P・G・ウッドハウスの最高におもしろい小説「スミスにおまかせ」
P・G・ウッドハウスの小説では、私は、ジーヴスものよりもエムズワース伯爵が登場するブランディングズ城もののほうが好きだ。
そしてその、ブランディングズ城もののなかで私がとくに好きなのは、「スミスにおまかせ」(創土社)である。この作品は図書館で借りて何度も読んでいるのだが、今の段階で読むことのできるブランディングズ城ものの中では、この作品がいちばんおもしろい、と思っている。
ブランディングズ城ものなので当然、エムズワース伯爵が主人公である。しかし、ここにスミスなる男が絡んできてブランディングズ城でひと騒動起こるわけだが、このスミスと伯爵の出会いのきっかけというのが、実に奇妙なのだ。
あるときエムズワース伯爵はクラブで、先ほどまで一緒に食事をしていた男性と間違えてスミスに声をかけてしまう、という間抜けな失敗をする。その男性とは、伯爵の妹によって城に招かれていた詩人、マックトッド氏であった。しかし、声をかけられたスミスは否定することをせず、マックトッドのふりをするのである。
なぜ、否定しなかったのかと言うと、理由は以下の通り。
「彼は本質的に、人生をそれがやって来るままに受けとめるタイプの青年で、人生がずっこけた形で来れば来るほど、それを好んだのである。そのうちにちょっと言いわけをして、相手の生活圏外へこっそり姿を消さなければならなくなる、と彼は考えた。しかし当面は、何が起こるか試してみるのも面白そうな状況に思えたのだ」
かくして、詩人になりすましたスミスはエムズワース伯爵とともにブランディングズ城へと向かうことになる。
ブランディングズ城で、偽者の詩人であるスミスは、堂々と振る舞い一度たりともひるむことがない。
彼の言うことがいちいちおもしろいのだが、私がとくに好きなのは、城にやってきた魅力的な女性イヴ・ハリデーに言うセリフだ。
「(この城に招かれたのは)僕が異常な魅力を発散しているという以外に、説明のしようはないでしょうね。その魅力をあなたはお感じになりましたか?」
ブランディングズ城ものの魅力のひとつは、城が人格を持っているかのように描かれている点にある、と思うのだが、この「スミスにおまかせ」では、それがとくに顕著に現れている。以下の場面などは、読んでいるこちらまでがブランディングズ城に滞在しているかのような幸せな気分になってしまうくらいである。
住人たちが外出し、「夏の日差しを浴びて眠れる館のようにまどろんでいるブランディングズ城」の庭で、スミスが昼寝をする場面がある。活動しているのは蜜蜂と蝶々だけ、そして遠くから芝刈り機のぶーんという音が聞こえてくる・・・という雰囲気の中、彼は目を閉じる。このあと目を覚ましたスミスは使用人に、「ホールにお茶を入れてれておきました」と声をかけられ、城の中へ戻る。
「ホールのなかは涼しく、きわめて快適だった。城館の大扉は解放されており、スミスは渇きをそそるかのように陽光が降り注いでいる芝生を眺めた。使用人たちの専用部分に通じる左手の緑の布張りのドア越しに、時折聞こえてくる甲高い笑い声で、どこかに誰かがいることは分ったが、それを別にすれば、世界に自分ひとりしかいないような感じだった」
さて、スミスは結局、他人になりすまして入り込んだブランディングズ城でうまく立ち回り、物語のラストでは大きな幸せを二つも手にすることになる。
なんの努力もせず苦労もせず、そのときそのときなんとなく流されながらもその状況を楽しみ、ときどき、適当にコントロールして最後には結局すべてうまくいってしまうのだ。
「スミスにおまかせ」は何度か読んでいるが、そのたびに、読み終わりたくない、と思う。最近になって、これだけP・G・ウッドハウスの作品が読めるようになったのだから、この「スミスにおまかせ」もどこかから復刊されればいいのに、と、思っている。どこかで復刊の予定は、ありませんか?
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