身体性とアート思考で社会に変革を起こす
現代社会では、デジタル技術の進化に伴い、新たなアイデアの創出が論理的思考に依存しがちです。しかし、人間は身体を通して外界と相互作用し、新たな知覚や体験を得ることができます。これを「身体性」と呼びます。アート思考を発揮するうえでも実際の体験に基づく発見が欠かせません。「身体性」とアート思考は密接に関連しており、ビジネスの現場でも重要な役割を果たします。本稿では、アーティスト・栗林隆氏(1968-)の《元気炉》を例に、身体性の意義とビジネスへの示唆を探ります。
《元気炉》の誕生と意義
《元気炉》は、2020年11月に、富山県入善町、下山芸術の森発電所美術館で初めて発表されました。この作品は、福島第一原発の原子炉の形を模しており、鑑賞者に強いインパクトを与えます。作品内部はスチームサウナとなっており、鑑賞者は中に入って体験できるようになっています。
栗林氏は、東日本大震災前から原発についてリサーチをしており、震災後は、毎年福島に通い、地元の人々と交流してきました。その姿は、メディアが伝える厳しい状況とは対照的で、現地の人々が持つ前向きなエネルギーにむしろ栗林さんの方が元気をもらい続けたと言います。この経験が《元気炉》の誕生に大きな影響を与えました。
栗林氏は「目で見ていることと体験したことでは、全く異なる世界がある」と述べており、身体性を通じた体験が新たな気づきを生むと考えています。その結果生まれた《元気炉》は、原発やエネルギー問題についての考察を促しながらも、ただの問題提起に止まらず、社会が動くための新しい装置を目指しています。
《元気炉》がもたらす美術鑑賞の革命
《元気炉》は、独創的なアイデアと身体性を重視した体験を通じて、美術鑑賞に革命をもたらしました。通常の美術館では、視覚的な刺激で感情や思考を動かされる作品が多く、圧倒されたり感動したりします。しかし、《元気炉》は鑑賞者が実際に作品の中に入り、五感で体験することを求めます。薬草の香りが漂うスチームサウナ内で、鑑賞者はエネルギーに満ちた感覚を味わい、満面の笑顔という、他にはない反応を引き出します。
この作品は、美術館の常識をも覆し、水や火といった通常美術館に持ち込むことができない要素を取り入れています。鑑賞者が裸になるという事態も通常の美術館では考えられません。これらのことは頭で考えていては思いつきません。体験を重視し、身体性を研ぎ澄ました栗林氏だからこそ発想できたもので、美術鑑賞の革命と言えます。
栗林氏は次のように語っています。
《元気炉》は、福島の人々からもらった「元気」を、多くの人と共有するための装置として、新たな気づきをもたらし続けています。栗林氏は、日本にある原子炉の数と同じ55基まで《元気炉》を制作したいと考え、様々な場所で展開しています。ドイツの芸術祭、青森の5つの美術館、別府市内、そして、2024年4月からは、栃木県宇都宮市大谷町にある地下空間に常設の《元気炉》ができています。
ビジネスへの示唆:身体性とアート思考の活用
創造的問題解決
身体を通じた体験は、データ分析や論理的思考だけでは得られない洞察をもたらします。ビジネスにおいても、現場体験での発見を促すことで、革新的なソリューションが生まれる可能性があります。
既存の枠組みを超える発想
《元気炉》が美術館の常識を覆したように、身体性に基づくアート思考は既存のビジネスモデルや業界の常識を打破する力を持っています。
顧客体験の革新
五感に訴える体験の提供で顧客の身体性に訴え、顧客との新たな関係性を構築できます。
社会的課題への取り組み
《元気炉》が原発問題に新たな視点をもたらしたように、社会課題に対してより効果的な解決策を見出す可能性があります。
ビジネスにおいて、身体性に基づくアート思考を積極的に取り入れることは、従来の分析的アプローチでは得られない競争優位性をもたらす可能性があります。《元気炉》の事例が示すように、これらのアプローチは革新的なアイデア創出、既存の枠組みを超えた発想、そして社会的影響力の拡大につながります。
企業がこれらの概念を戦略的に活用することで、市場における差別化、顧客体験の向上、そして社会課題の解決に向けた新たな取り組みが可能となるでしょう。今後のビジネス環境において、身体性に基づくアート思考は、イノベーションを推進し持続的な成長を実現するための重要な要素となると考えられます。
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