わないといけない。鑑賞者としては、どんなふうにして撮影したのか知りたくなる、不思議な作品になっています。
森村さんは、次のように語っています。
競馬場での展覧会のような予期せぬ出会いが、ありえない作品の制作を可能にするポイントなのです。
iPhone誕生秘話
iPhoneの開発も、予期せぬ事態がきっかけとなって生まれた「ありえない」イノベーションの事例です。もともと、スティーブ・ジョブズは、携帯電話の開発に否定的でした。キャリアの力が強く、端末メーカーがイノベーションを起こす余地はほとんどないと考えていたからです。ところが、アップルは日本の携帯電話市場のリサーチをしていて、カメラを搭載し音楽も聴けることを知りました。iPodの市場に脅威を与える可能性に気づき、携帯端末をつくることを決めました。
しかし、従来の携帯端末の追随をしないところがアップルです。スティーブ・ジョブズは、ボタンだらけの端末を気に入らなかったのです。当初、iPodと同様にホイール式を検討したものの、この方式はうまくいきませんでした。たまたまジョナサン・アイブのチームが、以前中止になったプロジェクトを引き継ぎ、マルチタッチ・スクリーンの研究を続けていて、これが救世主となりました。
ジョブズはiPhone製品発表会で、「タッチ操作のできるワイドスクリーンのiPod」、「画期的な携帯電話」、「画期的なインターネット通信機器」という3つの新製品を紹介し、これが一つのデバイス、iPhoneであることを強調しました。スティーブ・ジョブズの、PCをパーソナルなものにしたいという想いと予期せぬ日本の出来事が化学反応を起こし、iPhoneを誕生させたのです。
予期せぬ出来事に立ち向かう
最初から、ありえないものを創ろうと頭で考えたとしても、既存のアイデアの延長にすぎないことになりがちです。予期せぬ出来事に立ち向かう中で自分の本来のテーマとの化学変化が起きたときに、革新的なアイデアが生まれます。
森村さんのナポレオン作品や、AppleのiPhone開発のエピソードは、予期せぬ出来事に全力で立ち向かい、それを自身のビジョンと結びつける力が重要であることを示しています。
現代のビジネスにおいて、計画通りに進むことは少なく、予期せぬ出来事が頻繁に発生します。これらの偶然の出来事を恐れず、むしろ積極的に取り入れる姿勢が、「ありえない」真のイノベーションを生む鍵となるのです。