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脊髄損傷とアンドロゲン(テストステロン)

人間の体を中心で支えている脊椎に守られている脊髄。脊髄が損傷されると、人はいくつもの課題に直面することになります。その中でも、ホルモンバランスの崩れ、アンドロゲン(テストステロン)の関わりは、「身体」と「精神」に大きな影響を与えます。

いま困難を抱えている方も、少しの気づきや情報が生活を変える可能性があります。今回は、脊髓損傷とアンドロゲン(テストステロン)の関係性についていくつかの論文をもとに解説します。

1)アンドロゲンとは男性ホルモンの総称のこと

アンドロゲンの中でも最も多く分泌され作用も顕著なのがテストステロンです。テストステロンは男性の場合は主に精巣(睾丸)で産生され、一部が副腎から作られます。

2)脊髄損傷者はなぜテストステロンが低下するの?

この研究論文は、慢性期男性脊髄損傷者における前立腺容積(前立腺肥大の程度)と、テストステロン値、脊髄の損傷レベル、年齢との関連性を調査したものです。慢性期男性脊髄損傷者138人を対象とした横断的研究で、超音波検査を用いて前立腺容積を測定し、多変量解析にてテストステロン値が前立腺容積と独立して正の関連を持つことを明らかにしました。さらに、年齢と脊髄の損傷レベル(T12以上)も、前立腺容積に関連することが示唆されました。低テストステロン値が前立腺容積の小ささと関連していることを示す重要な知見です。

しかしながら、この論文からは「低テストステロン値が前立腺容積の小ささと関連している」ことは分かりましたが、なぜテストステロンの分泌量が減少するのかは分かりませんでした。
おそらく自律神経系の最高中枢である視床下部からの情報伝達が脊髄損傷によって上手くいかないことが原因なのかも知れませんが、そのメカニズムは非常に難しいので詳しく調べる必要があります。

3)脊髄損傷者とテストステロンの関連

この研究論文は、慢性期男性脊髄損傷者における低テストステロン血症の関連因子を調査したものです。慢性期男性脊髄損傷者51人を対象に、テストステロン値と、身体活動量、BMI、インスリン抵抗性、性欲などの属性との関連性を多変量解析しました。その結果、週間の余暇時間における身体活動量の少なさ、高いBMI、低い性欲が、低テストステロン血症の独立した予測因子であることが分かりました。これらの因子は生活習慣に関連する修正可能なリスク因子であるため、生活習慣の改善がテストステロン値の上昇と性欲の改善に繋がる可能性が示唆されています。医療スタッフがどのように関われるかが重要ですね。

■慢性期男性脊髄損傷者の低テストステロン血症の有病率はどのくらいか?

慢性期男性脊髄損傷者における低テストステロン血症の有病率は研究によって異なり、急性期の男性では最大83%と非常に高い割合で報告されています。慢性期の男性でも、健常男性と比較してより高い割合で低テストステロン血症が報告されています。
この研究では、慢性期の男性の35.3%が生化学的なアンドロゲン欠乏(総テストステロン値が300 ng/dL未満)を示しました。さらに、研究対象者全体の25.5%にあたる13人は、重度のアンドロゲン欠乏(総テストステロン値が230 ng/dL未満、遊離テストステロン値が63.4 pg/mL未満)を呈しました。
この研究における低テストステロン症の診断基準は、内分泌学会のガイドラインに従い、総テストステロン値が300 ng/dL未満と定義されました。

この研究で注目すべき点は以下の通りです。

35.3%の慢性期男性脊髄損傷者が生化学的なアンドロゲン欠乏症と診断されたこと

重度のアンドロゲン欠乏症を示す男性もいたこと

●この研究における低テストステロン症の診断に、内分泌学会のガイドラインが用いられたこと

これらの結果は慢性期男性脊髄損傷者において、低テストステロン症が比較的高い割合で存在することを示唆しています。

■低テストステロンと有意に関連した身体的要因や生活習慣因子は何か?

慢性脊髄損傷(SCI)の男性において、低テストステロンと有意に関連する生活習慣因子として、以下のものが挙げられます。

週間の余暇時間における身体活動(LTPA)の不足
研究では、LTPAの不足がテストステロンレベルの変動の54.2%を説明しており、最も強い関連性を示しました。具体的には、週に7.6時間未満のLTPAは、生化学的なアンドロゲン欠乏症を予測する上で、感度84.8%、特異度94.4%という高い識別能力を示しました。患者におけるLTPAは、ウォーキングや車椅子での移動、ジムでのスポーツなどが含まれます。LTPAは、エアロビクスフィットネスと筋力を向上させ、心臓病、糖尿病、肥満のリスクを減少させる効果があります。

高いBMI
BMIはテストステロンレベルの変動の9.0%を説明しており、LTPAに次いで2番目に強い関連性を示しました。BMIが25.26 kg/m2以上の場合、生化学的なアンドロゲン欠乏症を予測する上で、感度83.3%、特異度75.7%の識別能力を示しました。患者は、筋肉量の減少により、健常者と比較して同じBMIでも体脂肪率が高い傾向があります。研究では、BMIが25 kg/m2以上を過体重・肥満のカットオフ値として用いることが推奨されています。

低い性欲
低い性欲は、テストステロンレベルの低下と独立して関連していました。ただし、患者は神経因性の勃起不全を抱えているため、性的欲求以外の性的症状はテストステロンレベルと独立して関連するとは限りませんでした。健常者の男性における性腺機能低下症(LOH)の診断基準は、性的症状と生化学的アンドロゲン欠乏の組み合わせですが、患者では当てはまらない可能性があります。

高いインスリン抵抗性(HOMA-IR)
HOMA-IRは、テストステロンレベルと負の相関を示し、低テストステロンの独立した要因であることが示唆されました。ただし、BMI、年齢、併存疾患、炎症状態、週間のLTPAを調整した後、HOMA-IRとテストステロンの関連性は、性的欲求ほど強くはありませんでした。

高いトリグリセリド値
トリグリセリド値は、テストステロンレベルと負の相関を示しました。ただし、多変量解析では、トリグリセリドとテストステロンレベルの独立した関連性は有意ではありませんでした。

これらの生活習慣因子は、SCI患者のリハビリテーション現場で日常的に評価されており、テストステロンレベルを測定する上で適切な基準となる可能性があります。また、LTPAの不足や高いBMI、インスリン抵抗性も低テストステロンに関与している可能性が考えられます。これらは生活習慣に関連する修正可能なリスク因子であるため、生活習慣の改善がテストステロンレベルの増加と低い性的欲求の改善につながる可能性があると考えられます。

なお、この研究は横断的研究であり、これらの関連性が因果関係を示すものではないことに注意が必要です。

4)FIT-SCI Trial: Multimodality Intervention for Spinal Cord Injury

このプロトコール論文は、脊髄損傷患者における筋骨格の健康、機能、代謝、そして幸福度を向上させるための多面的介入(Multimodality Intervention)の効果を検証するランダム化比較試験のプロトコルを記述しています。
下肢の機能的電気刺激による自転車サイクリング運動(FES-LCE)と上肢のエルゴメーター運動(ACE)、そしてテストステロン補充療法(testosterone therapy)を組み合わせた介入プログラムが、プラセボ群と比較して、有酸素能力、筋骨格の健康、機能、代謝、幸福度をどの程度改善するかを調べてます。多施設共同ではなく、単一施設で行われる試験であり、88人の脊髄損傷患者を対象に、16週間の介入を実施する計画です。主要評価項目はピークの有酸素能力であり、副次的評価項目として、体組成、筋力、インスリン感受性、炎症マーカーなどが含まれます。

テストステロン補充療法(testosterone therapy);テストステロンウンデカノエート(Testosterone undecanoate)の注射により行う。テストステロンの投与量は男性と女性で異なり、男性には750mgが、女性にはその4分の1の量が、4週目、14週目に投与される。

■運動とテストステロン補充療法の組み合わせにより期待される相乗効果は?

この研究では、脊髄損傷患者における運動とテストステロン補充療法の相乗効果について調査しています。この研究では、機能的電気刺激を用いたFES-LCEとACEに、テストステロン補充療法を組み合わせた多面的介入が、FES-LCEとACEのみの介入と比較して、より効果的かどうかを検証します。

以下は、運動とテストステロン補充療法の相乗効果に関する研究で仮説として立てられている点です。

運動(FES-LC、AE)とテストステロン補充療法は、それぞれ単独で有酸素能力、筋肉量、筋力を向上させ、身体機能と幸福感を改善する可能性がある。

●運動とテストステロンは筋肉量と収縮力を介した筋肉への直接的な影響、燃料利用、その他のメカニズムを通じて、代謝適応を直接的に促進する可能性がある。

●テストステロンは代謝と幸福感に直接影響を与える可能性がある。

●これらの効果が組み合わされると、多面的介入(FES-LC+AE+テストステロン補充療法)の相乗効果により、それぞれの介入を単独で行うよりも大きな効果が得られると仮定されている。

●テストステロンの補充は、ヘモグロビン、組織の毛細血管密度、ミトコンドリアの生合成と質を向上させることが示されており、これらはすべて組織への酸素供給と有酸素能力を改善すると考えられている。

●テストステロンの筋肉へのアナボリック効果は、運動トレーニングによって増強されることが示されており、多面的介入を受けた参加者の身体能力の向上がさらに促進される可能性がある。

●SCI患者ではアンドロゲン欠乏症が非常に多く、筋肉量と筋力の低下、代謝異常、疲労感、気分の落ち込みにつながるため、運動とテストステロン補充療法を含む多面的介入が、SCIにおける筋骨格の健康、代謝、機能、幸福感の測定において、より大きな改善をもたらすかどうかも検証する。

この研究では、FES-LCEとACEにテストステロン補充療法を加えることで、運動単独よりも高い運動強度を達成し、より効果的なトレーニング効果が得られると仮定しています。

5)男性脊髄損傷者における加齢に伴う低テストステロン血症の有病率

この研究論文は、男性脊髄損傷者における加齢に伴う低テストステロン血症の有病率を健常男性のデータと比較検討したものです。 男性脊髄損傷者では、健常男性よりも低テストステロン血症が早くから高頻度で発現し、加齢によるテストステロン減少率も高いことが示されました。 BMIや損傷からの経過期間も低テストステロン血症リスクに影響することがわかりました。 この研究結果は、男性脊髄損傷者におけるテストステロン補充療法の有用性を示唆しています。

■低テストステロンの予防または治療に有効な介入戦略は何か?

テストステロン補充療法(TRT:Testosterone replacement therapy):この研究では、男性脊髄損傷者におけるTRTの有効性を評価する必要があると結論付けています。TRTは、低テストステロンの症状を改善し、筋力や骨量を増加させる可能性があるため、男性脊髄損傷者にとって有益である可能性があります。ただし、TRTの安全性と有効性については、さらなる研究が必要です。高用量のテストステロンは前立腺肥大を含むいくつかの健康リスクを引き起こすためと考えられており、この可能性はまだ検証されていません。

ライフスタイルの改善:肥満が低テストステロンのリスクを高める可能性があるため、健康的な体重を維持することが重要です。これには、バランスの取れた食事と定期的な運動が含まれます。ただし、脊髄損傷患者は運動能力が制限される場合があるため、適切な運動プログラムを設計する必要があります。

薬物療法への注意:この研究では、オピオイドがテストステロン値を低下させる可能性があることを指摘しています。したがって、痛みを管理するためにオピオイドを使用している男性脊髄損傷者は、テストステロン値を定期的にモニタリングし、代替の痛みの管理戦略について医師に相談する必要があります。

定期的なスクリーニング:この研究では、男性脊髄損傷者は、毎年、テストステロン値のスクリーニングを受けるべきであると推奨しています。これにより、低テストステロンを早期に発見し、適切な介入をタイムリーに行うことができます。

研究の推進:この研究は、男性脊髄損傷者における低テストステロンの影響と、最適な治療法を理解するために、さらなる研究が必要であることを強調しています。

これらの介入戦略は、男性脊髄損傷者における低テストステロンの予防または管理に役立つ可能性があります。ただし、個々の患者の状況に応じて、最適な治療法は異なる場合があります。医師は、患者の全体的な健康状態、ライフスタイル、および個々のニーズを考慮して、患者に合った最良の治療法を決定する必要があります。

6)女性脊髄損傷者における甲状腺機能、テストステロン値、うつ症状の相関関係

この研究論文は、女性脊髄損傷者における甲状腺機能とテストステロン値、そしてうつ症状の関連性を調査したものである。20人の女性を対象とした前向き症例研究で、低テストステロン値とうつ症状の有意な関連が示唆された。また、損傷からの経過年数と甲状腺刺激ホルモン(TSH)値、およびうつ症状の関連も認められた。 性的活動とうつ症状の間に逆相関関係が見られたものの、ホルモン値との関連は統計的有意差に達しなかった。この研究は、女性脊髄損傷者のホルモン機能と精神健康に関するさらなる研究の必要性を強調している。

■女性脊髄損傷者における甲状腺機能とテストステロン値の関連性とは?

甲状腺刺激ホルモン(TSH)とテストステロン値の関連性:TSHは性ホルモン結合グロブリンのレベルを調節し、遊離テストステロンと結合テストステロンのレベルを変化させることで、テストステロンおよびすべてのアンドロゲンの代謝に影響を与えることが知られています。研究では、SCI後の時間経過とともにTSHレベルが上昇する傾向が見られましたが、テストステロン値との直接的な相関関係は確認されませんでした。
ただし、甲状腺機能が低下するとアンドロゲン代謝が低下し、抑うつ状態に関連することが報告されており、甲状腺機能低下が抑うつ症状を引き起こす可能性が示唆されています。

テストステロン値と抑うつ症状の関連性:研究に参加した女性の20%で低テストステロンが観察され、低テストステロンは抑うつ症状の増加と関連していました。これは、健常者における研究結果と同様に、テストステロン値の異常(高値と低値の両方)が抑うつと関連していることを示唆しています。

性活動とホルモンレベル、抑うつ症状の関連性:月ごとの性活動とホルモンレベル(TSHとテストステロン)との間には有意な関連性は見られませんでしたが、月ごとの性活動がある女性は、臨床的に関連のあるレベルの抑うつ症状を示す割合が低いことがわかりました。

脊髄損傷後の時間経過の影響:脊髄損傷後の時間経過は、TSHレベルの上昇と関連していましたが、テストステロンレベルとは関連していませんでした。また、損傷からの時間経過が長いほど、抑うつ症状が軽減されることがわかりました。

研究の限界:この研究は、女性のSCI患者におけるホルモンと抑うつの関係を調査した数少ない研究の一つですが、サンプルサイズが小さいため、年齢、薬、神経学的状態がホルモンレベルに与える影響を詳しく調査することができませんでした。

この研究結果は、女性脊髄損傷者におけるホルモンと精神的健康への影響に関する研究の必要性を強調しており、特に低テストステロンが抑うつ症状に関連している可能性を示唆しています。

まとめ

脊髓損傷によるテストステロン低下は、身体だけではなく、精神面にも大きな影響を与えることが分かりました。

読んでくださり、ありがとうございました。みなさんの今日の一歩が、将来のよりよい生活を共に創り上げるものでありますように。


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