根っこを愛する
<根っこを愛する>
自然農は根を愛する。また育苗は根を大事にする。だから、私たちは根についてまず理解することからはじめよう。
根は大きく分けて3種類に分類される。一つ目は水分を求めて下へ下へ伸びる主根(直根)。その主根から横へ横へ伸びて、微生物と協力して栄養分をかき集めるのが二つ目の側根。その側根には根毛と呼ばれるさらに細かい根が生えてくる。三つ目はイネ科やネギなどに見られるひげ根で仕事は主根と側根どちらも果たす。
自然界では根が育った分だけ地上部の茎葉も花も育つ。草では地上部の約四倍の体積、樹木は地上部の約五倍の体積が根にはあるという。
根が伸びる速度は小麦では発芽してから40~50日間で1mにも達するそうだ。細根の長さの合計は麦1個体で数百km、側根に生えるさらに細い根である根毛の総数は数億本にも及ぶ。
根は倒れないように植物の身体を支え、養水分を吸収し上部の茎葉へと運搬するのが仕事だ。ついつい目に見える、茎葉のことばかり考えてしまうが、目に見えないところにこそ、命の源がある。
もちろん光合成が不足するとデンプン合成が衰え、根に送られる養分が少なくなるので根の活性が弱まり、養分吸収が遅くなる。だから、地下のことばかり考えるのは本末転倒だ。
植物がうまく育たないときは根を見れば原因がわかる。植物の病気は茎葉に現れるが、実際は土の病気である。植物は根が生きていれば再生する。根は生命の源。自然農では徹底的に根を大切にする。根性をつけさせてあげることが植物の健康も、のちの収量を決めるからだ。
もし、水やりをするなら一度にたっぷりと回数は少なくするほうがよい。そうすれば、水が少ない季節には水を求めて地下深くへ、四方へ根を伸ばすので、よりたくましく成長することができる。
農家は堆肥や肥料を土の中に入れて土を作ろうとするが、自然界では植物の根が土を作る。植物が枯れると根も枯れて、それが土中生物の餌となり、団粒構造の土に変わる。だから、その根が次の作物の栄養分ともなるし、次の作物との相性を決めることにもなる。地力は植物に任せるのが一番だ。
根は共生する微生物と協力して大地の信号をキャッチし、季節や気候はもちろんのこと、昆虫や獣、人間を感知している。また、植物同士で害虫や病原菌についての情報交換も行なっているという。微生物のところで詳しく話すが、私たち人間の腸内と非常に良く似た構造を根は持つ。
古代ギリシャ哲学者アリストテレスは「植物は人間を逆さまにしたものだ」だと言った。この言葉は哲学的な意味合いがとても深い。ものすごくざっくり言えば「頭を使って考えることが人間性を高める」って意味になる。植物をよく観察し、世界の真理にたどり着こうとした哲学者らしい言葉だろう。
ちなみにアリストテレスの師匠であるパステルはこんな言葉を残している。「人間は植物を逆さまにしたものだ」と(笑)何が違うのかって?哲学的には全然意味が違うようだが、話はややこしいのでぜひ考えてみてもらいたい。
日本の農学者大蔵永常「農稼肥培論」の中にこんな説明がある。
「人と草木は飲食と肥しと違いはあるが、その生気を吸収して身体を養うのは同じ理だ。人間や動物は動き回って口から栄養を取り、胃を通り腸でその生気を吸収する。草木は動けないから水と土を飲食し、根から土の中にある味を吸収する。人間は根を腸の中に取り込んだ。草木は胃腸を体の外に出したが、結局は同じ理だ。」
草木は下から吸収し、上から排出する。人間は上から吸収し、下から排出する。見た目や特徴は全然違うが、生き物としての仕組みは同じ。
また『農業自得』では「人は首を上にし、禽獣は首を横にし、草木は首を下にして土に根を入れる」とある。また日本の生物学者の巨匠である三木茂夫は「人間の裏表をひっくり返したものが植物だ」と。
東洋医学では腸を腹脳と呼ぶ。最新の西洋医学でも腸は第二の脳とも呼ばれるほど、私たちの精神状態と関係が深いことがわかっている。日本語では「腹を決める」「腑に落ちる」など腹と精神性は深く結びついている。ハラを「肚」と書くように土であり、「胎」の土台でもあり、「原」は源に通じる。日本語の根性という言葉は頭よりも腹に関わる言葉のような気がするのは偶然ではないだろう。
植物がたくさん花を咲かせて、実や種子をつけさせるためにはそれを支える枝葉が丈夫でなくてはならない。その枝葉を支えるために根が丈夫でなくてはならない。
植物同様、人間もまた根性をつけるには目に見えない世界に想いを寄せて思いやる必要がある。だからこそ感性が大切になる。見える部分だけではなく、見えない部分こそを感じる。外の見栄えから内の流れへと見方を変えよう。二宮尊徳が農業指導のなかで心を耕すことを訴え、精神の成就を求めた。それは精神が行動を決め、行動が成果を導くからである。
目に見えない世界・気がつかない世界に私たちは支えられ生かされてきた。だから、日本人は「お陰様で」と挨拶をする。カゲに御と様をつけて尊重する。そして、目に見えない世界の働きによって「バチが当たる」ことも重々承知していた。
根に対して「っこ」をつけて愛でる文化を持つのはおそらく日本だけだろう。日本の百姓たちは見えない世界を、根を愛していた民族なのだ。