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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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#物語

うつしおみ 第36話 落下の呪縛

夏の朝、薄日差す雲間から、 光の筋のような雨が絶え間なく降っている。 天に向かった魂たちが水滴となって世界に戻され、 また時の旅をはじめるのだ。 その魂たちは明らかに何かを知らなかったため、 天の扉を潜ることはできなかった。 遠い空を見上げてため息をつき、 いつかその扉を超えていく日に思いを馳せる。 世界の呪縛を解き放てれば、 まだ見ぬ漆黒の天に住まうことができる。 その呪縛を解く方法をこの旅で見つけ、 こうして落下する循環を終わらせるのだ。 魂たちは旅した世界の

うつしおみ 第35話 忘却の翼

世界は今日も夜が明けるが、 魂はいまだに何をすればいいか分からない。 朝の清々しい空気を大きく吸うが、 どこに行けばいいか分からない。 太陽は天空を目指すというのに、 自分がどこにいるのかも分からない。 鳥たちは森の中で楽しげにさえずるが、 いったい何を話せばいいのか分からない。 ここで生きていることは知っているが、 他に確かなことなど何もないのだ。 ここから消えてしまえばいいのかと思うが、 消えることは許されていない。 思い出したように胸の奥にある痛みを感じて、

うつしおみ 第34話 世界の夜明け

魂たちは乾いた砂に埋もれたこの世界を、 美しい楽園に変えようとする。 そうして世界を変えれば、 暖かい自分の居場所で安らげると思うのだ。 それは苦い失敗を重ねながら、 太陽が何度も空を巡るよう続けられる。 だが、そんな魂たちの試みをよそに、 世界は確実に何処かへと向かっている。 目的地は地平線の向こうに隠れて見えないが、 世界には分かっている。 疲れた魂たちの恨み節が空に響くが、 それでもこの砂漠での旅は終わらない。 世界は痩せて傷ついた魂たちに、 あの真実の夜明

うつしおみ 第33話 魂の願い

世界は青白く痩せた魂に何でも願いを叶えようと、 優しい言葉で手を差し伸べる。 魂は救済だと思ってその手を握るが、 冷たく乾いた木の感触に疑いを持つ。 だが、他に頼るべきものもなく、 そこで日に焼けた本のような匂いに包まれるのだ。 すでに古い友たちはこの世界を去り、 自分だけが茫漠たる大地にひとり取り残されている。 自分の願いとは何かを思い出そうとするが、 世界が与える仕事で手一杯になっている。 世界は素知らぬ振りで魂を忙殺させ、 大切なことを考える時を与えようとしな

うつしおみ 第32話 太陽の詩

太陽がいつ生まれたのか知らないが、 空を見上げたときに、それはあった。 その光は大地を遍く照らし、 厚い雲に覆われていても、その向こうで輝いている。 人の目が向いていないときでも、 その存在を忘れていたとしても、それはある。 いつも空にいて休むことも眠ることもなく、 それでいて何かを要求することもない。 その光に何かの意図や計画があるわけでもなく、 善悪や感情すらもない。 誰かが太陽を神と呼んで崇めたが、 太陽が私は神だと言ったわけではない。 暗闇を切り裂く光は力

うつしおみ 第31話 冬を歩む

凍てつく冬の日は、 風に晒された身体が透明な塊になろうとする。 わずかに舞う雪に気づいて空を見上げ、 灰色のぼやけた雲に目を凝らす。 吐き出す白い息は強く生きていこうと誘うが、 実のところ、魂は歩くことさえ精一杯だ。 世界はいつも魂を痛めつけようとし、 ときには陽だまりのように優しく抱きしめもする。 気まぐれな世界のご機嫌を取ることに疲れ、 祈りの言葉も枯木にまとう霜と固まる。 何もかもが凍りついて動かなくなれば、 湿った憂いが心を蝕むこともなくなるのか。 そこで

うつしおみ 第30話 陽炎の日々

どれだけ目をそらしていても、 真実が魂のそばから離れることはない。 魂は見たいものを見るのだが、 それは夏の日の陽炎のように揺らめいている。 たとえそれが陽炎であっても、 魂にとっては乾いた心を潤す甘美な水なのだ。 誰もがそれを手にして祝杯をあげるが、 現実は砕けた砂が手からこぼれ落ちていくだけ。 魂が世界で手に入れられるものなどなく、 ただその流転を必死に泳いでいるだけなのだ。 それでも飽きずに手を伸ばし続けるのは、 そうしないと自分を失う気がするから。 そんな

うつしおみ 第29話 無明と灯火

光と闇が渦巻く世界で、 魂はどこに行けばいいか分からずにいる。 魂たちはそれぞれ闇雲に歩くため、 幾度もぶつかり合い、朦朧としている。 誰ひとりとして確かなことを知らず、 その苛立ちと悲しみに力が奪われる。 見渡せば茫漠とした世界の中で、 一体、何を知ればいいというのだろうか。 夜明けの一瞬の輝きに歓びもするが、 それさえ夜には闇へと吸い込まれてしまう。 世界に魂の救済がないならば、 世界が魂に救済を求めているのか。 そんな救済など、手のひらさえ見えない闇夜の森で

うつしおみ 第28話 流転の果てに

流転する世界の苦い痛みに耐えかねた魂は、 深い森の静寂へと救いを求める。 蒼空は灼熱の世界を眺めているだけで、 手を伸ばしても見知らぬ振りをするだけ。 闇夜に消えてしまえば楽にはなれるが、 それでもあの道は残されている。 世界は我が魂を虚空より引き戻し、 険しい岩山の風雪に晒して絶望に落とすだろう。 魂はその世界で虚ろにさまよい、 凍りついた涙が何の役にも立たないと知るのだ。 世界は魂に何かを伝えようとするが、 甲高い雑音混じりの小声が風に掻き消されるだけ。 蒼空

うつしおみ 第27話 森の静寂

森の奥深く、魂はそこで立ち止まって、 自分が生きているのを感じてみた。 新緑の森では風が花の香を運び、 楽しげな鳥たちの鳴き声が響いている。 それらは夢のように過ぎ去っていくのだが、 魂が生きていることは明らかな現実なのだ。 その証となる心臓の鼓動が、 そこに在る圧倒的な静寂の中に飲み込まれていく。 ふと見上げれば、 木立の向こうに青空が見え、雲がゆっくりと流れていた。 魂はあの空に消えてしまいたいと願うが、 この大地が足をつかんで離さない。 自分のあまりにも小さ

うつしおみ 第26話 魂の輝き

世界の境界をさまよう魂は、 その身体に美しい宝石を散りばめている。 壮麗な見た目ではあるのだが、 それが重い枷となり境界を超えられないでいる。 魂はその重さに耐えながら、 あえぐような足取りで虹色の境界を歩く。 そこで宝石はひとつまたひとつと剥がれて世界に還り、 気づけば暗闇で身ひとつになっている。 それに怯えた魂は、慌てて世界から宝石を拾い集めるが、 それもまた涙のように流れて消える。 魂はその境界で無防備にも裸にされ、 そこで真実に耐えうるかが試されている。

うつしおみ 第25話 古の記憶

悠久の時を擁する空の漆黒に、 小さな魂たちは儚げに瞬く。 その魂たちは、流れる夜空の下で、 果てしない銀河を旅する夢を見ている。 だが、夜明けの空が白く染まれば、 そんな夢は色あせた記憶の幻になるのだ。 夢の中では我が存在に触れることができず、 魂は幾度となく空の漆黒に落ちて消える。 小さな魂など、誕生した瞬間に、 はかなくも消滅する運命を抱えているのだ。 そこに誕生しても何が出来るわけでもなく、 その身体が砂と砕けて夜空に散るのを待つだけ。 それでも、その小さき

うつしおみ 第24話 真実の光

明日、光にあふれる空が隠され、 深い雲の中に迷い込んで、途方に暮れるだろう。 目の前には冷たい風が吹き荒れ、 道は深い雪に埋もれて、ここがどこだか分からない。 誰かが明日はいい天気だと言ったが、 実際に世界がそうなるとは限らないのだ。 じっと待っていれば雲は晴れるかもしれないが、 すでに身体は半分も雪に埋もれている。 そのまま目を閉じて夢の世界に落ちるのか、 それとも暗い森へと逃げて寒さに震えるか。 その選択に正しいも間違いもなく、 ただ、そこから運命が紡ぎ出されて

うつしおみ 第23話 想いの場所

世界では何事も思い通りにならず、 いたずらに蒼き時だけが悠々と過ぎ去っていく。 あるとき、空から降る光のように想いがひらめいて、 魂は思わずそれを捕まえようと手を伸ばす。 想いはすぐに世界の影に滑り込んで見えなくなったが、 魂はその場所を見つけて、必死にそれを探し始める。 世界には色とりどりの落ち葉が厚く積もっていて、 なかなかその想いを見つけることができない。 時の木は魂の目を美しい落ち葉でさえぎり、 何も見つけられないようにそれを巧妙に隠している。 魂は何かが与