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【超短編小説】誰も悪くないのに…

胸髄損傷を抱える車椅子ユーザーの彼女を遊園地に連れ出す彼氏。その心温まる行動の裏に潜む、社会的な課題と葛藤を描いた物語です。人々の優しさと責任、そして未来への建設的な提言が込められた短編小説です。これは読む人の心に残る、小さな勇気の物語です。

この物語はフィクションです。登場する人物や団体は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。



プロローグ

遊園地のゲートが見えると、悠斗は少しだけスピードを緩めた。隣で車椅子に座る茉莉花(まりか)は、小さく微笑みながら景色を見つめていた。胸髄損傷で車椅子生活となってから初めての遠出だ。悠斗は彼女を楽しませたい一心で、このデートを計画していた。

挑戦

観覧車の前で、茉莉花は少し戸惑っていた。「乗れるかな?」と不安げに聞く茉莉花に、悠斗は力強く「大丈夫だよ」と答える。しかし、いざ乗ろうとすると、悠斗一人では茉莉花をゴンドラに移動させるのは難しいことが分かった。周囲を見渡すと、近くにいた従業員が目に留まる。

従業員の村瀬は、定年間近の男性で、腰を気にする素振りを見せていた。「申し訳ありません、少し腰を痛めておりまして……」と断ろうとする村瀬に、悠斗は苛立ちを隠せない。「それでもお客様でしょう!」と詰め寄る。仕方なく、村瀬は手伝うことにした。

事故

茉莉花を慎重に抱えようとする村瀬。しかし途中で、彼の腰に激痛が走る。「あっ……!」と声を上げ、彼はその場で動けなくなってしまった。悠斗はその様子に驚きながらも、困惑した表情で立ち尽くす。茉莉花は「もういいよ、私たちが無理を言ったから」と彼を気遣ったが、村瀬は汗を浮かべながら「大丈夫です」と繰り返す。

対立

そこへ管理者である遊園地の上司、遠藤が現れた。状況を確認するや否や、彼は村瀬を叱責する。「あなたには腰痛の持病があるのに、どうしてこんなことをしたんですか?」。一方で、悠斗も「手伝いを断ったら、サービス業としてどうなんですか?」と強く主張する。場は混乱し、茉莉花は申し訳なさそうに俯いた。

彼女の思い

その場で静かに涙を浮かべた茉莉花は、声を振り絞る。「誰も悪くないのに、なんでみんなこんなに辛そうなの……?」彼女の言葉は、その場にいた全員の心に突き刺さった。茉莉花は続ける。「私がもっと早く、私たちがどうしたら良いのかを相談していれば……。でも、それを手伝える仕組みがないのは、もっと大きな問題じゃないのかな」

建設的な解決策

遠藤は深く息を吐き、茉莉花に向き直った。「あなたの言う通りです。この遊園地は、お客様を喜ばせる場所であると同時に、従業員が安全に働ける場所でなくてはなりません」。彼はその場で、手助けが必要な場合の新たなマニュアルや、介助用のリフトの導入を提案することを約束した。また、茉莉花と悠斗には、専用のスタッフが案内するサービスを提案した。

村瀬には、医療機関への受診とその後のサポートが約束された。そして悠斗は茉莉花に「俺が焦りすぎていたよね。ちゃんと考えて行動する」と詫びた。

エピローグ

帰り道、茉莉花は観覧車のシルエットを見上げた。「また来ようね」と呟く彼女に、悠斗は頷いた。「次はもっと上手くやれるからさ」。彼女の心には、小さな希望が灯っていた。


この物語は、障害を抱える人々の日常的な困難と、それに対する社会的な対応の不備を描いています。同時に、従業員の労働環境の安全も無視できない課題として浮き彫りにしました。障害者支援や労働者保護は、どちらか一方を犠牲にするのではなく、両方を尊重した仕組みが必要です。この物語が、個人の気遣いだけでなく、社会全体で問題を解決する仕組みづくりの重要性を考えるきっかけになれば幸いです。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この物語を通じて、少しでも共感や気づきを得ていただけたなら嬉しく思います。

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