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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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#詩

うつしおみ 第52話 魂の原罪

真実を知らないということが罪であるなら、 すべての魂は罪を背負っている。 罪を背負っているということすら自覚が薄く、 この理不尽な世界を嘆いている。 いまだ真実を知らないが、 それを見つける努力はしていると魂たちは声を上げる。 だが、魂たちは何が真実かを知らず、 ただ手当たり次第に世界を掘り返しているのだ。 そこで美しい鉱石や金塊を見つけると、 それを密かに懐に忍ばせ心躍らせる。 宝物で重くなった魂たちは、 それでもまだ満足せずに、穴だらけの世界を彷徨う。 魂はそ

うつしおみ 第49話 空の祈り

魂は澄み切った青空を眺めながら、 いつかあの高みを飛んでみたいと思った。 ただ、魂には飛ぶための翼もなく、 小さな足で小さく飛び跳ねるのが精一杯だ。 翼をつくってみたが、 地上を転げ回るだけで、魂を空へと運ぶことはなかった。 空に近づこうと高い山へと登ってもみたが、 空はその頂きの遥か頭上にあった。 魂はそこに手の届かないもどかしさに、 目を閉じて空に向けて祈りを込めた。 だが、その祈りとは裏腹に空と離れるよう、 暗闇に染まる心の底へと落ちていった。 ついに魂は深

うつしおみ 第48話 世界の願望

魂は白く煙る霧の中を歩きながら、 この先に起こることに思いを馳せる。 自分にとってより善い出来事を夢想し、 その願望を不確かな未来に届くよう念じる。 その願望を叶えるために、 魂は神々に祈りを捧げ、善行を積み、愛を育む。 その結果、世界が願望を叶えることもあれば、 期待外れになることもある。 世界はそんな魂の願望を知っているが、 魂は世界のその願望を知らないでいる。 だが、魂は世界であり、 つまり魂の願望は世界から事前に与えられているのだ。 その願望が美しく花開く

うつしおみ 第39話 循環の停止

柔らかい太陽の日差しと湿った土の匂いの風が、 魂に何かを思い出させる。 この世界に生まれたときには名前すらなく、 存在する何の価値もなかった。 魂は自分が何者かを知るために名前を受け、 世界から何かを手に入れようとした。 そうして何者かになれば、世界での価値が高まり、 一時の安心を得ることができた。 だが、そうして生きてもいつか死が訪れ、 得たものすべては世界に還される。 魂は名前を失い、純粋な自我という魂に戻り、 ただ闇雲に霧の夜をさまよう。 そんなときは光さえ

うつしおみ 第38話 痛みの薬

擦りむけて血を滲ませる指先の痛みが、 世界は現実であると言っている。 すべては幻で何も起こっていないのだと、 語る預言者さえその痛みに堪えている。 この世界の痛みという現実が甘い夢を砕き、 魂は生きる辛さに染まっていく。 その辛さが癒えるまでの長い時間は幻などではなく、 決して逃れられない魂の呪縛なのだ。 痛みから自らを守ろうと様々な策を用いるが、 その呪縛は魂である限り解かれることはない。 その痛みは自分が魂でないことを 知らしめるための薬として世界にもたらされて

うつしおみ 第37話 目覚めの扉

その夢は虹色が混ざりあって蠢き、 何かの形をつくろうとしている。 手を添えて望む形をつくるが、 その端から砂城のように崩れていく。 世界は雲のように形を変え続け、 その流れを止めることはない。 そこで形にこだわる人々は裏切られ、 世界に存在する意味を失う。 だが、夢の本質は完全に静止していて、 そこに形というものがない。 その本質に触れて同化すれば、 夢の中で夢から覚めることができる。 形がないため裏切られることもなく、 そこに存在する意味をも取り戻す。 本質は

うつしおみ 第36話 落下の呪縛

夏の朝、薄日差す雲間から、 光の筋のような雨が絶え間なく降っている。 天に向かった魂たちが水滴となって世界に戻され、 また時の旅をはじめるのだ。 その魂たちは明らかに何かを知らなかったため、 天の扉を潜ることはできなかった。 遠い空を見上げてため息をつき、 いつかその扉を超えていく日に思いを馳せる。 世界の呪縛を解き放てれば、 まだ見ぬ漆黒の天に住まうことができる。 その呪縛を解く方法をこの旅で見つけ、 こうして落下する循環を終わらせるのだ。 魂たちは旅した世界の

うつしおみ 第35話 忘却の翼

世界は今日も夜が明けるが、 魂はいまだに何をすればいいか分からない。 朝の清々しい空気を大きく吸うが、 どこに行けばいいか分からない。 太陽は天空を目指すというのに、 自分がどこにいるのかも分からない。 鳥たちは森の中で楽しげにさえずるが、 いったい何を話せばいいのか分からない。 ここで生きていることは知っているが、 他に確かなことなど何もないのだ。 ここから消えてしまえばいいのかと思うが、 消えることは許されていない。 思い出したように胸の奥にある痛みを感じて、

うつしおみ 第34話 世界の夜明け

魂たちは乾いた砂に埋もれたこの世界を、 美しい楽園に変えようとする。 そうして世界を変えれば、 暖かい自分の居場所で安らげると思うのだ。 それは苦い失敗を重ねながら、 太陽が何度も空を巡るよう続けられる。 だが、そんな魂たちの試みをよそに、 世界は確実に何処かへと向かっている。 目的地は地平線の向こうに隠れて見えないが、 世界には分かっている。 疲れた魂たちの恨み節が空に響くが、 それでもこの砂漠での旅は終わらない。 世界は痩せて傷ついた魂たちに、 あの真実の夜明

うつしおみ 第33話 魂の願い

世界は青白く痩せた魂に何でも願いを叶えようと、 優しい言葉で手を差し伸べる。 魂は救済だと思ってその手を握るが、 冷たく乾いた木の感触に疑いを持つ。 だが、他に頼るべきものもなく、 そこで日に焼けた本のような匂いに包まれるのだ。 すでに古い友たちはこの世界を去り、 自分だけが茫漠たる大地にひとり取り残されている。 自分の願いとは何かを思い出そうとするが、 世界が与える仕事で手一杯になっている。 世界は素知らぬ振りで魂を忙殺させ、 大切なことを考える時を与えようとしな

うつしおみ 第32話 太陽の詩

太陽がいつ生まれたのか知らないが、 空を見上げたときに、それはあった。 その光は大地を遍く照らし、 厚い雲に覆われていても、その向こうで輝いている。 人の目が向いていないときでも、 その存在を忘れていたとしても、それはある。 いつも空にいて休むことも眠ることもなく、 それでいて何かを要求することもない。 その光に何かの意図や計画があるわけでもなく、 善悪や感情すらもない。 誰かが太陽を神と呼んで崇めたが、 太陽が私は神だと言ったわけではない。 暗闇を切り裂く光は力

うつしおみ 第31話 冬を歩む

凍てつく冬の日は、 風に晒された身体が透明な塊になろうとする。 わずかに舞う雪に気づいて空を見上げ、 灰色のぼやけた雲に目を凝らす。 吐き出す白い息は強く生きていこうと誘うが、 実のところ、魂は歩くことさえ精一杯だ。 世界はいつも魂を痛めつけようとし、 ときには陽だまりのように優しく抱きしめもする。 気まぐれな世界のご機嫌を取ることに疲れ、 祈りの言葉も枯木にまとう霜と固まる。 何もかもが凍りついて動かなくなれば、 湿った憂いが心を蝕むこともなくなるのか。 そこで

うつしおみ 第30話 陽炎の日々

どれだけ目をそらしていても、 真実が魂のそばから離れることはない。 魂は見たいものを見るのだが、 それは夏の日の陽炎のように揺らめいている。 たとえそれが陽炎であっても、 魂にとっては乾いた心を潤す甘美な水なのだ。 誰もがそれを手にして祝杯をあげるが、 現実は砕けた砂が手からこぼれ落ちていくだけ。 魂が世界で手に入れられるものなどなく、 ただその流転を必死に泳いでいるだけなのだ。 それでも飽きずに手を伸ばし続けるのは、 そうしないと自分を失う気がするから。 そんな

うつしおみ 第29話 無明と灯火

光と闇が渦巻く世界で、 魂はどこに行けばいいか分からずにいる。 魂たちはそれぞれ闇雲に歩くため、 幾度もぶつかり合い、朦朧としている。 誰ひとりとして確かなことを知らず、 その苛立ちと悲しみに力が奪われる。 見渡せば茫漠とした世界の中で、 一体、何を知ればいいというのだろうか。 夜明けの一瞬の輝きに歓びもするが、 それさえ夜には闇へと吸い込まれてしまう。 世界に魂の救済がないならば、 世界が魂に救済を求めているのか。 そんな救済など、手のひらさえ見えない闇夜の森で