廃棄のお弁当が人生で初の親友だった

残念ながら醜く生まれてしまったので、これまで稼いだ金の8割と起きてる時間の9割ほどを容姿をどうにかするために費やしてきた。磨くためではない。磨く土台がボコボコのズダズダでどうにもならないので、それをまずヤスリで延々と削って表面を整えて少しずつ数字の大きい目の細かいものに変えていくようなことをして、なだらかに滑らかにしないと、ツヤツヤに磨くという作業に入れないのだ。

でも、本当に残念なことにこの年になっても磨く段階に到達できなかった。ヤスリで必死に削って削って削って、気づいたらこんな皆が何もかもを諦めて幸せに生きていくような年になってしまっていた。もうちょっと、と阿呆みたいに頑張り続けたのだけれどな。

普通、ここまで美容にファッションにと金と時間をかけていたら、ルックスを武器にした仕事の最底辺あたりには就けてもおかしくないと思うが、そういう願いもむなしく、ほぼ誰にも合わない毎日を過ごしている。

そもそも、とてもおなかが空くのだ。異様に。どこか悪いのかと思って検査したけれど、胃が少し荒れているだけだと言われるだけだったので食い下がったら、怪訝な顔をした医師にすぐ帰された。処方された胃薬を飲んだら少し治まるような気はするけれど、とにかく常におなかが空いている。だから頭の中はいつも食べものこととでいっぱいだけれど、幸せでも何でもなく死にたい気持ちとぎゅうぎゅうに詰まった甘いものの幻想で吐き気がするのに、ずっと壊れたレコードが廻り続けるように空腹に終わりがない。

だからおなかを縛って日中をやりすごすけれど、効力はあまりなく、常に空腹だからイライラするし何かちょこちょこ口にするし、体重はギリギリのところをキープしてはいてもベストよりも既に4キロ太っている。

なぜこんなにおなかが空くのだろう……と思っていたら、ちょうど良い答えがネットに転がっていた。

どうやら、過食嘔吐していた人は脳のコントロール機能がぶっ壊れて、満腹感を得づらくなるらしい。もちろん個人差はあるだろうけれど、私の場合はまさにこれだと合点がいった。

もう何十年も前、親から虐待され続け人からは不細工故にそっと避けられ、周りからは嫌味を言われ続け、助けてあげたくなるような顔をしていなかったこともあり大人は誰も手を差し伸べてくれず、そんな日々の中、食べたいものを食べることだけが幸せだった。コンビニの廃棄のお弁当がキラキラしていて私の1日のご褒美だった。中華弁当がすごくおいしくて、あとはからあげとかパンとかカップラーメンとか。そうカップラーメンはとても吐きやすいのだ。あまり噛まずにずるっと飲み込むと、吐くときに引っ張ったら一気に出てきてくれて爽快なんだよね。嫌な言葉に殺されそうになっても食べ物たちだけが私を助けてくれた。暴力にさらされても廃棄のお弁当たちはいつもにこやかに受け入れてくれた。彼らはマブダチだった。たぶん初めてできた親友だった。パンは……液体と一緒にじゅくじゅくにして飲み込まないと出てこなくなるので、缶チューハイと飲み下すのが楽しかったなあ。頭の薬を親に無理に飲まされていて副作用で座っても座ってない奇妙な感覚があってとても嫌だったけど、睡眠薬は大好きだった。寝るためじゃなくパッとと外に出ていけるようになる。日中、ほとんど横になっていて食べるか吐くか2時間だけのバイトをするかしかしていなかったけど、パンや惣菜をチューハイで飲み下して吐いて眠剤を飲むと、軽快な気持ちで外の世界に出られた。

そんな日々。

楽しかったけど最悪に地獄だった。今でこそ健康マニアになって食べ吐きなんて絶対できなくなったのに、たぶん脳は当時のことをよく覚えている。懐かしくてつらくて悲しくて寂しくて苦しくて恍惚とした食べる快感を。だから私はいつもおなかが空いている。頑張って体重をキープしていたこともあったけど、気が狂いそうだった。発狂しないためにも私は今日もごはんを食べて吐けないこの状況に苦しみ続ける。ああコンビニの弁当が食べたい。それも廃棄されるのがいい。誰にも買われず期限を過ぎた、まだ全然食べられる上等のお弁当たち。3つくらい食べて盛大に吐いて疲れ果てた後、泥のように眠りたい。

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