女性誌にはセックステクニック指南があふれ、ネットには男性のファンタジー動画があふれる、その背景【読書感想文】
『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』(河出書房新社)は、資本主義が家庭、恋愛、セックス、暮らしを含めた「ライフ」に与える影響を学術的な視点から掘り下げた本だ。
同著によれば、東西ドイツの統一前、社会主義下の東ドイツと、資本主義下の西ドイツとでは、東ドイツのほうがセックス満足度が高く、セックスを楽しんでいたという。
過度な競争と不安を煽り、愛と性さえ売買の対象となった資本主義が極まったことで、女性の自信と主体性が削がれている現実が浮かび上がってくる。
「だから社会主義のほうがいい」というのではなく、「今の資本主義、ちょっと行きすぎじゃない?」という問題を提示している。
読んだあと、11年前に日本で出版された『アンアンのセックスできれいになれた?』(朝日新聞出版)という本を思い出して読み返した。
内容と筆致に違いはあれど、符号する点があるように思ったからだ。
『アンアンのセックスで…』を読むと、70年代~80年代の「女性もセックスを主体的に楽しむ」という誌上の理想が90年代に形骸化したことがわかる。
90年代以降、アンアンのセックスは「愛され」「モテ」「男性を虜にする」手段となり、2000年代には男性を喜ばせるためのテクニックのマニュアル本化が進んだという。
当時の日本は、バブルが崩壊後に到来した「失われた30年」の前半期。格差が拡大し、「勝ち組」と「負け組」という言葉が使われ始めた時期。
『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』によれば、「ジェンダー格差の大きい国では、性的関係は社会階層を上るための大事な手段になる」という。
ジェンダー格差と男女の賃金格差が先進国で最低レベルの日本では、容姿も含めた女性の「性的な魅力全般」が「階層が上位のハイクラス男性」に選ばれるための手段の1つと位置づけられていないだろうか。
話変わって、ラブコメ研究家の私は最近、日本映画で「全然楽しくなさそうなセックス」を見た。
男性の映画監督による「女性の欲望と孤独をセックスで満たす」みたいなテーマの『娼年』という映画だ。俳優の演技力は申し分なく、問題は演技指導にあると断言できるが、女性によるクチコミは「愛撫が痛そう」というものがズラッと並ぶ。
女性誌には男性を喜ばせるテクニックが氾らんしているのに、男性向けに氾濫するコンテンツは、女性にとって痛そうなプレイがあふれている。
女性にとって痛そうな愛撫をする場面は映像的に「映え」るかもしれないしファンタジーを抱く人もいるかもしれないが、痛みを伴う嗜好を好む少数派を除いて喜ぶ人はいない。
男はファンタジーの実現を求めて、女はスペックの高い相手に選ばれることを望んで、相手不在のテクニック磨きにいそしんでセックスするのなら、そんなの全く楽しくなさそう。
2冊の本を併せ読むと、経済的にフラットな関係になり、愛されるために自分の個性を殺さず、互いの喜びによって共鳴し合える関係性の重要さを思い知る。
【参考】
『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』クリステン・R・ゴドシー(河出書房新社)
『アンアンのセックスできれいになれた?』北原みのり(朝日新聞出版)