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神戸日記│Pale blue days
Oct.2024
Sun.
淡路島から神戸へと橋を渡る、あの一瞬が好きだ。
どこか『魔女の宅急便』を思わせるのどかな島の輪郭が遠ざかってゆくと、まるで生きているかのような、あの街並みが迫ってくる。
この橋を渡ったのは二年ぶりだった。あのときに隣に座っていた彼女が、「これから先も、もっと色んな景色を見られるんだよね」と瞳をきらきらさせていたことを、今もふと思い出す。
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Mon.
神戸を歩くのは、もう三度目だろうか。
この街は、不思議な場所だといつも思う。新しいものと古いもの、美しいものと雑多なもの、せわしなく人の行き交うビルの街のすぐ向こうには、大きく山が見える。
さまざまな時間軸のものが、渾然一体となって同時に存在しているような場所。いろいろな街を歩くようになって感じることは、どの街も時間の流れ方がまったく違うのではないかということだった。
東京、大阪、神戸、高松、直島 …
それぞれの都市で、島で… 時間の流れる速度がまるで違う。「浦島太郎」というと大袈裟かもしれないけれど、時間の流れがすべての場所で一定であるという認識は、もしかして人間(わたし)の思い込みなのかもしれないと、感じるようになっている。
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Tue.
思えば、「明石焼き」を食べたことがない。これまでに何度か口にしたことがあったのは、明石 "風" たこ焼きだったようだ。
マスターは料理がとても上手で、ある日たこ焼き器を買ってきてくれた。明石焼きは食べたことがあるか聞かれて、はじめて「そういえば食べたことがないな」と思った。たこ焼きはとても美味しかったけれど、もう半分のスペースで作ってくれた「明石焼き」は、まるい玉子焼きのようだった。そうか、明石焼きは玉子焼きなのかと思った。正直微妙だな、とも思った。
神戸の商店街で、明石焼きのお店を見つけた。先日の件でどうしようかと思いつつ、一度くらいは本場のものを食べてみようかと暖簾をくぐる。無愛想なおばちゃんが、手際よくくるくると明石焼きを作っていく。やはり玉子焼きのようだ。
あまり期待をもたないようにしていると、まるでお寿司のようにそれは運ばれてきた。口にしたとたん、ふわりととろけるその美味しさに、思わず声をあげてしまう。それは玉子焼きなどではなく、完全な料理だった。
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Wed.
朝、原田マハさんの小説に出てきたカフェを見つけた。19歳の少女(女性と書くべきかもしれないけれど、少女という言葉がふさわしいように思える)が、恋をした青年に会うために足繁く通っていた場所だ。
マハさんの小説は、どうしてあんなに綺麗なんだろう。図書館で偶然目にした背表紙と、映し出された街の景色に惹かれて、わたしはいつか、神戸に行ってみたいと夢見たのだった。
そこは老舗の喫茶店だった。朴訥とした、けれどきっちりとした動きでテーブルを磨くのはマスターだろうか。コーヒーがとても美味しかった。昭和27年創業、関西で初めてサイフォン式の珈琲を淹れたお店らしい。ずいぶんと渋いお店に通っていたものだと思う。
彼女の恋した「べべ」はあの席に座っていたのかなと、青い椅子を眺めながらくすりとしてしまった。
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Thu.
デ・キリコ展に行った。神戸市立博物館は二度目だけれど、美しい建築が街並みに溶け込んでいて、ステンドグラスを眺めたり、螺旋階段を降りたりして、絵画をゆっくり観る時間がとても好きだ。
キリコの展覧会は、10年ほど前に東京でフライヤーを目にしたのを覚えている。当時はルネサンスや印象派などの美しい絵画にしか興味がなかったため、謎のマネキンや暗い色使いの絵が不気味だと思っていた。自分には縁がないだろうと思っていたけれど、10年も経てば、海を越えて観に行ってみようと思うのだから不思議だ。
とても面白かった。画題もそうだが、何よりも作者自身にとても親近感を持った。一体なぜなのだろう。
イタリアに行ったのも、もう10年以上も前のことだ。秋の午後、サンタ・クローチェ教会の前で「すべてのものを初めて見るような感覚に襲われた」とキリコは綴っている。その感覚に、共感したのかもしれない。
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Fri.
須磨の海のそばにある本屋さんに行きたかったのだけど、ちょうどその日はお休みだった。滞在を伸ばすこともすこし考えたけれど、大阪にも行きたいので次の機会を楽しみにしよう。
自分の旅の仕方が変わったなと、最近思う。
以前はスケジュールを詰め込んで、急いで次の目的地へ向かうような旅をしていた。東京で暮らしていて、休みがあまりに貴重なものだったからかもしれない。
いまはもう、あまり予定を決めることがなくなった。
ひとつだけ行きたいところを決めたら、あとはなりゆきに任せて、気の向くままに街を歩くこともある。
夜、散歩に出かけると、随分おそくまでお店が開いているのだなと驚いた。島はおろか、高松でさえ大抵の店は7時には閉まっている。そこまで考えて、「東京で暮らしていた時間の方が遥かに長かったはずなのに」と笑ってしまった。
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Sat.
窓の向こうに、色とりどりの本がディスプレイされているお店を見つけた。中を覗いてみるとバーのようだった。ひとりでお酒を飲むことは殆どないので迷ったけれど、どうしても気になって扉を押した。
マスターが気さくに迎え入れてくれた。お酒はあまり詳しくないと伝えると、好みを聞いてくれ、青色の美しいカクテルを作ってくれた。このお店にあるのは、すべて絵本だときいて驚いた。「絵本が好きで、ずっと集めていたものなんです」と笑う。
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可愛い赤い絵本を見せてくれた。マスターのいちばんのお気に入りだそうだ。もう絶版で手に入らないけれど、昔たくさんの人にプレゼントしたという。
── 絵本ってね、いいんですよ。自分では買わないものだけれど、贈り物にすると、喜んでもらえるんです。写真集もいいですね。
たしかにそうかもしれない。海のそばにある本屋さんに行きたかったことを話すと、なんとマスターはその街から、このお店に通っているらしい。不思議な縁だなと感じた。本や美術のことから、マスターの人生、自分がこれから先やりたいことまで、たくさんの話をした。
明日の予定が決まっていないことを話すと、本やアートが好きならということで、安藤忠雄がつくった図書館があると教えてくれた。自分の知らなかった場所に、そうして行けるようになった。
大阪に行く前に、また素敵な出会いがありそうだ。
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