
ある日記「ロボット・ドリームズ」2024年11月19日
手袋を失くしたことがある。クリスマスにもらった大切な手袋を。
それは年末の夜のことだった。忘年会で気持ちよく酔っ払った僕は、終電を逃し、降りたことのない駅に放り出された。Googleマップで調べると、家まで二時間歩けば帰れるという。記憶が飛び飛びになりながら、少ない理性を頼りに頼ってずんずんと歩いた。坂道に差し掛かれば酔いの勢いで小走りで登りきった。機嫌の最高潮に達した僕は、これまで貯め置いてきたプレイリストを爆音でかけるべくポケットからイヤホンを取り出そうとした。ぽろっと手袋が落ちた。あぶない、あぶない。手袋を拾って左手に着けた。右手のはどこかとがしゃがしゃ探ると、ポケットは空だった。
辺りを見渡した。ない。少し道を戻った。ない。コンビニが道を照らすところまで行った。ない。歩いても歩いても手袋はどこにもなかった。今来た道を戻ろうといくらか進んで気づいた。どこを歩いてきたかわからない。Googleマップで駅までの道を検索する。いくつか候補が出た。どれで来たかわからなかった。ちょっと前の僕はどこかへ行ってしまった。
とりあえず駅まで戻った。駅からもう一度出発してみたら道を思い出すかもしれない。改札まで引き返して振り返った。知らない景色があった。駅をぐるぐる回っても、歩いた道がわからなかった。もはや降りた駅かもわからなかった。
国道沿いの道を歩くうちに涙が止まらなくなった。車がぶんぶん通るのをいいことに声を上げて泣いた。寒さに耐えられなくなってタクシーをつかまえて家に帰った。玄関横のいつもの場所に片方だけになった手袋を置いてまた泣いた。
次の朝、起きて駅に向かった。最寄りの交番で紛失届を出した。駅で落とし物の確認もした。降りたかもしれない駅の候補が二つあった。それぞれの駅の改札の外を歩いて歩いて歩いた。大きな方の駅で見覚えのあるKALDIがあった。その横の細い道を通り過ぎると見覚えのある屋内広場に出た。もう少し進むと降りた覚えのある大階段があった。僕は改札を出て目の前の階段を降りずに複雑なルートを選択していた。Googleマップで調べると、それは駅から家まで歩くときの最短ルートだった。酔った僕を理性が動かしていたことに少し笑った。
それから何日も探しに出向いた。日が暮れて真っ暗になってもiPhoneのライトで道を照らして探した。ギリギリまで粘ってからライブに行く日もあった。一人じゃ心細くてスピッツの「美しい鰭」をリピートした。
何日も探していると、ときどき誰かの手袋を見つけた。たいがい街路樹を支える柵やガードレールの突起に被せられていた。道ゆく人が落とした人のために手袋が踏まれず見つけやすい場所に避難させていた。やさしさは持ち主まで届かなかったけれど、手袋は喜んでいる気がした。僕の手袋もどこかで道ゆく人に掌を向けて挨拶しているのかもしれない。そう考えると、手袋は僕に着けられるよりもご機嫌な生を謳歌していた。
僕は新しい手袋を買った。失くしてもいいようにと言ったら手袋に悪いけれど、ユニクロの普通の黒いのにした。気安く使えて、いつも側にいてくれた。
あれからしばらく経ってしまった。もう一度あの駅に探しに行ったら、僕の見つけられないところから、手袋が僕を見つけてくれるかもしれない。僕が自分とは違う黒い手袋をしているのを見て、手袋はどう思うのだろうか。これでいいんだ、これがいいんだと、納得してくれるような気がした。

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