『永遠のおでかけ』 益田ミリさん著
『永遠のおでかけ』
益田ミリさんのお父様が帰る事のないおでかけをしたお話の本。
‘お別れ‘を‘おでかけ‘という柔らかい優しさが感じられるタイトルと内容。
買おうかやめようか迷った本だった。やっぱり買うと決めて実際に読むまでに一年がかかってしまった。大切な人とのお別れの本だったから。
この本を買う半年程前に大切な人が入院した。夫。
幸い病気は極々、初期の段階で見つかり大事には到らないものだった。過剰な心配は必要ないとはいえ、少なくとも数年の間は定期的な検査が必要。そんな時期にこの本を読む事はやっぱり怖かった。
お陰様で年明けの検査で良い結果を頂いた。これからも良い結果が出せる事を信じ、勇気を出して今のタイミングで読む事にした。
夫の事とは別に、ある事がきっかけで大好きで大切で仕方ない人を失うという事の意味をどうしても知りたいと思うようになった。そのような本ばかり読んでいる時期もあった。今も時々読んでいるけれど、どうしてなのか未だにわからない。唯一わかったのは生き物は皆、自然の摂理には逆らえず、いつか必ず生き絶えるという事だけ。
『永遠のおでかけ』
この本を読みながら父が亡くなった時の事を思い出した。
父はきっと100歳くらいまで長生きすると思っていたのに、それよりもずいぶん早くに亡くなった。益田ミリさんのお父様のように余命を告げられた訳ではなく、救急車で緊急搬送されそのまま入院。二週間後、一度も目が覚める事なく家族に見守られながら息を引き取った。
生前の父は優しくて穏やか。兄弟の中で末っ子のせいか人懐こく甘え上手な人だった。そのお蔭でご近所の先輩おじさま方ととても仲良くさせて頂いていた。母は父より5歳年下だが、長女なので自然と父を甘えさせる事が出来ていたのかなと思う。
そんな母が、父が亡くなって数年が経ったある日「おとうさんより年上になっちゃった」と、ぽつんと呟いた。「困った事があるといつも夫婦二人で考えて、結論は必ず出してくれる頼りがいのある人だった」とも。
寂しそうだった。父を失った時の母の怖さは想像を越えない。私は何と言って良いのかわからず「おとうさんの分も長生きして」とだけ応えた。
子供である私から見ても両親はとても仲が良かった。だからか父を亡くした悲しみは自分にではなく、残された母を心配する気持ちへと向かった。「もし何かの間違いで父を天国に連れて行ってしまったのだとしたら、どうか母の元に返してください」と来る日も来る日も願ったけれど、そんな事が起こるはずはなかった。亡くなった人にはもう二度と会えないという事を、この時、いい大人にして嫌という程知った。
結婚して家を出てからずっと父とは別々に暮らし、毎日、顔を合わせていた訳ではなかったので、中々、父が亡くなった実感が湧かなかった。残された母の事ばかり考えていたので、益田ミリさんが感じた悲しみの強弱があったかどうかも憶えていない。実家を訪ねてもいつも座っていた場所に父の姿がない事で、少しずつ父の死を受け入れて行ったのだと思う。
あまり実家に寄り付かない親不孝な娘だったので、父が亡くなってから数年は遺影の顔が怒っているように見えた。しかし母の心配をして訪ねて行くうちに、同じ遺影の父の顔が笑顔に感じられるようになった。
一途に母を愛した父。そのせいか娘としての私を愛しているのかわからないまま逝ってしまった。寂しかった。しかし時間が経つに連れ気持ちが変化した。たとえ父の気持ちがわからないままだったとしても、私が父を好きなのだからそれでいいんじゃないかと思えるようになった。
益田ミリさんがお父様に最後に買って頂いたのはセブンイレブンのおでんだったそうだ。その日の事は忘れられない思い出になり、その想いを一生抱き締めて生きて行くのだろうな。
父に最後に買ってもらったものが何だったのか……思い出せない。
大切な人を失い悲しい経験をした人。今はまだなくてもいつか別れをするかもしれない人。大切な人がいる幸せを感じどんな人の心も優しく震わせる。
特別じゃないと思っている何でもない日常やふとした瞬間は、本当は特別でこの上ない宝物のような時間だと気付かせてくれる一冊。