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ひとりじゃないって素敵なことね【戯曲】

【これは、劇団「かんから館」が2021年5月に上演した演劇の台本です】

現代人の「孤独」「孤立」について扱った芝居。無縁社会、孤独死、コミュ障、コミュニティの崩壊などなど。ややコメディタッチで描いています。

〈登場人物〉

 男A 男B 男C 男D 男E
 女1 女2 女3 女4

  朝の都会の路上か公園。
  ホームレスがパラパラといる。
  空き缶の袋とか、自転車とかがある。
  ホームレスは、いかにもというヤツもいれば、学生風もいたり、スーツ姿もいたり、寝てたり、起きてたり様々。

男A  ふあーあ。
男B  ‥‥‥。(男Aを見る)
男A  ふあーあ。ふああああーあ。
男B  (男Aを見ている)
男A ふあー。
男B  ‥‥どしたの?
男A  え?
男B  ‥‥いや、だから、あくび。
男A  え? あくび?
男B  うん。
男A  え? あくびがどうかしたの?
男B  いや、さっきからあくびばっかしてんじゃん。
男A  え? ああ、そうかな?
男B  ねむいの?
男A  え? ああ、ねむたい。
男B  どうして?
男A  え?
男B  ずっと寝てばっかじゃん?
男A  え?
男B  オレたち朝も昼も夜も寝てばっかり。寝たきり老人状態。
男A  いや、老人じゃないだろ?
男B  じゃ、寝たきり青年?
男A  それに、昼は時々起きてるし。
男B  時々はね。
男A  ああ。
男B  不思議だよなあ。寝不足でねむたいのはわかるけどさ、これだけ寝てるのに何でねむたいんだろ?
男A  ああ、そうだな。
男B  だろ?
男A  あれかな? 睡眠の質が悪いとか。‥‥ほら、ベッドで寝てないから。
男B  ああ。
男A  それにさ、寝過ぎるとかえってねむたくなるってなかった? ほら、夏休みとかさ。
男B  オレ、夏休みも部活で五時半起きだったから。
男A  え? 何の部活やってたの?
男B  サッカー部。
男A  ああ、なるほどー。サッカーね。
男B  なるほどってどういう意味?
男A  いや、何か、いかにもサッカー部って感じがしたから。
男B  いかにもサッカー部ってどういう感じだよ?
男A  いや、なんつーか、軽いっつーか、ちゃらいっつーか。
男B  何それ? ケンカ売ってんの?
男A  いやいやいやいや、一般的なイメージよ。イメージ。
男B  何? サッカー部ってそんなイメージなの?
男A  よくわかんないけどさ、少なくとも野球部とは違うだろ?
男B  野球部はどういうイメージ?
男A  そりゃ、あれだよ。高校球児というか、熱血みたいな。
男B  それ、偏見だよ。オレの知り合いの野球部はみんな不良だったぜ。部室でチューハイ飲んだり、タバコ吸ったり。
男A  みんな不良ってことはないだろ?
男B  まあ、ちょっと盛ってるけどね。‥‥そんなに真面目って感じじゃなかったぜ。
男A  まあ、世間のイメージなんてそんなもんだよ。何せ、高校野球にはバックが付いてるもんな。新聞社とかテレビ局とか。
男B  サッカーも一応バックはあるけどな。読売新聞とか、日テレとか。
男A  まあ、腐っても朝日、毎日なんだよ。それに歴史も違うしさ。それに一応、野球は国技だったからな。まあ、今は落ちぶれてるけど。
男B  ちくしょう。悔しいな。
男A  それで、ポジションは?
男B  ゴールキーパー。
男A  おっ、渋いねぇ。
男B  うん。まあね。
男A  で、強かったの?
男B  まあまあかな? 県大会でベスト4に行ったこともあったよ。オレが入学する前だけど。
男A  へぇー、すごいじゃん。
男B  まあね。
男A  じゃあ、学校じゃちょっとしたヒーローじゃない? もてたの?
男B  いや‥‥それが。
男A  え? 何?
男B  ‥‥レギュラーじゃなかったから。
男A  ああ‥‥そうなんだ。
男B  百人近くいるチームでさ、Aチーム、Bチーム、Cチームって分かれてた。で、ずっとCだったんだけど、三年の春にやっとBに入れて。
男A  そっか。大変だなー。百人ってすげーな。
男B  まあ、人気あるからな。サッカーは。
男A  だったら野球にすればよかったのに。
男B  え?
男A  今の野球の落ちぶれ方は半端ないぜ。有力校以外の野球部なんか、9人集められなくてヒーヒー言ってる所が多いよ。だから、すぐにレギュラーになれる。
男B  ああ、そういう話は聞いたことがある。
男A  だろ? オレもさ、野球部の顧問に頼まれて助っ人で試合に出たことがあるんだぜ。
男B  え、そうなの? 何部?
男A  陸上部。
男B  へえ。もしかして、ハンマー投げとかやってたの?
男A  いや、誰でもよかったんじゃないの? 男で運動部だったら。
男B  悲惨だなあ。
男A  ああ、悲惨だよ。

  寝ていた男Eが突然歌い始める。

男E ♪ひとりで寝る時にゃよぉー ひざっ小僧が寒かろう
  おなごを抱くように あたためておやりよ
男A・男B ?
男E  レディース エンド‥‥ん?
    ジェントルメン エンド ジェントルメン。グッモーニン、エブリバディ!
男A・男B  ‥‥‥。
男E  グッモーニン、エブリバディ!
男A・男B  ‥‥‥。
男E  グッモーニン!
男A・男B  ‥‥‥。
男E  ユーたちはイングリッシュがわからんのか?
男A・男B  ‥‥‥。
男E  おはよう。
男A・男B  ‥‥‥。
男E  おはよう! 諸君!
男A・男B  おはよう‥‥ございます。
男E  ん。‥‥朝というのはな、おはようで始めなくてはならん。さわやかな一日の始まりは、さわやかな挨拶ではじめよう!さすれば、神の祝福が君たちにもあまねくもたらされるであろう。聖ヨハネの言葉。グッモーニン、エブリバディ!
男A・男B  (ボソボソと)グッモーニング。
男E  ん、よろしい。
男B  辰巳さん、今日は朝から元気がいいですね。
男E  ワシはいつでも元気じゃ。元気があれば何でもできる! 聖アントニオの言葉。
男A  絶好調ですね。
男E  校長は教頭の上、理事長の下。
男A・男B  ‥‥‥。
男E  さてと。さわやかな朝の挨拶も終わったことだし‥‥もう一寝入りするとするか。
男A  え? 辰巳さん。
男B  (「いいから。いいから」というしぐさ)

  男E、横になる。

男E ♪ひとりで寝る時にゃよぉー ひざっ小僧が寒かろう
    おなごを抱くように あたためておやりよ

  寝た。

男B  ‥‥あのおっさんはマジで寝たきり老人だな。
男A  ほんと、ほんと。
男B  空き缶だってあそこに積みっぱなしだし。‥‥オレが売りに行ってやろうかな?
男A  やめとけ、やめとけ。後で何されるかわかんねーぞ。
男B  だな。‥‥けっこう執念深いからな。
男A  粘着質っていうやつ?
男B  ああ、そうかもな。
男A・男B  アハハハハ。

  女1がやって来る。

女1  おはよう。
男A・男B  グッモーニン! エブリバディ!
女1  え?
男A  公衆便所?
女1 うん。
男A  へぇ、けっこう遠いのに。毎朝ご苦労さんだね。
女1  うん。まあ、散歩がてらで。
男B  腐っても女だからな。
女1  腐ってもって何よ?
男B  いや、ほめてんだよ。オレたち、もう顔洗うのもめんどくさくなったからさ。
男A  一緒にすんなよ。オレはたまには洗うぜ。
男B  たまにって、いつ?
男A  昨日? いや、おとといかな?
男B  そんなんだったら一緒じゃん。
男A  違う!
女1  もう! 汚いから近くに来ないでね!
男A  (男Bを指さして)こいつ?
女1  どっちも!
男B  アハハハハ。
男A  ちくしょう。

  男Eが突然歌い始める

男E  ♪あなたがほほえみを少し分けてくれて 私が一粒の涙を返したら
     その時が二人の 旅の始まり

  男E、ミュージカル気取りのステップで踊る
女1の手を取る

男E  ♪ひとりじゃないって 素敵なことね あなたの肩越しに草原も輝く
     二人で行くって 素敵なことね いつまでも どこまでも

  男E、女1の肩に手を回す。

女1  やめて!(手を払いのける)
男E  え?
男A・男B  セックハラ! セックハラ! セックハラ!
男E  何がセクハラじゃ! これはスキンシップ。
男A・男B・女1  セックハラ! セックハラ! セックハラ!
男E  うるさい! 黙れ!
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  おまえら、そんなこと言ってるから、日本はいつまでたっても世界から取り残されるんじゃ。欧米じゃハグなんて当たり前だし、イタリア人なんかキスなんて挨拶代わりだぞ。それがグローバルスタンダードというもんよ。洒落た音楽のひとつでも流れたら、手に手を取り合ってレッツ・チークダンス。腰に手を当てて、親愛の情を表しむるこそ真の国際人のたしなみじゃて。
男A・男B・女1 ん?
男A  ‥‥何かもっともらしい言い方してるけど。
女1  ‥‥結局、昭和の理屈じゃない?
男B  チークダンスだもんな?
男E  え?
男A・男B・女1  セックハラ! セックハラ! セックハラ!
男E  シャラップ! ビー・サイレント!
男A・男B・女1  セックハラ! セックハラ! セックハラ!
男E  うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! うるさーい!
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  貴様ら、長幼の序ということも知らんのか!
男A  ちょうようのじょ?
女1  何それ?
男B  さあ?
男E  もう! ‥‥これだから、イマドキの若いもんは。
男A  出ました、出ました、イマドキの若いもん発言。
女1  うけるー。
男B  あ、でもさ、これ知ってる?
男A  え? 知ってるって、何を?
男B  いや、だからさ、そのイマドキの若いもんはって言うヤツ。そういう言葉がね、五千年前のエジプトかどこかの遺跡に刻まれてあったんだって。
男A  えー、五千年! すっげー。
女1  うけるー。
男B  だからさあ、これって人類の究極のルーチンワークなわけよ。
男A  お前、そんなのよく知ってるな。
男B  いや、それはさあ、テレビのクイズ番組でさ‥‥‥。
男E  こらー! 人の話を聞け!
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  お前ら、いっぱしのホームレスのつもりかもしれんがな‥‥。
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  たった三月や半年、ゴロゴロしてるだけでホームレス面するのは百年早いわ。
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  コロナかゴロナか知らんが、そんなのでフラフラっとやって来て、しょせんピクニックかキャンプ気分に過ぎんのだろうが。甘い、甘い、甘ーい! 甘すぎるぞ!
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  だいたい、何だ? その服は? そんな格好でちゃんとした路上生活が続けられると思ってるのか?
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  どうせ、そのうち元の生活に戻れるとでも思ってるんだろうが、それが甘いのだ。戻れやせん! 戻れてなんかたまるか!
     ワシなんかなあ、この生活を始めて、もう十年だ。その間に、死にそうになったことが何度もある。実際に死んだヤツも何人もいる。
     お前ら、わかってるか? 死ぬぞ。マジで死ぬんだぞ? お前ら、そういう気概なんかないだろ?
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男E  だいたい、ホームレスなんて言葉がいかんのだ。そういう横文字でソフトなイメージを作るから甘く考えるんだ。もう、今日からは、ホームレスは禁止だ。浮浪者だ。この浮浪者の誇りと覚悟を持ってだな、諸君には研鑽の日々を過ごしていただきたい。以上。
男A・男B・女1 ‥‥‥。
男A  ‥‥浮浪者の誇りと覚悟‥‥ねぇ。
女1  浮浪者の誇りって何?
男B  さあ?

  女2がやって来る。

女2  お、いたいた。
ホームレスたち ?
女2  高梨さーん、いましたよー! おあつらえ向きのが。
女3の声  オッケー。ナホちゃん、確保しといてー。
女2  はーい。
ホームレスたち ?
女2  こんにちはー。
ホームレスたち ?
女2  突然ですみませんね。えっと、東テレの「おはおは東京」なんですが。
男A  え? 東テレ?
女1  テレビ局? 「おはおは東京」って、私見てた。

  テレビクルーがやって来る。
  女3(ディレクター)と男C(アナウンサー)と男D(カメラマン)と女2(AD・音声)。

女3  ああ、ほんとだ。おあつらえ向きね。
女2  でしょ?
女3  よかったー。間に合った。

  いつの間にか、男Eは移動して寝ている。

女3  みなさん、こんにちは。
女1  こんにちはー。
女3  私たち東テレの‥‥‥。
女1  「おはおは東京」!
女3  正解! ピポピポピポーン!
女1  やったー!
女3  みなさん、若いけど、ホームレスですよね?
女1  そーでーす!
女3  コロナで失業とかしちゃったって感じなのかな?
女1  そーでーす!
女3  そっちの彼は?
男A  え? ‥‥ま、まあ、そんな感じです。
女3  あなたは?
男B  はあ‥‥まあ。
女3  そっか。じゃ、オッケーね。‥‥ええっとねぇ、こういうの初めて? テレビのインタビューみたいなの。
女1  え? あ、初めてです。
女3  えっと‥‥普通はね、ちょっと事前に打ち合わせみたいなのをするんだけど、いろいろトラブっちゃって、ほんと時間がないのよ。悪いけど、ぶっつけ本番みたいになっちゃってもいいかな? できる?
女1  できまーす!
女3  それじゃ、悪いけどお願いね。‥‥えっと、こっちがインタビューをしてくれる北村さん。若いけど、局アナです。
男C  北村です。よろしくお願いします。
女1  よろしくお願いしまーす!
男A・男B  お願いします。
女3  じゃあ、もうすぐ本番だから、ちょっと待っててね。‥‥あ、いかにもインタビューを待ってるって感じにならないように。自然な感じでお願いします。
女1  はーい!

  テレビクルー、少し移動してホームレスから離れる。

女3  えっと‥‥あの女、あんまりしゃべらせないようにしないとね。
男C  ええ、わかってます。
女3  ヘタすると、あいつだけのインタビューになっちゃうから。
男C  ええ、そうですね。
女3  朝の番組だから、あんまり重くなっても困るけど、まあ、それなりの社会性みたいなのも出せる感じで。
男C  はい。
女3  とりあえず、そんなとこかな?
女2  高梨さん、あっちのじいさんとかどうします?
女3  じいさん?(と男Eを見る)ああ‥‥ちょっとインサートみたいな感じで入れとこうか?
女2  ちょっと違うテイストという感じで?
女3  そだね。
女2  オッケーでーす。
女3  じゃ、尺に余裕があったらあっちに振るという感じでお願いしまーす。
男C  はい。
他のクルー  はーい。
女3  (時計をチラッと見て)じゃ、そろそろ本番行きまーす。
クルーたち  はーい。

  テレビクルー、ホームレスの近くに戻る。

女2  はい、間もなくです。スタンバイいいですか?
クルーたち  はーい。
女2  北村さん、スタジオの音来てますか?
男C  オッケー。
女2  了解。

  クルーたち、しばし沈黙。
  本番前の緊張した雰囲気。

女2  本番、行きまーす。

  間。
  女2、キューサイン。

男C  はい、おはようございます。北村です。今、私は足立区の公園に来てます。

  間。

男C  そうですね。今日は朝からいいお天気です。雲一つありません。‥‥‥はい。暖かいというより、お昼になると暑いぐらいだったりするんですけど。今はまだ早いので、とっても快適な感じですね。

  間。

男C  そうですね。この辺りはマンションが多くて、この時間帯は通勤の人たちが大勢早足で歩いて行きます。‥‥でも、そんな忙しい通勤時間とは全く無関係な時間の過ごし方をしている人たちもいるんですよね。

  クルー、ホームレスに近づいて行く。

男C  こんにちは。何をなさっているんですか?
男A  何って‥‥別に。
男C  あなたは?
男B  ‥‥別に。
男C  お仕事には行かないんですか?
男A  仕事って‥‥。
男B  ‥‥ないから。
男C  ない? ‥‥仕事がないって、どういうことですか?
男B  クビになったから。
男A  会社が倒産しました。
男C  え? ‥‥それって、もしかして、コロナの影響なんでしょうか?
男B  ああ、そう。
男A  そうです。
男C  ああ、そうなんだ。‥‥もしよかったら、以前のお仕事を教えてもらえませんか?
男B  居酒屋のフロアで働いてました。
男C  あなたは?
男A  旅行関係です。派遣ですけど。
男C  ああ、そうなんだ。‥‥で、お住まいは?
男B  家賃が払えなくなって‥‥。
男A  ありません。
男C  ‥‥ということは、ここの公園で寝泊まりしてる?
男A・男B  そうです。
男C  ああ、そうですか。‥‥ということは、ちょっと失礼な言い方になりますが、あなたたちはホームレスの方ですか?
男A  まあ、そうですね。
男B  はい。
男C  (カメラに)福田さん。ということだそうです。

  間。(スタジオの音声を聞いている)

男C  ああ、そうですね。‥‥あなたたち、お若く見えますが、おいくつなんですか?
男A  二十五歳です。
男C  あなたは?
男B  二十七。
男C  ああ、やっぱり若いんですねぇ。‥‥それに、皆さんの服装は、こういう言い方は何なんですけど、あんまりホームレスっぽくないですよね? ‥‥もしかして、機会があれば、再就職とかを考えてたりするんですか?
男A  まあ、そう‥‥かな?
男B  コロナが終わったら‥‥。
男C  ああ、そうですか。‥‥あ、あちらに女の人がいますね。あの方もそうなんでしょうか? ‥‥あの、ちょっといいですか?
女1  はーい!(とカメラに近づいて来る)
男C  あの、あなたもホームレスなんでしょうか?
女1  はい、ホームレスでーす!
男C  あの、以前のお仕事は?
女1  ホテルのレストランでウエートレスをやってました。
男C  ああ、そうなんですか。やっぱりコロナの関係で?
女1  はい、コロナでホテルにお客さんが全然来なくなって、それでレストランも仕事が全然なくなっちゃって、それでウエイトレスが全部で十二人いたんですけど‥‥
男C  ああ、わかりました。大変でしたね。
女1  はい、とっても大変です。
男C  あの、こういう言い方は何なんですが、若い女の人のホームレスって、私、初めてお会いするんですが。‥‥あなた以外にもいらっしゃったりするんですか?
女1  そうですね。少ないですね。‥‥でも、隣の町の公園にも一人いますよ。たまたま出会っちゃって、すっかり仲良しになっちゃいました。
男C  ああ、そうなんですか。‥‥そういうことってあるんですね。それは、ホームレス同士の連帯感って感じなのかな?
女1  そーでーす。その子は、私と同い年の子で、アユミちゃんって言うんですけど‥‥
男C  あっ、あちらに年配の方が寝ていらっしゃいますね。‥‥あの人は、みなさん、お知り合いなんですか?
女1  はい!
男A  はあ。
男B  まあ、一応。

  クルー、男Eに近づく。

男C  あのう、お休みのところ申し訳ありません。
男E  ‥‥‥。
男C  「おはおは東京」なんですが、ちょっといいですか?
男E  ‥‥‥。
男C  あれ? ‥‥さっきまで起きていらっしゃったんじゃ?(若者ホームレスに救いを求める)
男A  そうですよ。
男B  狸寝入りじゃないかな?
男C  え? 狸寝入り?
女1  おっちゃん! 起きてよ! ほらほら! 辰巳さん!
男E  ん? 何だよ? うっせえな。
男C  あ、おはようございます。「おはおは東京」です。
男E  え? おはおは? そんなの知んねぇよ。オレ、十年間ずっとテレビ見てねえから。
女1  知ってんじゃん、テレビって。
男C  あ、十年間もホームレスをやっていらっしゃったんですか?
男E  十年やろうが、百年やろうが、オレの勝手だろ?
男C  ああ、そうですね。これは、失礼しました。‥‥ところで、そのベテランホームレスの立場から見て、最近のコロナの状況をどうお思いになられますか?
男E  だから、テレビもニュースも見てねえから、コロナもゴロナも知らねえよ。
女1  知ってんじゃん、コロナって。
男C  もし、最近の若いコロナホームレスに、先輩として何かアドバイスとかありましたら‥‥。
男E  先輩? アドバイス? 何だよ? それ? ‥‥ああ、そうだな。オレたちはホームレスなんかじゃなくて、浮浪者だ。浮浪者。そこんとこ、ヨロシク。
さ、オレ、仕事行くから、そこ、どいてくんないかな?
男C  え? お仕事と言いますと?
男E  カスミ食って生きられねぇだろ? オレたち、仙人じゃねぇんだから。
男C  ああ‥‥そうですね。失礼しました。

  男E、空き缶の袋を持って、自転車にまたがる。

男E  あ、ひとつ思い出した。アドバイス。
男C  え? それは何ですか?
男E  テレビやマスコミにはくれぐれも気をつけるように。
男C  え?
男E  ♪自転車 自転車 自転車
     自転車に乗りたい
     自転車にね
     自転車に乗りたい
     自転車で行こう

  男E、自転車に乗って去る。
  チリンチリン。

男C  ???
女2  はい! CM入りまーす!

  唐突に暗転。

  ブリッジ Queen「Bicycle Race」。

  有線放送の「羊の数」が聞こえてくる。
  サス明かりに浮かび上がる一人の女(女4)。
  黙々とジグソーパズルをやっている。

有線  ひつじが一四六匹。
女4  ‥‥‥。(将棋の駒を打つようにパズルのピースを置く)
有線  ひつじが一四七匹。
女4  ‥‥‥。
有線  ひつじが一四八匹。
女4  一四八‥‥ぴき。
有線  ひつじが一四九匹。
女4  ‥‥‥。

  けっこう長い時間、これが続く。
  やがて、女2がタオルで髪の毛を拭きながらやって来る。(風呂から上がった様子)

女2  お先でしたー。
女4  ‥‥うん。
女2  え? 何これ?
女4  ‥‥‥。(ピースを置く)
女2  何なの? これ?
女4  え? ‥‥何?
女2  いや、だから‥‥ひつじ。
女4  ああ。
女2  いやいやいや、だから何?
女4  ‥‥ひつじが一五四匹。
女2  えー。‥‥ラジオ?
女4  有線。
女2  えー、有線なんか引いてるんだ。
女4  ‥‥うん。
女2  有線って、こんなのあるんだ。
女4  知らなかった? 結構有名だよ。
女2  へえ‥‥。

  有線の音だけが響く。
  女4は、ジグソーパズルを続けている。
  女2は、それを見つめているが、やがて座る。

女2  ‥‥何やってるの?
女4  ジグソーパズル。
女2  それはわかるけど‥‥真っ白じゃん。
女4  ‥‥うん。
女2  できるの? こんなの?
女4  できないよ。‥‥たぶん。見りゃわかるでしょ?
女2  え? ‥‥できないって。
女4  最高難易度。‥‥たぶん。
女2  ‥‥‥。
女4  ‥‥‥。
女2  こんなの、どこで売ってるの?
女4  アマゾン。
女2  え? アマゾンで売ってるの?
女4  うん。‥‥純白地獄。
女2  え?
女4  商品名。‥‥純白地獄って言うの。
女2  えー。何よ、それ?
女4  暗黒地獄ってのもあるよ。真っ黒なやつ。‥‥やる?
女2  いや‥‥やらない。‥‥遠慮しときます。
女4  ふーん、そっか。
女2  ああ‥‥うん。

  再びの沈黙。
  女4、パズルを続ける。
  ひつじの音だけが流れている。

女4  あ。
女2  え?
女4  今日はこれぐらいにしといたるわ。(と、パズルをやめて、ピースを片付ける)
女2  え?
女4  ああー、疲れた。
女2  そりゃ疲れるでしょうよ。こんなのやってたら。
女4  まあね。
女2  ‥‥‥カスミって、そっち系の人だったっけ?
女4  そっち系って何よ?
女2  いや‥‥何て言うのかなあ? 不思議系って言うか、スピリチュアル系みたいな?
女4  何でスピリチュアル系なのよ?
女2  いや、だからさ、‥‥ほら、ひつじとか流してるし。
女4  ただのBGMだよ。音楽なかったら寂しいじゃん。
女2  いや、音楽じゃないでしょ?
女4  音楽だよ、音楽。
女2  えー。どこが?
女4  ラップ‥‥かな?
女2  ラップ? ひつじが?
女4  うん、ラップだよ。きっとそうだよ。
女2  えええー。
女4  私、高校の頃さ、ヒップホップとかR&B系の音楽にハマっててさ、洋楽の。
女2  ああ‥‥。私、よくわかんないけど。
女4  で、ああいうの好きな人って、ダンスやる人が多いじゃん? 圧倒的に。
女2  ああ、そうなのかな? よく知らないけど。
女4  でも、私はそうじゃなかったのよね。ダンスには興味なかった。
女2  ふーん。
女4  だから、ヒップホップもラップもダンスミュージックじゃなかったわけよ。私にとってはさ。
女2  へぇ。
女4  でもね、ダンスミュージックじゃないんだけど、リズムというか、ビートなのよね。それが一番大事なの。
女2  リズムとビート?
女4  うん。
女2  へえ、そうなんだ。よくわかんないけど。
女4  で、考えてみたら、私、ずーっとクールなリズムを追い求めてたんだって気づいたのよ。
女2  ふーん。
女4  で、高校の時は、ハードっていうかとんがったビートが好きだったんだけど、そのうちレゲエとか聞くようになってさ。
女2  レゲエ?
女4  ジャマイカの音楽。ボブ・マーリーとか知らない?
女2  知らない。悪いけど。
女4  そのレゲエって、スカビートって言うんだけど、‥‥ッチャカ、ッチャカ、ッチャカ、ッチャカって裏リズムのビート。
女2  裏リズム?
女4  で、そのゆったりとしたビートにハマっちゃったのよ。もう、目から鱗って感じで。
女2  へぇ。
女4  大人になったっていうか、トシとったせいかもしんないんだけど、ほら、スローライフって流行ってたじゃない?
女2  スローライフ?
女4  うん。ガツガツ忙しく生きるのはもうやめない? ゆったりゆっくり生きようよって感じのやつ。マクドナルトなんか食べないで、自分で野菜育てて食べようよみたいなやつ。そういう生き方の方が人間らしくてクールじゃんって。
女2  ああ、あったね、そういうの。
女4  だから、その頃からかな? どんどんスローテンポなものが好きになって行ってさ。
女2  リズムとかビートとか?
女4  うん。音楽だけじゃなくてさ、ほら? 体内リズム? そういうのかもしんない。
女2  体内リズム‥‥ねぇ。
女4  うん。体内リズムっていうか、生きるリズム? 生き方のリズム? そういうのあるって思わない?
女2  ああ、なんかわかるような気もする。
女4  うん、あるんだよ、そういうリズム。人には、たぶんそれぞれに生きるリズムみたいなものがあるんだと思う。
女2  へえー。‥‥深いね。
女4  で、今の私のリズムがこれ。
女2  え? ‥‥‥もしかして、ひつじ?
女4  そう。
女2  えー。‥‥ちょっと付いていけないかもしれない、私。
女4  このリズム、ビートがクールで気持ちいいの。今の私には。
女2  へえー、そうなんだ。
女4  うん。
女2  ひつじのビートねぇ‥‥。
女4  後ね、般若心経とか、百人一首とかもクールだと思う。それから、閉店用の蛍の光なんかもいいかな?
女2  え? 何、それ?
女4  有線にあるんだよ、そういうの。
女2  へぇ。
女4  今、有線が一番クールだよ。
女2  クールねぇ‥‥。
女4  聞く?
女2  いや‥‥いい。‥‥遠慮しときます。
女4  あ、そう。
女2  ごめん。
女4  いや、別に、いいよ。
女2  ‥‥‥。
女4  ‥‥何で急にうちに来たりなんかしたの?
女2  いや‥‥特に理由なんかないんだけど。‥‥理由がないとダメかな?
女4  いや、全然。‥‥七年ぶり? 高校卒業以来だから。
女2  ああ、そうなるかな。
女4  ほんと、光陰矢の如し、だね?
女2  歳月人を待たず?
女4  お、そう来るか? じゃ、転石苔をむさず。
女2  え? 何それ?
女4  え? 知らないの?
女2  うん。
女4  転石って、ローリングストーンだよ。英語のことわざ。
女2  へぇ。そんなのあるんだ。
女4  このローリングストーンがローリングストーンズになったのよ。ストーンズね?
女2  ストーンズって、ジャニーズじゃないの?
女4  え? 何言ってんの? 若ぶってんじゃないわよ。
女2  えへへへ。‥‥ばれた?
女4  バレバレだよ。
女2  えへへへ。
女4  アハハハ。

  間。

女4  で、‥‥理由は‥‥あるんでしょ?
女2  え?
女4  死ぬの?
女2  え?
女4  いや、こないだの電話聞いてさ。
女2  ああ‥‥電話?
女4  うん。電話してる最中にさ、あ、この子、死ぬのかな? って思ってさ。
女2  ‥‥‥。そんなの‥‥言わなかったじゃん。
女4  そういうのってタイミングがあんじゃん? いきなり「あなた、死ぬんですかあ?」なんて言ったらヤバイやつだよ。
女2  ‥‥まあ‥‥それはそうだ。
女4  でしょ?
女2  うん。‥‥‥。

  間。

女4  ‥‥別に死んでもいいと思う。死ななくてもいいけど。
女2  ‥‥‥。どうして? とか聞かないの?
女4  聞いてほしいの?
女2  いや、別に。
女4  でしょ?
女2  ‥‥うん。
女4  聞くような人間だったら、会いに来なかったんじゃない?
女2  まあ‥‥そうかな? そうかもしんない。
女4  変なところで信頼があるのよね、私。これも人望って言うのかな?
女2  人望? ああ、そうだよ、きっと。
女2・女4 アハハハハ。

  しばし、沈黙。
  ひつじが流れ続ける。

女4  ‥‥一七六匹。一七七匹。一七八匹。
女2  確かに、何か落ち着くね。‥‥ひつじ。
女4  でしょ? ‥‥一八〇匹。
女2  一八一匹。
女4  一八二匹。
女2  一八三匹。‥‥あははは。おかしい。
女4  あははは。
女2  何か、キャンプファイヤーみたいだね?
女4  え? キャンプファイヤー?
女2  ほら、夏にキャンプ行って、キャンプファイヤー眺めてると、不思議と心が落ち着いて来たりするじゃない?
女4  ああ‥‥そうだね。
女2  あれに似てる。
女4  ひつじのリズムが?
女2  うん。‥‥キャンプファイヤーのリズム?
女4  キャンプファイヤーのリズム、か。‥‥それ、いいね。
女2  うん。いいでしょ?
女4  うん。

  ひつじの音。

女2  ‥‥あれかなあ? ゆらゆら揺れる炎のリズムなのかなあ?
女4  ああ、そうかもしんない。
女2  でしょ?
女4  うん。

  ひつじの音。

女4  ‥‥ちょっと唐突かもしれないけど‥‥。
女2  え? 何?
女4  輪廻転生のリズムだと思わない?
女2  え? 輪廻転生のリズム? 何よ、それ?
女4  ほら、オギャーと生まれてさ、ジタバタと生きてさ、年取って死んで行って、それでまた生まれて、死んで、生まれて、死んで‥‥。そういうリズムに似てないかな? どこまでもどこまでも終わることのないリズムの繰り返し。
女2  ああ、そういう意味? ‥‥でも、輪廻転生ってちょっとこじつけっぽくない? 理に落ちるって言うか。
女4  え? そうかな?
女2  それを言うんだったら、波のリズムじゃない? 打ち寄せては返す波のリズム。
女4  ああ、なるほど。確かにそっちの方がいいかも。
女2  でしょ?
女4  ‥‥まあ、仕方ない。負けを認めましょう。
女2  いや、勝ち負けの問題じゃないから。
女4  だね。
女2  ハハハ。‥‥そう言えば、人間の体液って、海の水とおんなじなんでしょ?
女4  え? そうなの?
女2  よくは知らないけど、塩分濃度とかがさ。
女4  ああ。‥‥なるほどね。
女2  だから、母なる海なのかなあ?
女4  ‥‥だったら、体内リズムっていうより、地球のリズムかもしんないね?
女2  地球のリズム? 何それ?
女4  朝が来て、夜が来て、そして、また朝が来て。飽きもしないで何度も何度も何度も何度も繰り返すのよ。
女2  ふーん。
女4  朝が来るから夜が来るのか? 夜が来るから朝が来るのか? どっちだと思う?
女2  え? そんなの知らないわよ。ニワトリとタマゴじゃん。
女4  ああ、それはそうだ。
女2・女4  ハハハハ。

  ひつじの音が続く。

女4  ‥‥ザザー。
女2  ザザザー。
女4  ザザー。
女2  ザザザー。

女2  ‥‥なんか、うまく、引き留めようとしてない? 死なないように。
女4  うーん。別にしてないけど‥‥ひょっとして、してるのかもしれない。無意識のうちに。
女2  あー、無意識なら仕方ないか。
女4  うん。仕方ないよ。
女2  だよねぇ‥‥。

  しばしの間。

女2  ねぇ。
女4  え? 何?
女2  ‥‥カスミって、さびしくなったりしないの?
女4  もちろんなるよ。‥‥ていうか、さびしくない人間なんているわけ?
女2  ああ、まあ、それはそうだ。
女4  でしょ? ‥‥てか、さびしくて死ぬわけ?
女2  うーん、どうだろ? さびしくて死ぬのかどうか、自分でもよくわかんないけど、死ぬのはさびしいだろうな、とは思う。
女4  ふーん。

  しばしの間。

女4  ♪一年生になったら 一年生になったら 友だち百人できるかな?
女2  何よ? いきなり。
女4  いや、百人も友だちがいたら大変だろうなと思ったの。
女2  何、それ?
女4  それで、その百人の友だちの中でひとりぼっちだって気づいたりしたら、これはもっと大変だろうなって思わない?
女2  そりゃ思うけど‥‥でも、そういうことでしょ? 生きるって。
女4  お、かっこいいね。悟ってるね。
女2  でしょ? これ、私の遺言にしといて。
女4  ラジャー。

  間。

女2  ‥‥生きるから、さびしいのか? さびしいから、生きるのか? どっちだと思う?
女4  え? それって、私のパクリじゃん。
女2  でも、こっちの方が深くてかっこいいよ。‥‥これも遺言にしといて。
女4  ‥‥まあ、考えとくわ。でも、著作権は半分私ね。
女2  えー。‥‥ケチ。

  ひつじが続いている。

女4  二〇二匹。
女2  二〇三匹。
女4  二〇四匹。
女2  二〇五匹。
女2・女4  アハハハ。

  ひつじの音を波の音がかき消して行く。

  溶暗。

  入れ替わりに、男Aにサス明かり。

男A  ‥‥‥。(スマホでゲームをしている)

  男Bにもサス明かり。

男B  ‥‥‥。(スマホでゲームをしている)

  男Dにもサス明かり。

男D  ‥‥‥。(スマホでゲームをしている)

  男Cにもサス明かり。

男C  ‥‥‥。(スマホでゲームをしている)

  全員が黙ってゲームを続ける。

男A  よっしゃあ!

  男Aが、スマホ画面を正面にかざす。

男B  え? お、おう。
男D  すげえな。
男C  やるじゃん。
男A  ‥‥‥。(笑う)

  再び、全員ゲームに戻る。

男B  (ゲームをやりながら)‥‥こないださ。

  全員、黙ってゲームをしている。

男B  家に帰ったらさ。

  全員、黙ってゲームをしている。

男B  「就職のこととか考えてる?」って言われてさ。お袋に。

  全員、黙ってゲームをしている。

男B  「まだ、来年だから」って言ったんだけど。

  全員、黙ってゲームをしている。

男B  そんなの、考えてたりするわけ?

  全員、黙ってゲームをしている。

男D  ‥‥そりゃ、考えるっしょ?
男B  ‥‥あ、そうなんだ。
男D  ‥‥うん。

  全員、黙ってゲームをしている。

男B  で、どうすんの?
男D  あ、ちょっと待って。
男B  ‥‥‥。
男D  ふー。‥‥危ねえ危ねえ。
男B  大丈夫?
男D  大丈夫。
男B  ふーん。‥‥で?
男D  え? 何だっけ?
男B  就職。
男D  あ、それね。
男B  うん。
男D  ‥‥そうだなあ。

  全員、ゲームをしている。

男C  オレはゲーム王になる!
男B  え?
男A  なんだよ? それ?

  全員、ゲームをしている。

男C  でもさ‥‥ちょっとマジ。
男A  え?
男B  ゲーム王?
男C  ああ‥‥まあ‥‥ちょっとだけど。‥‥ちょっとだけマジ。
男A  へぇ。‥‥よくわかんないけど‥‥すげーじゃん。
男C  ほら‥‥eスポーツとかあんじゃん?
男D  ああ、eスポーツね。
男C  うん。
男B  eスポーツか。
男A  あ、そう言えば、お前、ゲーム部だったよな?
男C  ゲーム同好会。
男A  強いの?
男C  え? オレ?
男A  うん。‥‥その同好会。
男C  こないだ、県大会で優勝したよ。
男A  へえ、すげーな。
男B  すげー。
男D  すげー。
男C  うん、まあな。

  全員、ゲームをしている。

男B  オリンピックとか目指してるの?
男D  え? オリンピック?
男B  eスポーツ、オリンピック競技になるんだろ?
男A  え、マジ?
男B  らしいよ。
男A  へえー、すげーな。
男C  もうアジア大会ではやってるよ。‥‥正式競技じゃなかったけど。
男A  へー。
男D  へー。
男C  次のアジア大会からは正式競技になるよ。
男A  へー。
男D  へー。
男B  だったら、金メダルとかもらえるの?
男C  そりゃそうだろ? 正式競技だから。
男A  へー、すげーな。
男C  オリンピックじゃなくても、プロの世界大会とかあるから。
男B  ああ、プロゲーマーね。
男C  うん。
男B  賞金とか、どのくらい出るの?
男C  まあ、いろいろあんだけど‥‥。
男B  うん。
男C  日本だと、数百万から一千万ぐらいかな?
男B  えー、一千万円?
男C  まあ、高いやつがね。
男B  すげーな。
男A  うん、すげー。
男C  でも、世界大会だと、三〇〇万ドルとかある。
男B  え! 三〇〇〇万円?
男D  バカ。三億だよ。
男B  えー! 三億!

  全員ゲームを止めて、顔を上げる。

男A  もうやるっきゃないじゃん!
男B  うん、やるっきゃない!
男D  男のロマンだな。
男B  ああ、ほんと。‥‥ユーチューバーよりいいかもしんない。
男C  だろ?
男A  でも、ユーチューバーって、十億稼いでるとか言ってなかった?
男B  そんなの、一人か二人だよ。それに浮き沈みも大きいし。
男D  だよなあ。‥‥ゲームは実力の世界だからなあ。
男A  ああ‥‥なるほど。‥‥それで、プロゲーマーになるの?
男C  うーん。まあ‥‥それなんだけどさあ。
男B  やっちゃえ、やっちゃえ。
男A  そうだ。青年よ大志を抱け! だ。
男C  うーん。
男D  まあ、そこまで来ると、プロ野球とかJリーグとおんなじだけどな。
男B  ああ‥‥それはそうだ。
男A  才能と実力‥‥か。
男D  うん。
男A  ‥‥あーあ、どこでも競争社会なんだよなあ。
男B  ほんと、それ。
男A  やんなるよなー。
男B  ‥‥あーあ、就職なんかしたくねーよ!
男A  あー、ほんと、それだわ。
男B  だろ?
男A  だよな。
男B  なんかいい手はないのかねぇ? 楽して稼げる方法とか?
男D  そんなのあったら苦労しないよ。
男C  ほんと、それだよなあ。
男A  いや、お前はプロゲーマーになるんだろ?
男C  いや、まだ決めてないから。
男B  決めちゃえ、決めちゃえ。ファンクラブ作ってやるよ。
男C  え? ‥‥ありがとう。
男D  まあ、プロゲーマーじゃなくってもさ。
男A  え?
男D  一生ゲームやって暮らせたらいいよな。別に金持ちじゃなくてもいいからさ。食事とかカップヌードルでもいいからさ。
男A  あ、それ、わかる。すっげーわかるわ。
男B  でも、毎日カップヌードルだとヤバくない?
男D  だったら、時々、コンビニ弁当とか。
男C  週末だけファミレスとか?
男B  だから、お前はプロゲーマーだろ?
男C  ああ‥‥うん。
男D  でも、ファミレスってもサイゼかな?
男B  ミラノ風ドリア?
男D  ああ、それだな、それ。
男B  でも、カップヌードルとミラノ風ドリアでも‥‥やっぱ男のロマンだよな。朝から晩までずーっとゲームオンリーの生活。
男A  ほんと、ほんと。
男D  ほんと、それだわ。
男C  だよなあ。
男全員  ‥‥男のロマン、かあ。(と空を見る)

男A  青年よ小志を抱け。
男B  何だよ、それ!
男全員  アハハハハ。

  男Dを残して、サスが消える。

男D  ‥‥‥。(ゲームをやっている)

  女3にサス明かり。
  女3もスマホをいじってる。

女3  ねぇ。
男D  え?
女3  だから、どう思ってんの?
男D  え?
女3  話、聞いてる?
男D  ‥‥聞いてるよ。
女3  ウソ。聞いてないじゃん。
男D  聞いてるって。
女3  ‥‥ゲーム‥‥やめない?
男D  え?
女3  ねえ。
男D  ‥‥‥。
女3  私もやめるからさ。(スマホを床に置く)ほら。
男D  ゲームやってても話はできるよ。
女3  え?
男D  オレ、できるから。
女3  ‥‥‥。
男D  ‥‥それって確かなの?
女3  ‥‥だから、二ヶ月だって。
男D  ふーん。‥‥そっか。
女3  ‥‥‥。
男D  うーん。‥‥どう‥‥すっかな?
女3  どうするって?
男D  ‥‥お前さ。
女3  え? 何?
男D  貯金ある?
女3  え?
男D  それか、友達に借りられたりする?
女3  え?
男D  ちょっと親とかには頼めないからさ。‥‥だろ?
女3  ‥‥‥。
男D  ‥‥‥。(ゲームをしている)
女3  ‥‥‥。
男D  ‥‥十万ぐらいだっけ? ‥‥前に聞いたことがある。
女3  え。
男D  もうちょっとかかるのかな? 病院によって違うのかな?
女3  ‥‥‥。
男D  まあ、ググってみるわ。
女3  ‥‥‥。
男D  ‥‥‥。(ゲームをしている)
女3  ‥‥堕ろすの?
男D  え?
女3  いや‥‥堕ろしちゃうのかなあって。
男D  ‥‥堕ろさなかったら、どうすんの?
女3  いや‥‥。
男D  ‥‥産んだりするわけ?
女3  ‥‥‥。
男D  産んで、どうすんの?
女3  ‥‥‥。
男D  現実ってのがあるからさ。‥‥気持ちはわからなくもないけどさ。
女3  うん‥‥。
男D  そりゃ、オレは男だから、女の気持ちはわかんないのかもしんないよ。
女3  ‥‥うん。
男D  でもさ‥‥勢いみたいなので子供産んじゃって、それで結婚なんかして‥‥それで結局ニッチもサッチもいかなくなったヤツ知ってるからさ。‥‥一人とか二人じゃなくてさ。
女3  ‥‥‥。
男D  お前の知り合いにもそういうのいるだろ?
女3  ああ‥‥うん。
男D  それで、結局離婚して、シングルマザーになってさ。
女3  ‥‥うん。
男D  お前、そういう苦労したいわけ?
女3  ‥‥うーん。
男D  ‥‥テレビなんかで「授かり婚」とか言ってんじゃん?
女3  ああ‥‥うん。
男D  あんなのウソだから。
女3  ‥‥‥。
男D  現実はそんなに甘くないから。
女3  ‥‥‥。
男D  ちゃんと現実見ないとね。
女3  ‥‥‥。
男D  夢見る少女じゃいられない。
女3  え?
男D  ま、そゆこと。
女3  ‥‥‥。
男D  ‥‥‥。(ゲームをやってる)

  男Dのサスが消える。

女3  ‥‥‥。(しばらく男Dを見ている。やがて、スマホを取り上げてぼんやり眺める)

  女3のサスが消える。

  入れ替わりに、男Eにサス明かり。
  男E、寝転んでいる。

男E  ♪女心の悲しさなんて わかりゃしないわ世間の人に
     よして よしてよ 慰めなんて
     ウソと涙のしみついた どうせ私は噂の女

  全体に明かり。
  男Eと、少し離れた所に、男Bと男Aと女1がいる。

男B  辰巳さん。
男E  ‥‥‥。
男B  辰巳さん!
男E  ん?
男B  何で逃げたんすか?
男E  逃げた? 何だよ、それ?
男B  だから、さっきのテレビ。
男E  え?
女1  「おはおは東京」!
男E  ああ。‥‥別に逃げてなんかないよ。‥‥仕事だ、仕事。
男B  え? だって、仕事って‥‥。
男A  そうそう、辰巳さん、仕事なんか最近行ってなかったじゃないですか?
男E  だから‥‥行ってなかったから、行っただけ。それだけ。
女1  えー? ほんと? それ、おっかしいよ。だいたい、朝っぱらから回収業者はやってないじゃん?
男A  ああ、そう言えば、そうだ。
男E  うっさいなあ。細かいことをごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ。
女1  あー。そういう言い方は余計に怪しいな。
男E  え?
男B  これは、やっぱり‥‥。
男E  え?
男B・女1・男A  逃げた! 逃げた! 逃げた!
男E  うるさい! 黙れ!
男B・女1・男A  逃げた! 逃げた! 逃げた!
男E  うるさい! うるさい! うるさい! うるさーい!
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男E  ‥‥うるさい。
男B・女1・男A  (顔を見合わせて)逃げた! 逃げ
男E  うるさい! 黙れ! あーあー、そうだよ。逃げたんだよ! 逃げたよ、逃げた。‥‥これで満足か?
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男B  ‥‥どうして逃げたんすか?
女1  何で?
男E  ‥‥そら、あれだよ。テレビが嫌いだから。
男A  どうしてテレビが嫌いなんですか?
女1  何で?
男E  ‥‥それは。
男B・女1・男A  それは?
男E  ‥‥それは、言いたくない。
男B・女1・男A  えー。
男E  ‥‥‥。
男B  ‥‥あのね、辰巳さん。オレたち、別に辰巳さんのことを非難してるんじゃないんです。
男E  ‥‥‥。
男B  その、何て言うか、ほら、あれですよ。ホームレスの大先輩としてですね、
男E  浮浪者。
男B  ああ‥‥その、浮浪者の先輩として、何か教訓とか教えてもらえないかなあ、学べないかなあって思ったりして‥‥。
男E  ‥‥‥。ほんと?
男B  ええ、ええ、もちろんですよ。なあ?
男A  そうそう、ボク、辰巳さんにいろいろ教えてほしいなあ。
女1  まあ、野次馬根性とも言うけどね。
男B・男A こら!(女1をにらむ)
女1  あ‥‥。ごめんなさい。
男E  ‥‥‥。
男B  えー、どうでしょう?
男A  お願いします。
男E  ‥‥‥。
女1  おっちゃん! ナナミのオ・ネ・ガ・イ。(拝む)
男E  ‥‥さっき‥‥ちょっと話したけどな、
男B・男A  !(女1にグッジョブのサイン)
女1  (Vサイン)
男E  浮浪者を長くやってると死にそうになったり、死んだりするって言っただろ?
男B  ああ‥‥はい。
男E  まあ、病気になって死ぬのが一番多いんだが‥‥そうじゃないのもある。
男A  そうじゃない‥‥というと?
男E  たとえば、ゴミ掃除とか、ホームレス狩り。
男B  ゴミ掃除?
男A  ホームレス狩り?
男E  中学生とか高校生とかのガキが、オレたちを攻撃するんだ。
男A  ああ‥‥。
女1  そういうのニュースで見たことある。
男E  遊び半分で石を投げたり、ひどいのになると火を付けたりする。‥‥それをあいつらはゴミ掃除とかホームレス狩りとか言ってんだよ。
男A  ああ‥‥。それって昔流行ったオヤジ狩りみたいなやつ?
男B  ああ、あったな、そういうの。
男E  オヤジ狩りは金目当てだろ? ホームレス狩りは何だ? 命目当てか? やつらにとっちゃ、オレたちなんか、虫けらとおんなじなんだよ。ひまつぶしに虫けらを踏みつぶすのとおんなじなんだ。
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男E  ‥‥‥。
女1  ‥‥でも‥‥それって、テレビと関係あるの?
男B  ‥‥ああ、それは、そうだ。
男E  ‥‥それはな、

  女2がやってくる。

女2  お、いたいた。
ホームレスたち ?
女2  高梨さーん、いましたよー! おあつらえ向きのが。
女3の声  オッケー。ナホちゃん、確保しといてー。
女2  はーい。

  テレビクルーがやって来る。
  女3(ディレクター)と男C(アナウンサー)と男D(カメラマン)と女2(AD・音声)。

女3  ああ、ほんとだ。おあつらえ向きね。
女2  でしょ?

  突然、照明が変わる。(例えば、バックライトとSS)

男D  やっちまえ!
クルーたち  おー!

  男Dはカメラでホームレスに殴りかかる。男Cはマイクのポールで殴りかかる。女3と女2は石を投げるマイム。

男B  やめろ!
男C  うっせー!
男A  こら!
男D  死ね!

  ホームレスたちはめった打ちにされる。
  やがて、男Eがバットを取り出して、振り回す。

男E  うおおおおおおおおおおお!

  男E、鉄パイプでクルーたちを追い回す。
  クルーたちは、舞台袖に逃げて行く。

男A  おい! 大丈夫か?

  男Eが振り返ると、女1が倒れている。

男B  おい! おい! しっかりしろ!

  男Eは呆然と立ち尽くしている。

  照明が、元に戻る。

男E  ‥‥以前、やっぱりテレビで取り上げられたことがあってな。‥‥路上生活者の実態とか何とかで。
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男E  それで、そのテレビを見たガキどものが、押し寄せてきて。
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男E  結局、その時のケガが元で、三ヶ月後に死んじまったよ。
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男E  ‥‥まあ、そういうことだ。
男B・女1・男A  ‥‥‥。
男A  ‥‥辰巳さん、苦労してるんですね。
男E  ‥‥苦労? こういうのを苦労って言うのかな?
男A  え?
男E  まあ‥‥いろいろあるんだよ。こういうのやってると。
男A  ‥‥‥。
男E  まあ‥‥いろいろあるんだよ。人間をやってるとね。
男B・女1・男A  ‥‥‥。

  突然、不思議な明かりになる。
  サス明かりに女4が現れる。
  本を手にして読み始める。

女4  ここにいるだけで誰かにとって暴力になるようなそんな存在になりたい。私の言葉は届かない、生きていることがなにかを保証してくれるわけもなくて、私が知らない人は、私にとって死んでいるも同じ。きみにとって私は、ほとんど死んでしまっているのだとわかっているのだ。優しさとか美しさとかそんなもので、簡単に価値が手に入るわけがないから、私は、私の言葉が聞こえる人を探していたし、いないことは知っていたし、だから私はずっと目を覚まして、私の寝言にすら耳を澄まして、生きている、かろうじて。
孤独が気高さだと思っているなら、死んだほうがいいよ。静かさはいつだってあなたの真後ろにある、すべてをそこに投げ捨てることなどいつだって可能で、そこから逃げ出し騒がしく心臓を鳴らしているのは、きみ、きみ自身だ。声を出すことは騒音だ、使っている言葉はほとんどが通じず、私の胸の中で飼うしかないから、私は胸に穴を開けたんだ。きみが、私を恐ろしく思うなら、それはただきみが弱くて後ろめたいからだろう。しがみついている、生に。価値がない人間は死ぬしかないとひとが言うなら私は、価値がないまま、生き続けるよ。人と、人がかきまぜられる交差点の真ん中。私はここにいるだけで誰かにとって暴力になるような、そんな存在になりたい。

  女4、本を閉じて、その場に座る。

女1  ‥‥あなたは誰ですか?
女4  とある詩人です。
女1  え? ‥‥とある詩人?
女4  はい。
女1  とある詩人って‥‥。詩人に、とあるまで付くと、まるでマンガみたいですね。マンガの登場人物みたい。
女4  よく言われます。
女1  え? 言われるんですか? よく?
女4  はい。
女1  誰に?
女4  いろんな人に。‥‥今、あなたに言われました。
女1  ああ‥‥なるほど。
女4  ええ。
女1  ‥‥‥。

  間。

女4  テレビのニュースをつけたら「コロナより人間の方が恐い」って、誰かが言ってました。店のドアにスプレーで落書きされたスナックの人が、やっぱり「コロナより人間の方が恐い」って言ってました。自粛警察やマスク警察に攻撃された人も「コロナより人間の方が恐い」って言ってました。
人間の方が恐い? 悪いけど、何を今更? って思ってしまいます。昔々からずっとそうだったじゃないですか? ‥‥人間は恐いですよ。いつでも。どこでも。
昔、日本大震災が起きた後に、「絆」という言葉が流行りました。家族の絆。地域の絆。見ず知らずの土地に、遠くの町から心優しいボランティアが集まりました。人はやっぱり一人では生きていけないから、と、バタバタと結婚する人なんかもいて、「絆婚」と呼ばれたりしました。
あれから十年。しっかり結んだはずの絆は跡形もなくバラバラにほどけて、一人一人が、ひとりぼっちになって、なすすべもなく立ち尽くしています。いや、部屋の中でうずくまっています。
どっちがほんとなんでしょうね? 性善説? 性悪説? ちょっと違うかな?

ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ひとりぼっちに、昼の太陽はギラギラとつれなくて、ひとりぼっちに夜の月は優しくて。‥‥もう、ずっと夜が続けばいいのに。‥‥でも、やっぱり朝は来るんです。あーあ。

私、ネコを飼ってるんです。ニャンコってすっごく適当な名前で、でもとってもかわいいんです。でも、このニャンコがとってもいたずらっ子で、私が三日かかってがんばって作りかけたジグソーパズルをひっくり返しちゃって。机の上と机の下に、無残にバラバラに散らばったパズルのピースは、もう途方に暮れて、帰る場所もなくしてしまって。元々収まるはずの場所があったのかどうかもわかんなくなっちゃって。もういいや、めんどくせーって癇癪を起こして、全部ゴミ箱に捨てちゃいました。
最近、自殺が増えてるらしいですね? ひょっとしたら、もういいや、めんどくせーって思っちゃうのかな? それで、人生を丸ごとゴミ箱に捨てちゃったりして。あるいは、バラバラになって行き場を失ったパズルのピースが、途方に暮れて「もはやこれまで!」ってお腹を切っちゃうみたいな? ‥‥いや、不謹慎な発言ですみません。謹んでお詫び申し上げます。

ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。

ギリシャ神話のメデゥーサは、見たものが全て石になるんでしたよね。「お前なんか石になっておしまい!」って感じですか? 恐いですねー。あと、欲張りの王様が、触るものがみんな金になってしまうって話もありましたっけ?私、思うんですけど、コロナウイルスってこれと似てるような気がするんですよ。いや、もちろんコロナは恐い病気で、肺炎になって死んだりするんですけど、でも、その一方で、「お前なんかひとりぼっちになっておしまい!」って、世の中をそんな風に変えちゃったんじゃないかって‥‥ね? これはまたこれで、恐いですよね。
‥‥いや、ちょっと、違うな。‥‥コロナでひとりぼっちになったんじゃなくって、元々ひとりぼっちだった姿が、コロナではっきり見えて来ちゃったってことかな? あるいは、人間の元々のこわーい姿とか。‥‥それじゃ、メデゥーサじゃなくて、裸の王様ですかねぇ? あるいは、パンドラの箱を開けちゃったってこと? あるいは、玉手箱を開けちゃった浦島太郎の悲劇? ‥‥まあ、どれでもいいんですけどね。

幾山川越えさり行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく

‥‥でもね、実は、私、一人旅というのは苦手なんですよね。一人旅って、なんか、余計に寂しくなるじゃないですか? だから‥‥‥とりあえず寝ることにします。‥‥それでは、おやすみなさい。‥‥悪い夢を見ないように。‥‥このまま夜が明けませんように。

‥‥ぼっち。ぼっち。ひとりぼっち。‥‥ぼっち。ぼっち‥‥

  女4、寝る。

  照明、元に戻る。

  男Bと男Aと女1。
  男Eは、離れた所で寝ている。

男B  ‥‥ゴミ掃除って言えばさあ。
男A  え?
男B  ほら、さっきおっさんが言ってたじゃん、ゴミ掃除とホームレス狩り。
男A  ああ。
女1  うん。
男B  学生の時、オレのツレが特殊清掃ってのをやっててさ。
男A  特殊清掃?
女1  何、それ?
男B  あれだよ。アパートとかで孤独死した老人なんかの後始末。
女1  ええー、そんな仕事があるの?
男A  ああ‥‥何か聞いたことあるな。
男B  あるだろ?
男A  うん。‥‥え? それってバイトなの?
男B  うん。
男A  そんなバイトとかあるわけ?
男B  まあ、普通は学生バイトとかないんだろうけど、何かコネとかあったんじゃない?
男A  ふーん。
女1  ふーん。
男B  でさ、まあ、直接、死体の処理とかはしないみたいなんだけど。そういうのは警察とかがやるからさ。ほら、検死とか言うやつでさ。
男A  ああ。‥‥だろうな。
男B  その死体が運び出された後の部屋の掃除とか整理とかやるわけよ。
男A  ああ。
男B  まあ、仕事が仕事なだけに、すっげー時給がいいんだろうとか思うじゃん?
男A  ああ‥‥うん。
女1  うん、思う、思う。
男B  ところが案外そうでもないらしい。昔はよかったらしいんだけど。
女1  いくらぐらいなの?
男B  二千円とか、そんなもん。
女1  えー?
男A  へぇ、意外と安いんだね。一万とかくれるのかと思った。
女1  そーよねー。
男B  だろ? オレも意外だったんだけど、何でもね、一時期、特殊清掃が、興味本位でテレビで取り上げられるようになってさ、それで、そんなに儲かるんだったらって、参入するやつが急増しちゃったんだって。
女1  ああ、あれかな? それって、映画の「おくりびと」とかの影響かな? もっくんの。
男B  ああ‥‥そうかもしんないな。
女1  でしょ?
男A  ああ、なるほど。
男B  確かに、その可能性はあるな。
男A  ‥‥でも、そういうとこにも競争原理とかがあるんだな。
男B  うん。みたいよ。
男A  人間って、カネが絡むと何でもやるんだなあ。
男B  だよなあ。
女1  せちがらいねぇ。
男B  ほんと、そうだわ。
男A  まあ、確かに、高齢化社会だから、食うのに困らないもんな。葬式とか、そういうのは。
男B  それは言えてる。葬式はなくならないもんな。結婚式はなくなってもさ。
男A  そうそう。
男B  お葬式は、永久に不滅です!
男A  そうそう!
女1  何よ、それ!
男B・男A  アハハハハ。
男B  ‥‥でさ、そいつから聞いたんだけど。
男A  うん。
男B  結構、エグい現場が多いんだって。
男A  ほー。‥‥どんな?
男B  ほら、孤独死って、たいていすぐには見つからないじゃん?
男A  ああ、そうだな。
男B  一、二週間とかはザラで、ヘタすると数ヶ月経ってから見つかるのもあるわけよ。
男A  ほー。
男B  そうなると‥‥どうなってると思う?
男A  うーん‥‥白骨化?
男B  いや、きれいに白骨になってくれたら、まだいいんだけど。
男A  うん。
男B  まあ、グチャグチャに腐ってるわけ。完全腐乱死体。
男A  うわ。
女1  えー、やめてよ。そういう話。
男B  いやだったら聞かなきゃいいじゃん? あっちに行ってれば?
女1  いや、それは‥‥。
男B  何だよ? 聞くのかよ?
女1  ‥‥‥。
男A  あれだな? イヤよイヤよも好きのうち、ってやつ?
女1  何よ、それ! だいたい、それ、意味が違うから!
男A  じゃあ、どういう意味なの?
女1  えー? 知らないわよ!
男B・男A  アハハハハ。
男B  ‥‥でさ、布団から畳までどす黒い体液がしみ出しててさ、それでハエだらけだったりして。
女1  えー!
男A  うわ、それはきついな。
男B  でもさ、そういうグロいのは、何遍か仕事やってると、わりと馴れちゃうらしい。
男A  へー、そんなもんなの?
男B  うん。そうらしいよ。
男A  人間のハートって、意外と頑丈にできてんだな。
男B  みたいだね。‥‥でも、どうしようもないのが臭いなんだって。
男A  臭い?
男B  何かね、風呂に入っても、服を着替えても、取れないらしい。
男A  そんな強烈な臭いなの?
男B  まあ、話で聞いただけだから、どんな臭いかわかんないけど。
男A  へー。
男B  そいつは、仕事の次の日は、たいてい学校を休んでたって言ってた。
男A  そりゃ、よっぽどなんだな。
男B  まあ、そうなんだろな。
女1  えー。もー。
男B  だから、イヤだったら‥‥あ。
女1・男A  え?

  男Cがやって来る。
  ボロボロの服、あるいはパッチワークの服、あるいはエスニックな服、を着ている。

男C  あの、ここ、よろしいでしょうか?
男B  ああ‥‥はあ。
男C  それじゃ‥‥失礼します。

  男C、ホームレスたちのそばに座る。

男C  ‥‥‥。
ホームレス  ‥‥‥。
男C  あのぅ‥‥シューカツはやってますか?
男B  え? ‥‥あ、いや‥‥今は、ちょっと、まだ。
男C  ああ、そうですか。
男B  ああ‥‥はい。
男C  ‥‥‥。でも‥‥やった方がいいですよ。シューカツ。
男B  え?
男C  のんびりしてたら、間に合わなくなることもありますから。
男B  ああ‥‥はあ。
男C  まだ、若いから関係ないとか思ってません?
男B  え? いや‥‥そういうわけでもないんですけど。
男C  突然交通事故に遭ったりすることもありますからねぇ。
男B  え?
男C  若い人でも、ガンとかになる人もいますから。
男B  え?
男C  白血病とか、若い人が多いんですよ? 知ってました?
男B  あのう‥‥。
男C  え?
男B  話が見えないんですけど。
男C  え? いや、だから、シューカツの話ですけど。
男B  いや、だから‥‥就活に交通事故とか白血病が関係ありますか?
男C  いや、あるでしょ? 老人だけが死ぬわけではありませんから。
男B  え? 死ぬ?
男C  はい。‥‥若い人でも死ぬ時は、死にますよ。だから、ちゃんとシューカツを考えておかないと。
男B  え?
女1  それ‥‥もしかしたら、終活の話ですか?
男C  そうです。終活の話です。
女1  ああ、なるほど。
男B  いやいや、なるほどじゃなくって‥‥。
女1  だからあ
男A  あ、わかった! 終活だ!
女1  そうよ。終活よ、終活。
男A  ああ、そっか。終活かあ!
女1  うん、そうなのよ。
男A  なるほどー。
男B  いや、だから、何がなるほどなんだよ!
男A  だから、シューカツ違いだよ。
男B  え?
男A  だから、お前が思ってんのは、就職の就活だろ? でも、この人が言ってんのは、死ぬ方の終活なんだよ。
男B  え?
男C  ああ、なるほど、そういうことでしたか。
男A  はい。そういうことみたいです。
男C  なるほど。音がおんなじなだけに、ややこしいっちゃ、ややこしいですね。
女1  ですよねー。
男C・女1・男A  アハハハハ。
男B  ‥‥‥。で、何で、いきなり終活なんですか?
男C  え?
男B  あなたも若いじゃないですか? そんなことを考えるトシじゃないでしょ?
男C  いやだから、終活に年齢は関係ありませんから。
男B  ひょっとして、どこかの宗教関係の方ですか?
男C  いや、そういうことじゃなくって‥‥。

  変な服を着た女2が来る。

女2  あ、いたいた。(後ろに向かって)ここにいましたよー。

  変な服を着た男Dと女3がやって来る。
  男Dは杖をついている。

女3  ああ、いたいた。
女2  お兄ちゃん、あんまり早足で行かないでよ。
男C  ああ、ごめん、ごめん。
女2  もしかして、また、終活の話とかしてたの?
男C  え?
男D  お前はまだそんなことを言っておるのか?
男C  いや、でも、だって‥‥。
女3  (ホームレスに)すみませんねぇ。うちの子がご迷惑をおかけしてたみたいで。
男B  え?
女1  いや、別に迷惑ではありませんから。
女3  この子は、知らない人にでも誰にでも、すぐに終活の話をするもんですから。
男C  だけど、終活は大事だよ。
男D  いや、それは違うぞ。何度言ったらわかるんだ?
男C  いや、それだけは納得できません。いくら長老のお言葉でも。
男A  長老?(男B・女1と目を合わせる)
男B・女1  ?
男D  終活なんかして何になる? 何の意味もないぞ。
男C  意味はありますよ。自分の身辺を整理して、旅立つ心構えができるじゃないですか? それ以上に、自分の人生を振り返り、総括しておくことは、大事なことだと思います。人生の区切りとして。
男D  何度言ったらわかるんだ? 旅立ちに心構えなんかいらないし、人生に区切りなんかないのだ。
男C  どうしてですか?
男D  死は、前よりしも来らず。かねて後ろに迫れり。人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来たる。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。
男C  また「徒然草」ですか? 長老はそればっかりですねぇ。
男D  死ぬ心構えなど、自己満足にすぎん。死は常に生と共にあり、生きることはすなわち死ぬことなのだ。心構えが必要だと言うなら、それはむしろ生きる心構えだ。
男C  だから、その生を閉じるフィナーレとして‥‥
男D  人間に人生を閉じることなどできん。それは思い上がりというものじゃて。
男C  もう‥‥イマドキの年寄りと来たら‥‥。
男D  ああ? 何か言ったか?
男C  いえ、何も言ってません!
男D  ああ、そう。
男C  はい。
男D  それはさておき‥‥‥。(男D、しばらく辺りを見回す)
ホームレス  ?
男D  よし! 決めたぞ!
男C・女2・女3  え!
男D  ここがよい。ここにしよう!
男C・女2・女3  おお!

  男Dが杖を突き立てる。
  その瞬間、雷光と雷鳴。

男C・女2・女3  おお!

  しばし感動的な雰囲気。

女1  あ!
男B・男A  え?
女1  私、この話知ってる!
男B・男A  え?
男A  この話?
女1  私ね、高校の時、演劇部だったの。その時、この芝居をやったのよ!
男B  え? 芝居?
女1  ほら、知らない? ほら、なんとかなんとかって人が書いた‥‥なんちゃらってお芝居! とっても有名なやつ!
男B  いや、なんとかなんとかとかなんちゃらとか言われても、
男A  さっぱりわかんないよ。
男B・男A  なあ?
女1  えーとね‥‥えーっとね‥‥えーっと‥‥あ、思い出した!
男B・男A  え?
女1  (男C・男D・女2・女3に向かって)ねぇ! あなたたち、鳥なんでしょ? ねぇ、そうなんでしょ?
女1以外  え?
女1  そうよ! この人たちは鳥なのよ!
女1以外  え?
男A  と、鳥って‥‥
男B  おい、頭大丈夫か?
女1  だって、そうだったもん!
男B  ひょっとして‥‥その、お芝居か?
女1  うん。
男A  なんちゃら?
女1  うん!
男B・男A  ‥‥‥。
女3  鳥‥‥ですか?
女1  え?
女3  それは、おもしろいですね。
女1  ‥‥‥。
女3  まあ、似たようなものかもしれません。‥‥ねぇ?
女2  ああ、うん。
男C  鳥、か。‥‥なるほど。
男D  そうじゃな。
女1  え? ‥‥それって‥‥どういう意味ですか?
女3  私たち、渡り鳥みたいなものですから。
女1  渡り鳥?
女3  はい。
男B  渡り鳥って‥‥旅をなさってるんですか?
女3  ええ。
男A  みなさんは、どこから来たんですか?
男C  私たちは、過去から来て、そして、未来へ行くのです。
ホームレス  え?
女2  ウソ、ウソ。こっちから来て、あっちへ行くんです。
ホームレス  ああ。
男D  さてと。‥‥宴を始めるとするか。
女3  ええ、そうですね。‥‥みなさんもよろしかったら、ご一緒にどうぞ。
ホームレス  え?
男B  え? うたげって‥‥?
男A  ここで宴会をやるんですか?
女3  ええ。‥‥ほら、みなさんにもお配りして。
女2  はーい。

  男C・男D・女2・女3、座り込む。
  女2、リュックから缶ビールを取り出す。

女2  どうぞ。
男B・男A  おお。
男B  ‥‥案外、いい人たちだな。
男A  ほんと。ほんと。
男D  さあ、始めよう。
女3  みんな、持った?
全員  はーい。
男D  では‥‥乾杯!
全員  かんぱーい!

  全員、缶ビールを開けて、飲む。
  拍手。

男D  さあ、歌うぞ。
男C  はい。
男B・男A  え?
男A  歌う‥‥って?
女1  あ!
男B・男A  え?
女1  思い出した! なんちゃらって歌をみんなで歌うんですよね?
男B・男A  え?
女3  あの歌はもう歌いません。
女1  え?
女2  別の歌を歌うんです。
女1  ああ‥‥そうなんですか。
女2  はい。
男B・男A  おお!
男B  なんちゃらでわかるんだ!
男A  すげえな。

  演奏が聞こえ始める。

男C  ♪誰かの無知や偏見で 俺は死にたくはないんだ
男D  誰かの傲慢のせいで 俺は死にたくはないんだ

男C・男D  俺は俺の死を死にたい 俺は俺の死を死にたい

男C  車輪の下で苦しむより 長い靴下を履いてる
男D  ピッピと遊びに行きたいな ほら男爵も誘おうか?

男C・男D  俺は俺の死を死にたい 俺は俺の死を死にたい

男C・男D  豚の安心を買うより 狼の不安を背負う
       世界の首根っこ押さえ
全員  ギターでぶん殴ってやる

  全員、適当に踊り出す。

全員  俺は俺の死を死にたい!

全員  わかったような顔をして 小難しい言葉を並べて
    寂しさしか売り物がないような 安っぽい死に方はしたくねえ

全員  俺は俺の死を死にたい 俺は俺の死を死にたい

全員  豚の安心を買うより 狼の不安を背負う
    世界の首根っこ押さえ ギターでぶん殴ってやる

男たち  いつか俺はジジイになる 時間は立ち止まりはしない
女たち  いつかババアになっちまう 時間は立ち止まりはしない
全員   時間は立ち止まりはしない 時間は立ち止まりはしない
     俺は俺の死を死にたい 俺は俺の死を死にたい 俺は俺の死を死にたい!

  演奏終わり。
  全員、歓声。拍手。

男D  ‥‥さてと。
女3  そうですね。‥‥はいはい。いつまで寝てるんですか? もう出発しますよ。
ホームレス  え?

  女2、男Eのところへ行く。

女2  はいはい、起きて、起きて。遅刻しちゃうよ!
男E  え? ああ。‥‥もうちょっとだけ寝かしてくれよ。‥‥まだ早くない?
女2  早くない。全然早くないから。‥‥さあ、起きた、起きた。
男E  もう、うるせえな! わかった、わかった。起きるよ。起きる。起きるから。

  男E、立ち上がる。

男E  はい、起きた。
女2  じゃ、行くよ。
男E  はいはい。

  女2と男Eが下に降りて来る。

男D  それでは、出かけるとしようか。
女1  え? もう行っちゃうんですか?
女3  はい。‥‥皆さん、どうもお騒がせしました。
女1  ああ‥‥はい。
男B  あの‥‥あなた方は? ‥‥あなたたちは、本当は誰なんですか?
女2  とある旅人です。
男B  とある旅人?
女2  ええ。
男A  何か、どこかで聞いたような‥‥。

  男C・男D・女2・女3、歩き始める。
  男Eもついて行く。

女1  あ、おっちゃん。どこに行くの?
男E  ちょっと出かけてくる。
女1  ちょっとって‥‥だから、どこへ?
男E  いいとこだよ。
女1  え? いいとこ?
男E  ‥‥じゃ、またな。

  男E、手を振る。つられて、女1も手を振る。
  男C・男D・女2・女3と男E、去る。

女1  ‥‥行っちゃった。
男B・男A  ‥‥‥。
女1  行っちゃった。
男B・男A  ‥‥‥。
男A  ‥‥あいつら‥‥ひょっとして?

  女4が目覚める。

女4  朝が来るから夜が来るのか? 夜が来るから朝が来るのか? どっちだと思います?
男B  え?
女4  生きるから、さびしいのか? さびしいから、生きるのか? どっちだと思います?
男B  え?
女4  生まれるから、死ぬのか? 死ぬから、生まれるのか? どっちだと思います?
男B  禅問答か何かですか?
女4  いいえ。
男B  ‥‥わかりません。‥‥そんなの、わかるわけがない。
女4  ‥‥‥。
男B  それに‥‥そんな質問、意味がないでしょう?
女4  生きることに意味がないように?
男B  また‥‥。
女4  でも、意味がなくても運悪く生まれてしまったら、ジタバタあくせくと生きなければならないし、寂しさに耐えなければならないし、そして、生きてしまったら、死にたくないって思うんですよね。‥‥何かの罰ゲームなんでしょうか?
男B  人生が罰ゲームですか? ‥‥その罰を与えるのは誰なんです? 神様ですか?
女4  さあ? 誰でしょう? ‥‥あなたは神を信じているのですか?
男B  さあ、どうでしょう? 信じた方が都合がいいのなら、信じるのにやぶさかではありませんが。
女4  フフフ‥‥。変なの。
男B  変かな?
女4  はい。
男B  そうですか。
女4  はい。
男B  ‥‥‥。

  しばしの間。

女4  たぶん犬とか猫とかは、まだ死にたくないとかは思わないんでしょうね。いや、聞いたことはないんですけどね。それどころか、犬や猫には「生きてる」という実感があるのかもどうか。だから、変な言い方になりますが、「生きてる」のも人間だけなら、「死ぬ」のも人間だけなのかもしれません。
男B  「私が目を閉じれば、世界はなくなる」と言ったのは、どこかの哲学者だったでしょうか? いや、宗教者だったかな? でも、目を閉じても世界がなくなったりしないことはわかってるんです。それはなぜなんでしょうね? 世界に対する絶対的な信頼感みたいなものでしょうか? こうして目を閉じて、

  音楽。(カヴァルリア・ルスティカー間奏曲)

男B  そして再びその目が開くことがなかったとしても、たぶん世界はあり続けるだろうし、歴史は続いて行くんでしょうね。まるで私なんかいなかったかのように。
女4  でも、それって、ちょっと切なくないですか? 悲しくはないですか?
男B  たぶんそうやって、数限りのないいろんなものが、生まれて死んで滅んで行った。三葉虫も恐竜もドードーもニホンオオカミも。まるで打ち寄せる波間に消える泡のように、寄せては返す時の狭間に消えて行った。
でも、たぶん本当の意味で「死ぬ」のは人間だけなんですよね。「死ぬこと」を「死ぬ」のは人間だけです。だから、人間だけが、この打ち寄せる時の波音に耳を澄ますのです。ザザー、ザザー。
女4  ザザー、ザザザー。
男B  ただその波に身をまかせ、どこまでも流れて行きましょう。そして耳を澄ましましょう。ザザー、ザザー。
女4  やがて砕ける波音はだんだんと遠ざかって行きます。だんだんと、だんだんと、だんだんと遠ざかって行く。遠ざかって行く。

  やがて、月明かりが辺りを満たしていく。

                              おわり

※ ビデオもありますので、よかったら御覧下さい。
 


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