「歴史上の事件に巻き込まれながらも、時を超えて恋をしてしまった少女の話~『時の旅人』~」【YA㉛】
『時の旅人』 アリソン・アトリー 作 松野正子 訳 (岩波書店)
2007.1.21読了
タイトルでもわかるように、タイムトラベルものの物語です。
20世紀初頭のロンドン・チェルシーで生まれ育った少女、ペネロピー。
彼女は生まれつき繊細で病弱なため、母親は姉や弟といっしょに母方の大叔母がいる農場へと静養に行かせました。
そこは広大な荘園農場で、サッカーズと古くから呼ばれ、以前はバビントン一族がこの荘園館に住んでいました。
アンソニー・バビントンは歴史にも登場する人物で、16世紀のスコットランド女王メアリーをかくまい逃亡の手助けをしようとして失敗し、その後絞首刑になったという悲劇の実話が残っています。
ペネロピーは母方の血筋を受け、霊的な能力に長けていたのか、ある日突然16世紀のサッカーズへと時を飛び越えてしまいます。
そこはまだメアリー女王やアンソニーが処刑される前の平和な頃のサッカーズではありましたが、ペネロピ―は次第にこの別の時代の人々とかかわっていくことになります。
しかし歴史の波は徐々に現実にサッカーズへと押し寄せていました。
その渦中にあるサッカーズでの暮らしをペネロピーは楽しみながらも、もう一つの現実世界での記憶が彼女を苦しめます。
「メアリー女王は捕らえられ、処刑される」
このことは、ペネロピーだけでなく当時のサッカーズの人々をも困惑させ苦しめる事実なのでした。
それでも彼女は、この時を越える旅を続けるうちに、強く成長していきます。
300年前の人物とも恋をします。でもそれはどうにも叶わぬ恋なのでした。
そんなはかない恋を、作中登場する「グリーンスリーブス」という曲の歌詞にリンクするようで、とても悲しげです。
イギリスでの王族の権力争いなど、歴史的事実もわかります。
また当時の貴族の暮らしぶりや、庭園なども興味がある方にはおもしろいと思います。
ちなみに、私は「グリーンスリーブス」という曲が大好きで、子どものころから事あるごとに思い出しては脳内でずっと鳴り響いているんです。
これはいったいなぜなんだろう?
いつ私はこの曲を聴いたのだろう?
…と、疑問に思っていました。
確実ではないけれど妙な確信をもって言えるのは、おそらく保育園の頃、お昼寝の時間にBGMがかけられていたのですが、その時聴いたのではないかなと…。
他にもクラシックの中の寝心地がいい曲を流してくれていたと思うのですが、この曲は切なく物悲しいメロディーラインが幼心に刺さってしまったと思うのです。
そうでないと、その時からずう~っと覚えているはずがないと思うので。
お昼寝の時間、というシチュエイションも記憶のすみっこに置かれた理由かもしれません。
静かな曲を聴きながら、やわらかな心持で幸せな眠りに入っていけるということが、忘れられない優しい曲となったのかもしれませんね。
その歌詞は以下の通りです。歌詞が表していますが、この「グリーンスリーブス」とは女性の名前のようです。
この曲はエリザベス朝時代(16世紀後半頃)によく歌われてた古いイングランド民謡とのこと。
“緑”という色は当時、なんと“不倫”を意味していたようで、私の幼い頃の幸せな記憶とは裏腹に、曲の意味はものすごくイメージとかけ離れていて衝撃でした。
それを知ると、この物語と歴史のことが納得できると思います。
『グリーンスリーブス』
ああ愛する人よ、残酷な人
あなたはつれなく私を捨てた
私は心からあなたを慕い
そばにいるだけで幸せでした
グリーンスリーブスは私の喜び
グリーンスリーブスは私の楽しみ
グリーンスリーブスは私の魂そのもの
私のグリーンスリーブス、貴方以外に誰がいようか
貴方は誓いを破った、私の心のように
ああ、なぜ貴方は私をこれほど狂喜させるのか?
離れた場所に居る今でさえも
私の心は彼女の虜だ
貴方が望むものすべてを差し出そう
貴方の愛が得られるなら
この命も土地のすべても差し出そう
貴方が私を軽蔑しても
私の心は変わらず貴方の虜のまま
私の家来はすべて緑に身を包み
彼らはこれまで貴方に仕えてきた
それらはすべて紳士的で親切だったが
それでも貴方は私を愛してはくれない
貴方は世俗的な物を望むことはできない
しかし貴方は今もなおそれを進んで得ようとしている
貴方の美しい調べは今もただよい続ける
でも貴方は私を愛してはくれない
私は天高い神に祈ろう
彼女が私の忠誠に気付き
死ぬ前に一度でいいから
彼女が私を愛してくれることを
ああ、グリーンスリーブスよ、さようなら
貴方の繁栄を神に祈ります
私は貴方の真の恋人
もう一度ここに来て、私を愛してください
「世界の民謡・童謡」より引用
道ならぬ恋の行きつく先は…とても悲しいもの。
ペネロピ―の恋も、到底結ばれることがないと初めからわかっているだけに、尚更哀しいです。