夏と本音
今にも溶け出しそうな身体で、必死に走った。
愛って、交差するものだと思っていた。
複数の線が一つに重なるその瞬間に、私は確かにそこに存在していられるだろうか。
耳を開けた。25歳、生まれて初めて身体の一部に穴を開けた。三箇所開けた。恋人に開けてもらった。
彼への絶対的な信頼からか、不思議とそこに恐怖心はなかった。
淡々とピアッサーを扱う彼が、いつにも増して逞しく、頼もしく感じた。
初めて彼の隣で迎える夏。初めて耳を開けた夏。染まる。夏が私を染める。私が、日々が、夏に染まる。
書くことでしか満たされないのに、取りこぼしたものを拾い集めることに必死になって、すり減る心に気がつかなかった。気がつけなかった。
言葉にしたら、何もかも壊れてしまうような気がした。私の我慢で、私の努力で、密かに保たれていた均衡が、少しずつ、ほんの少しずつ崩れていく音がする。そのまま何もかも灰と化して、そこに確かに存在したものが、まるで最初から何もなかったかのようにされてしまうんだろう。
泣いても、叫んでも、憎んでも、どうにもならないことがきっとこの世にはたくさんあって、そんなありふれた事実を受け入れるには、私も、あなたも、まだ幼すぎたのかもしれない。
涙は決まって、お風呂の中で流した。大好きだった祖父が亡くなったときも、生きることに絶望したときも、我慢をすることに疲れてしまったときも、私はいつもお風呂の中で、たった一人で泣いた。
「君がこの先生きていく中で、家族にも恋人にも友人にも誰にも頼ることができないと感じたとき、この人を訪ねてみてほしいと思って、名刺を持ってきてたんだけれど、君には必要がない気がしたから、やっぱり家に置いてきた」
彼の紡ぐ言葉が胸に刺さって、ほんの少しチクッと痛んで、またすぐに和らいだ。
「君は然るべきときに、然るべき人に出逢って、その人たちはきっと、何も言わずに君を助けてくれる、そんな気がする」
私は然るべきタイミングで彼に出逢ったのだと、そう確信した。
私が本当に欲しいものなんて、これまでも、これからも、いつだって、ただ一つだけだ。
今朝、蝉の鳴き声で目が覚めた。夏は寒さを口実に手を繋げないから、嫌いだ。
「また明日ね」って言いながら手を振れるのは、残り何回だろう。
一度目のアラームで目が覚めた日は、私が私を諦めない日だ。当てにならない星占いにも、役に立たないラッキーアイテムにも、もううんざりしている。そんなものがなくても、愛してくれる人たちが隣にいさえすれば、私は最強になれる。
AM6:00、今朝も蝉が鳴いている。彼らの命は、いったい残り何日だろう。
昨日、ある決意をした。半年以上悩んで、昨日、なんとなくで決断した。
何かを手放して、何かを手に入れる。
その覚悟がようやく私にもできたのだと思う。
「本当は気づいているんじゃないの?」
核心をつくように、私に言った。きっと私の心に触れたいのだと思う。
触れさせない。誰にも、触れさせない。
誰にも言えないから聞いてほしかっただけです。
何も言わないで、ただ聞いてほしいだけです。
私の欲しい言葉以外は口にしないで、お願い。
本音なんて、やっぱり言えない。書けない。
夏、早く過ぎ去れ。