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現代語で楽しむジェイムズ・ジョイス『二人の伊達男』【ダブリン市民 第6話】

「二人の伊達男」

(「ダブリン市民」第6話)

ジェイムズ・ジョイス 作


8月のどんよりとした暖かい夕暮れが街を包み込んでいた。夏の名残りのような生ぬるい空気が通りに漂っていた。日曜日のため、店のシャッターは閉まっていたが、色とりどりの人々が通りを賑わせていた。まるで明るく輝く真珠のように、ランプが高い柱の上から生き生きとした人々の群れを照らし出していた。群れは絶えず姿や色を変えながら、温かい灰色の空に途切れなく続くざわめきを送り込んでいた。

二人の若者がラトランド・スクエアの坂を下りてきた。一人が長々としゃべり続けていて、ようやく話を終えようとしていた。もう一人は歩道の端を歩いていて、相棒の無礼な態度のせいで時々車道に踏み出さざるを得なかったが、面白そうに聞き入る表情を浮かべていた。彼は背が低くて赤ら顔だった。ヨット用の帽子を額からずっと後ろにずらしていて、聞いている話に合わせて、鼻や目や口の端から次々と表情の波が広がっていった。喘ぐような笑い声が、震える体から何度も漏れ出た。ずる賢そうに楽しげに輝く目は、しょっちゅう相棒の顔を窺っていた。軽いレインコートを闘牛士風に肩にかけていて、一度か二度それを掛け直した。半ズボンに白いゴム靴、そして軽やかにかけたレインコートが若さを表現していた。だが、腰回りは丸みを帯び、髪の毛は薄くて灰色で、表情の波が過ぎ去った後の顔は荒れた感じだった。話が完全に終わったと確信すると、彼は30秒ほど声を立てずに笑った。

それから彼は言った。

「いやぁ~! ...マジやばくね?」

彼の声は力強さを失っているようだった。そして、自分の言葉に重みを持たせるために、ユーモアを込めて付け加えた。

「いやホンマ、世界一、いや宇宙一のやばさだって!」

こう言うと、彼は真面目な表情になって黙り込んだ。

彼は一日中ドーセット・ストリートのパブで話し続けていたせいで、舌が疲れていた。多くの人々はリナハンを寄生虫のような奴だと見なしていたが、彼の巧妙さと弁舌のうまさのおかげで、友人たちも彼に対して本格的な対策を立てることはなかった。彼は、仲間たちのグループに軽く近寄り、ひょいっとその輪に加わるのが得意で、最終的には誰かが一杯おごってくれるまで巧みに立ち回るのだった。彼は、様々な話やリメリック(おどけた詩)やなぞなぞを持ち歩く、スポーティな放浪者であり、どんな無礼にも鈍感だった。彼がどうやって生活を成り立たせているのか、誰もよく知らなかったが、彼の名前は競馬関連の新聞となんとなく結びついていた。

「で、どこでその娘拾ったんだ、コーリー?」とリナハンが聞いた。

コーリーは素早く上唇を舐めた。

「ある晩さ、ダム・ストリートを歩いてたら、ウォーターハウスの時計(ダブリンの有名な時計塔)の下でいい感じの子を見つけてよ。『こんばんは』って声かけたんだ。それで、ちょっと運河沿いを歩いてたら、あの子、バゴットストリートの屋敷で住み込みのメイドやってるって言うんだわ。そん時、俺、ちょっと肩抱いて、軽く押してやったんだよ。で、次の日曜にまた会う約束してさ、今度はドニーブルックに連れてって、野原に引っ張り込んでやったよ。彼女、昔、牛乳屋と付き合ってたとか言ってたけど、マジ、最高だったぜ。毎晩タバコくれるし、電車代も出してくれんだよ。で、ある晩なんか、2本も超高級なシガー持ってきやがったんだぜ。あの親父が吸ってたやつだよ...あのホンモノのやつさ。正直、あの子が妊娠しねぇか心配だったけどさ、あの子もちゃんとわかってるからな、そのへんのアレは」

「もしかして結婚してくれると思ってんじゃね?」とリナハンは言った。

「いや、俺、仕事ないって言っといたからよ」コーリーは続けた。「ピムズ(ダブリンの老舗デパート)で働いてたって適当に言っといたし、名前も教えてねぇよ。俺、そこまでバカじゃねぇし。でも、あの子は俺のことちょっとランクが上だと思ってんだよな、はは」

リナハンはまた声を立てずに笑った。

「今まで聞いた話の中で」と彼は言った。「マジで一番ヤバい話だわ」

コーリーの歩調が、その褒め言葉を受け入れているのが分かった。彼のがっしりした体の揺れに合わせて、友人のリナハンは歩道から車道へ、そしてまた歩道へと軽くステップを踏んだ。コーリーは警察の査察官の息子で、父親の体格と歩き方を受け継いでいた。両手を体の脇に下ろし、背筋を伸ばして、頭を左右に振りながら歩いた。

彼の頭は大きく、丸く、脂っぽい感じで、どんな天気でも汗をかいていた。その頭の上に、斜めにかぶった大きな丸い帽子は、まるで別の場所から生えてきた球根のように見えた。彼はいつも正面をじっと見据えて歩いており、もし道で誰かを振り返りたいときは、腰から体全体を回さなければならなかった。

今は町をぶらぶらしているところだった。仕事の空きがあれば、友人がすぐに内緒の情報をくれた。私服警官と真剣な様子で歩いているのをよく見かけた。彼はあらゆる事情の内側を知っていて、最終判断を下すのが好きだった。仲間の話を聞かずに自分の話をした。会話の内容は主に自分自身のことだった。誰それにこう言った、誰それがこう言ってきた、そして自分がどう言って事を収めたか、といった具合だ。これらの会話を報告する時、彼はフィレンツェ人のように自分の名前の最初の文字を強く発音した。

リナハンは友人にタバコを勧めた。二人の若者が群衆の中を歩いていく間、コーリーは時々振り返って通りすがりの女の子に笑いかけたが、リナハンの視線は、二重の光輪に囲まれた大きくてぼんやりした月に釘付けだった。彼は真剣に、月の表面を横切っていく灰色の薄明かりの網を見つめていた。やがて彼は言った。

「なあ…コーリー、お前、ちゃんとやれるんだろうな?」

コーリーは意味ありげに片目をつぶって答えた。

「あいつ、そこまでいけんの?」とリナハンは疑わしげに尋ねた。「女ってやつは分からねーからな」

「大丈夫だって」とコーリーは言った。「あいつの扱い方は分かってんだよ。ちょっと俺にほれてんだわ」

「お前こそ、俺が言うところの超モテ男だぜ」とリナハンは言った。「最強のヤリチンってやつ!」

リナハンの言葉には、従順さの中に微妙に嘲笑が混じっていた。彼はいつも、称賛が冗談としても受け取れるようにして、自分を守っていた。しかし、コーリーはそんな微妙なことには気づかない。

「やっぱ、メイド(住み込みの家政婦)に勝るもんはねぇな」とコーリーは自信満々に言った。「間違いないぜ」

「さすが、いろいろ経験してきた男は言うことが違うな」とリナハンが皮肉っぽく言った。

「最初は普通の女の子と付き合ってたんだよ、南サーキュラー・ロード(ダブリン南部の環状道路)のあたりのさ」コーリーが胸を張って話し出した。「路面電車でどっか連れてったり、バンドとか演劇に行ったり、チョコレートとかお菓子とか買ってやったりな。結構、金使ってたぜ、本当にな」彼は、自分が信じてもらえないのを意識しているかのように、説得力のある口調で付け加えた。

でもリナハンは十分信じていたので、真剣にうなずいた。

「そのやり方は知ってるぜ」と彼は言った。「でもそれじゃ損するだけだろ」

「それな。で、結局、何も得られなかったんだよな」とコーリーがぼやいた。

「俺もだわ」とリナハンが相槌を打った。

「でも一人だけ違ったんだ」とコーリーは言った。

彼は舌で上唇を舐めた。その記憶が彼の目を輝かせた。彼もまた、今やほとんど隠れかけている月の淡い円盤を見つめ、物思いにふけっているようだった。

「あいつは...マジでサイコーだったな」と彼は悔しそうに言った。

彼はまた黙り込んだ。それから付け加えた。

「あの子、今じゃ売春婦(タフ)だぜ。ある晩、アール・ストリートで二人の男と車に乗ってるのを見かけたよ」

「それ、お前のせいじゃね?」とリナハンが冷やかした。

「いや、俺の前からいろいろあったんだよ」とコーリーは達観したように言った。

今度はリナハンの方が信じられないようだった。彼は首を左右に振って笑った。

「お前、俺をだませると思ってんのか?」と彼は言った。

「マジだって! 神に誓って言うけど、あの子が自分で言ったんだよ!」

リナハンは大げさに嘆くような身振りをした。

「このクソ野郎が!」と彼は叫んだ。

二人がトリニティ・カレッジの柵のそばを通り過ぎると、リナハンは急に車道に飛び出して、時計を見上げた。

「20分過ぎだぜ」と彼は言った。

「まだ余裕あるって」とコーリーは言った。「あいつ、絶対来てるよ。俺、いつも少し待たせるんだ」

リナハンは静かに笑った。

「おい、マジでコーリー、お前女の扱い方知ってんな」と彼は言った。

「ま、あいつらの小細工なんてお見通しよ」とコーリーが自信満々に言った。

「でもさ」とリナハンが再び問いかけた。「ほんとにうまくやれるのか? あれって結構デリケートな話じゃん。女って、その辺めっちゃ厳しいし。なぁ、どうだ?」

彼の明るい小さな目が、確信を求めて相棒の顔を探った。

コーリーは頭を左右に振った。しつこい虫を払いのけるかのようだった。眉をひそめた。

「やってやるって」と彼は言った。「俺に任せとけよ。いいな?」

リナハンはもう何も言わなかった。友達の機嫌を損ねたくなかった。地獄に落ちろとか、アドバイスなんかいらねえとか言われたくなかったのだ。ちょっとした機転が必要だった。

しかしコーリーの眉はすぐにまた穏やかになった。彼の考えは別の方向に向かっていた。

「あの子、マジでいい女だぜ」とコーリーは感心したように言った。「ほんとにさ」

二人はナッソー・ストリートを歩き、そのままキルデア・ストリートへ曲がった。クラブの玄関近くに、ハープ奏者が路上に立ち、少人数の観客に向かって演奏していた。彼は無造作に弦を弾き、時折、新しい聴衆の顔をちらりと見たり、疲れた様子で空を見上げたりしていた。ハープも同様に、覆いが膝のあたりまでずり落ち、彼の手に扱われることに疲れたようだった。片手で低音を弾きながら、『静かに、オー・モイル(アイルランドの伝統的な哀歌)』の旋律を奏で、もう片方の手で高音を追いかけるように音を重ねていた。その音は深く、力強く響いていた。

二人の若者は無言のまま通りを歩き続けた。哀愁漂う音楽が彼らを追いかけていた。ステファンズ・グリーン(ダブリン中心部の公園)にたどり着くと、彼らは道を横切った。そこでは、路面電車の音や光、人々の喧騒が、二人をその静寂から解放してくれた。

「いたぜ、あれ!」とコーリーが言った。

ヒューム・ストリートの角に、若い女性が立っていた。彼女は青いドレスに白いセーラーハットをかぶり、片手で日傘を軽く振り回していた。これを見たリナハンは、急に活気づいた。

「ちょっと、あの子見せてくれよ、コーリー」と彼が言った。

コーリーは横目で友人を見て、不愉快そうな笑みを浮かべた。

「お前、俺の邪魔しようとしてんのか?」と聞いた。

「バカ言うなよ!」とリナハンは大胆に言った。「別に紹介してくれとは言ってねーよ。ただちょっと見たいだけだ。食っちまうわけじゃねーし」

「あぁ...ただ見るだけか?」とコーリーは少し機嫌を直して言った。「わかったよ...こうしようぜ。俺が行って話しかけるから、お前はそのまま通り過ぎりゃいい」

「オッケー!」とリナハンは応えた。

コーリーはすでに片足をチェーンに掛けていたが、リナハンが声をかけた。

「で、その後は? どこで会う?」

「10時半だ」とコーリーはもう片方の足を掛けながら答えた。

「どこで?」

「メリオン・ストリートの角だな。戻ってくるからよ」

「うまくやれよ」とリナハンは別れ際に言った。

コーリーは答えず、ゆったりと道を渡りながら、頭を左右に揺らしつつ歩いて行った。彼の大柄な体と落ち着いた歩調、そしてブーツの重たい音には、どこか征服者のような風格があった。彼は若い女性に近づき、挨拶もせずにすぐ話しかけ始めた。彼女は日傘をさらに早く振り回し、踵で半回転するような動きをした。コーリーが近づいて話しかけると、彼女は一度か二度笑い、軽く頭を下げた。

リナハンはしばらく彼らを観察していたが、少し距離を取ってチェーン沿いに歩き、斜めに道を渡って行った。ヒューム・ストリートの角に近づいたとき、空気が濃厚な香りで満ちているのを感じ、若い女性の姿を素早く不安げにチェックした。

彼女は日曜用の上等な服を着ていた。青いサージ(厚手のウール素材)のスカートは、黒い革ベルトでウエストにしっかりと留められていた。そのベルトの大きな銀色のバックルは彼女の体の中心を押さえつけ、白いブラウスの軽やかな素材をクリップのように挟んでいた。彼女は黒い短いジャケットを着ており、ボタンは真珠母でできていた。そして、黒いボア(毛皮の襟巻き)は、かなりくたびれていた。

彼女のチュールカラーの端は、わざとらしく乱してあり、胸には大きな赤い花束が茎を上にしてピンで留められていた。リナハンの目は、彼女のがっしりした短い筋肉質の体に好意的な視線を送った。健康的な赤みが彼女の太った赤い頬や、臆することのない青い目に輝いていた。彼女の顔立ちは鈍く、広い鼻孔、だらりと開いた口元は満足げにゆがんでおり、前歯が二本突き出ていた。

リナハンは彼女の前を通り過ぎるときに帽子を脱ぎ、10秒ほど経ってから、コーリーが空中に向かって挨拶を返した。コーリーはぼんやりとした手つきで帽子の角度を変えるだけだった。

リナハンはシェルボーン・ホテルまで歩き、そこで立ち止まって待った。少しすると、二人がこちらに向かってくるのを見つけ、右に曲がるのを確認してから、彼は軽やかな足取りでメリオン・スクエアの一角を追いかけた。彼は歩調を合わせながらゆっくり進み、コーリーの頭が若い女性の顔を向いて絶えず回転する様子を見ていた。まるで大きなボールが軸で回っているようだった。

二人がドニーブルック行きの路面電車の階段を登るのを見届けると、リナハンは元来た道を引き返した。

一人になったリナハンの顔は、どこか老け込んで見えた。さっきまでの陽気さはどこかに消え失せ、デュークズ・ローン(ダブリンにある公園)の柵に手を滑らせながら歩いていた。ハープ奏者が奏でた旋律が、彼の動きに影響を与えているようだった。彼の柔らかい足取りはメロディを踏むかのように、指は柵の上で音階をなぞるように動いた。

彼はステファンズ・グリーンを気だるそうに回り、その後グラフトン・ストリートを下って行った。彼の目は、群衆の中の様々なものを捉えていたが、その目はどこか陰鬱だった。彼を引きつけようとするものはすべてつまらなく思え、彼に向けられた挑発的な視線にも応えなかった。

彼は、これからたくさん話さなきゃならないし、話を作り出して相手を楽しませなきゃならないとわかっていたが、頭も喉もそのために十分潤っていなかった。コーリーとまた会うまでの時間をどうやって過ごすかが、少し頭を悩ませていた。結局、時間をつぶす方法といえば、歩き続けることくらいしか思いつかなかった。ラトランド・スクエアの角に来たとき、彼は左に曲がり、暗く静かな通りに入った。その通りの陰鬱な雰囲気は、今の彼の気分に合っていた。

彼は、やっとのことで貧相な店の窓の前に立ち止まった。その窓の上には「リフレッシュメント・バー」と白い文字で書かれていた。窓ガラスには「ジンジャービール」と「ジンジャーエール」という文字が飛び跳ねるように描かれていた。大きな青い皿には切り分けられたハムが載っており、その隣の皿には、非常に軽いプラムプディングの一片があった。彼はしばらくその食べ物をじっと見つめていたが、周りを警戒しながら通りを見回し、急いで店の中に入った。

彼は空腹だった。朝食以来、2人の助祭(※教会の職員。リナハンは食べ物を施されている様子がうかがえる)が嫌々ながら持ってきてくれたビスケット以外、何も食べていなかったのだ。彼は木のテーブルに座り、2人の作業服を着た女性とメカニックの男の向かいに位置した。だらしない様子の少女が彼の注文を取りに来た。

「豆の皿、一体いくらだ?」と彼は尋ねた。

「1ペンス半です」と少女が答えた。

「じゃあ、豆の皿とジンジャービール持ってきてくれ」と彼が言った。

彼は、入店してから会話が途絶えたことを気にして、少し荒々しい口調で言った。顔は熱くなっていた。自然に振る舞おうとして、帽子を後ろに押しやり、肘をテーブルに突っ込んだ。メカニックと作業服の女性たちは、彼を上から下までじっくりと観察し、その後、声を潜めて再び会話を始めた。

少女は、ペッパーとビネガーで味付けされたホットな豆の皿とフォーク、そしてジンジャービールを彼の前に置いた。彼はその食べ物を貪るように食べ、それが非常に美味しかったので、店の場所を心にメモしておいた。豆を全部食べ終えると、彼はジンジャービールをすすりながら、しばらくの間コーリーの冒険について考えていた。

リナハンは想像の中で、恋人同士が暗い道を歩いている姿を思い浮かべた。コーリーの力強く情熱的な口説き文句が耳に聞こえ、あの若い女性の口元のにやけ顔がまた目に浮かんだ。この幻影を見て、リナハンは自分の貧しさ、金も気力も乏しい自分を痛感した。あちこちをうろつき回るのにも、悪魔の尻尾を引っ張るのにも(苦労して生きていくこと)、策略と陰謀にもうんざりしていた。11月には31歳になるというのに、まともな仕事に就ける日は来るのだろうか?  自分の家を持つことなんてできるのだろうか?

暖かい暖炉の前でくつろぎ、しっかりした夕飯を食べることがどれだけ素晴らしいかと考えた。友人や女の子たちと街を歩き回る生活はもう十分だった。彼はその友人たちの価値を知っていたし、女の子たちについても同様だった。これまでの経験は、彼の心を世界に対して冷たくした。しかし、まだ希望が完全に消えたわけではなかった。食事をして少し元気が出てきた彼は、前よりも人生に疲れを感じず、精神的にも敗北感が和らいでいた。もし素朴でお金に困っていない女の子に巡り会えたら、まだ落ち着いて幸せに暮らせるかもしれない、そう思った。

彼はだらしない様子の少女に2ペンス半を払い、再び街をさまようために店を出た。カペル・ストリートを進み、シティ・ホールの方へ歩いて行った。デイム・ストリートに曲がり、ジョージ・ストリートの角で2人の友人に出会い、しばらく話し込んだ。歩き回るのをやめて休めることにほっとした。

友人たちは、コーリーを見かけたかとか、最近どうしているかをリナハンに尋ねた。リナハンは、今日は一日コーリーと一緒だったと答えた。友人たちはあまり話をせず、ただ人混みの中の人物をぼんやりと見つめ、時折批判的なコメントをするだけだった。ひとりが「1時間前にウェストモーランド・ストリートでマックを見かけた」と言った。これを聞いてリナハンは「昨晩はイーガンズ(パブの名前)でマックと一緒だったよ」と答えた。ウェストモーランド・ストリートでマックを見かけた若者は「マックがビリヤードの試合でちょっと勝ったって本当か?」と尋ねた。リナハンはそれについては知らなかったが、「ホロハンがイーガンズでみんなにおごってくれたんだ」と言った。

リナハンは友人たちと9時45分に別れ、ジョージズ・ストリートを上がっていった。シティ・マーケットのところで左に曲がり、グラフトン・ストリートへ向かった。通りを歩いていると、女の子たちや若い男たちの群れはだんだん少なくなり、あちこちでグループやカップルが「おやすみ」と言い合って別れる声が聞こえてきた。彼は外科医学院の時計のところまで来た。ちょうど10時を打っていた。コーリーが早く戻ってくるといけないと思い、急ぎ足でグリーンの北側を歩き続けた。

メリオン・ストリートの角にたどり着くと、彼は街灯の陰に立ち、取っておいたタバコの一本を取り出して火をつけた。彼は街灯に寄りかかりながら、コーリーとあの女が戻ってくる方向をじっと見つめていた。

リナハンの思考は再び活発になった。コーリーはうまくやっただろうか。彼はすでにその話を持ち出しただろうか、それとも最後の最後に切り出すのだろうか。友人の状況を思うと、彼自身も胸がドキドキしたが、コーリーのゆっくりと回る頭の動きを思い出すと、少し落ち着いた。きっとコーリーなら、ちゃんとやってくれるだろう。しかし突然、コーリーが別の道で彼女を家に送ってしまい、自分を出し抜いたのではないかという考えが頭をよぎった。リナハンは通りを見渡したが、二人の姿はなかった。それでも、外科医学院の時計を見たのは確かに30分前のはずだった。コーリーはそんなことをする奴だろうか? リナハンは最後のタバコに火をつけ、焦りながら煙を吸った。目を凝らし、広場の向こうの角に停まる路面電車を見つめた。二人はやはり別の道を通ったのだろうか。彼のタバコの紙が破れ、彼はそれを道路に放り投げ、悪態をついた。

突然、二人がこちらに向かってくるのを見つけた。リナハンは喜びで胸が高鳴り、街灯に隠れながら、二人の歩き方から結果を読み取ろうとした。彼らは急ぎ足で歩いていて、女は短い早足で、コーリーは長い歩幅で並んでいた。二人は話をしているようには見えなかった。

結果がわかると、胸に鋭い痛みが走った。コーリーが失敗したのは明らかだった。もうダメだな、そう感じた。

彼らはバゴット・ストリートを曲がり、リナハンもすぐに反対側の歩道から後を追った。二人が立ち止まると、リナハンも足を止めた。二人は少し話してから、女性が家の階段を降りていった。コーリーは、前の階段から少し離れた歩道の端に立って待っていた。

数分が経過した。やがて玄関のドアがゆっくりと、そして慎重に開いた。女性が前の階段を駆け降り、咳をした。コーリーは彼女の方に向かって歩き出し、彼の大きな体が彼女の姿を一瞬隠した。すると、彼女は再び姿を現し、急いで階段を駆け上がり、ドアが閉まった。コーリーはスティーブンズ・グリーンの方に向かって速足で歩き出した。

リナハンも同じ方向に急いで向かった。軽い雨がぽつぽつと降り始めた。彼はこれを警告と感じ、女性が入っていった家の方を振り返り、誰にも見られていないことを確認すると、急いで道を横切った。焦りと走ったせいで息が上がってしまい、彼は声をかけた。

「おい、コーリー!」

コーリーは誰が呼んだのか確認するために振り返ったが、そのまま歩き続けた。リナハンは追いかけながら、片手で肩にかけたレインコートを整えた。

「おい、コーリー!」再び声をかけた。

リナハンはようやく友人に追いつき、彼の顔を鋭く見つめたが、何も読み取れなかった。

「で?」とリナハンが聞いた。「うまくいったのか?」

二人はエリープレイスの角に差しかかっていたが、コーリーはまだ何も答えず、そのまま左に曲がり、脇道へと進んだ。彼の表情は冷静そのものだった。リナハンは息を切らしながら、友人に食らいついていった。イライラが募り、声に焦りが混ざった。

「教えてくれよ!」と彼は言った。「成功したのか?」

コーリーは最初の街灯の下で立ち止まり、険しい顔で前を見つめた。すると、彼はゆっくりと厳かに手を差し出し、笑みを浮かべながら、その手を弟子のように見つめるリナハンに向けてゆっくりと開いた。その手のひらには、小さな金貨が輝いていた。

(終わり)


『ダブリン市民』

目次

  1. 姉妹 (The Sisters): https://note.com/sorenama/n/nbd5eaf26557b

  2. 出会い (An Encounter): https://note.com/sorenama/n/nb5c00d143945

  3. アラビー (Araby): https://note.com/sorenama/n/n25fdac53bb65

  4. イーヴリン (Eveline): https://note.com/sorenama/n/n3c796a070ef7

  5. レースのあとで (After the Race): https://note.com/sorenama/n/n1ae20a9180c8

  6. 二人の伊達男 (Two Gallants): https://note.com/sorenama/n/n39125a640c32

  7. 下宿屋 (The Boarding House)

  8. 小さな雲 (A Little Cloud)

  9. 対応 (Counterparts)

  10. 土くれ (Clay)

  11. 痛ましい事故 (A Painful Case)

  12. 委員会室の蔦の日 (Ivy Day in the Committee Room)

  13. 母親 (A Mother)

  14. 恩寵 (Grace)

  15. 死者たち (The Dead)

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