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身体意識とセンスの話

パイロットって仕事は、普段着は伸び切って穴の空いたTシャツの40〜50歳のおっさんが、制服を着た途端に時速200キロメートル以上の乗り物を日常的に操作するっていう、ちょっと考えるとかなり異質な職業だ。

さらに言うと、飛行機は動きが三次元なので、速度と高度という二つの変数を同時にコントロールしなければならないところが、操縦の難しいところであり、面白いところでもある。

泊まりの仕事でキャプテンと飯に行ったりすると「この人があの着陸をねぇ」と思うようなみてくれの服装をしてくる人もたまにいるけど。

今日はおっさんが能力者になる話です。興味ありませんか。

ロッククライミングとサンプリングレート

趣味でロッククライミングを初めて、技が上達することに対して飛行機にも通じるものがあると考えた。

石を離したら落下する恐怖とセットになっているクライミングでは、石をつかむ腕、特に前腕にあらわれる張りが尋常ではないレベルになる。筋トレでは味わえないレベルだ。本能的にリミッターを外すのかもしれない。下に降りて腕を脱力しようとしても、脱力できない。風船のように膨らんだままだ。

前腕の張りが尋常じゃない。

自分の重心位置を繊細にコントロールできるようになると、その分手足が楽になって、腕をパンパンにせずとも登れる壁が増える。キーワードは「繊細に」で、つまり今まで10cm単位でコントロールしていた自分の重心を、1cm単位で動かせるようになったら、はるかに小さな力で上に登っていることができるようになったわけだ。そして、自分の重心位置がどこにあるのかを、動きの中でどれだけ「連続的に」感じ続けられるか。これを「サンプリングレート」と表現した。

高度判定は100回やれ!

飛行機の訓練、例えばサーキットトレーニングで、どうしてもプロファイルが合わせられない、という学生がいたとする。

そういうとき「ベースレグで滑走路を見ながら降りていくときに、今までベースの入り口、真ん中、出口の3つくらいでやってた高さの判定を、少なくとも100回くらいのペースでやってみて。」って言えばいい。

本当に100回やれ、と言っているわけではなくて、上手くなるために必要な情報フィードバックのループのペースの基準が、どれくらい細かいのかを、学生の想像力の外から持ってくるってこと。

身体の動かし方が大雑把な人は、サンプリングレートが低いので、アウトプットもカクカクになってしまう。それでも、繊細な人の身体意識を適切に言語化して伝えることができれば、大雑把な人でもその人なりに最大のサンプリングレートを目指すことになるから、確実に技量は改善する。上手くなる。

自分の身体の動かし方にそもそも敏感な人は、これが言われなくてもできるし、分解能をどんどん細かくしてごく小さな変化にも気がつけるようになるので、上達も早い。センスがある人ってわけだ。

誰だって、センスがないよりはある人になりたいと思うでしょう。それが、身体意識の話に繋がってくる。

身体意識とは

他の人がどうかは知らないけれど、安定した着陸や操縦をするにあたって、パイロット個人の身体意識の醸成はかなり大事なんじゃないかと思っている。

例えば、操縦席に座るときも、骨盤を立てて坐骨で座り、背中のアーチをしっかり作って頭を安定させたり、ラダーを踏むときに足首ではなく、股関節を意識したり。

下腹を張る、なんてものあったね。

自分の身体に、重力がどう作用しているのかを起点にして、乗り物の動きを細かく制御する。そのために、体のどこに力というか意識が通るのか、真ん中なのか、外側なのか。親指なのか、小指なのか。

もちろん、そんなことを意識せずとも合格点が出せるように。飛行機はできている。なんと言っても、民生の工業製品なのだから。普通の人が普通に練習すればある程度のパフォーマンスが出せるようになっている。フライバイワイヤなんてのはその典型だろう。

しかし、フライバイワイヤにはフライバイワイヤの、「うまさ」ってのがあるのも事実で、細かい身体意識を持っているパイロットと、そうでないパイロットが同じフライバイワイヤ機を操縦したところで、上達の速さや飛行の質には差が出てくる(とおもう)。

パイロットは、武術家やアスリートにしか求められないような身体意識なるものを、上手くなるために応用することができる、数少ない仕事でもある。普段、でろでろTシャツを着ているあのキャプテンも、もしかしたらその身体意識は達人の域に達しているのかもしれない。

なんつって。

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