小説「煙」
中村さんは、僕が、最初に働き始めた会社を辞めて、二つ目に入った園芸会社にいた人である。
その会社は、社員数が7.8人の小さな会社であった。
社名は園芸会社となっていたが、花卉の生産などはしていなかった。
その会社の主な仕事は、造園や、観葉植物のレンタルに、葬祭関連の飾りつけなどであった。
会社の社長と、中村さんは、造園部を担当していた。
造園部は、社長と中村さんが専属として属しており、他には手伝いのアルバイト君などもいたのだった。
他の社員は、それ以外の仕事をそれぞれ担当していたが。
造園の仕事で人手がいるときなどは、その都度、他部署の手の空いている者が造園部を手伝うということになっていた。
他部署の者も、一通りはどの部の仕事も体験して、最終的にはすべての部の仕事が出来るようになる仕組みになっていた。
造園部の仕事は、一般家庭の庭造りや植木の手入れなどであったが。
その他にも、企業やホテルや結婚式場などの庭園管理や、ホテルのホールなどに植物を使用して装飾をする仕事などもあった。
中村さんは、その会社で社長に次ぐ専務的な立場の人であった。
中村さんは、山奥の小さな村の出身だった。
中村さんが、その村からどのようにしてこの会社に勤め始めたのか、私は知らなかったが。
若いころから、この会社一筋でやってきた事は、他の同僚から聞いて知っていたのだった。
自分も含めて、中村さん以外の社員は、みなどこか別の会社を様々な理由で辞めた後にやってきた者たちであった・・・。
ある時、私は、中村さんと二人で現場へ出たことがあった・・・。
造園の仕事は、基本的に10時と3時に30分ずつと、昼休みが一時間ある。
季節は、初夏のころだっただろうか。
午前中の仕事を終えて昼休みになると。
私と中村さんは、日陰に腰をおろすと昼飯を食べはじめた。
飯を食べ終わると中村さんは、タバコを取り出し美味しそうに吸うと煙を吐き出した。
その日は、少し蒸し暑い日で、気の早い蚊が、そろそろ出始めるかもしれないと思えるような陽気であった。
中村さんは、木漏れ日の中に漂うタバコの煙を見つめると。
ゆっくりと静かな口調で話しはじめた・・・。
「俺が、子供のころはな。
親父は、俺が蚊に食われないようにと。
タバコの煙で、蚊を追い払ってくれたことがあったっな・・・」
と中村さんは、遠いところを見つめるような、懐かしいような目をして話してくれたのだった。
その話を聞いて、私は。
山深い山村で暮らす、父が、子を思う、優しい気持ちに思いをはせたのだった・・・。
世間の人間は、造園業者と言うと、なんだ植木屋かと思い。
くわえタバコで仕事をして、酒の好きな少し気の荒い者がやる仕事だろうと思っているかも知れないが。
しかし、私の出会った造園業者たちは、概して常識人であり紳士的な者が多かったのである。
私は、今でも蚊の出る季節になると。
この時の、中村さんの話を思い出すのである・・・。
使用画像 写真ACより タイトル画 Canva
この記事が参加している募集
ご無理のない範囲で投げ銭や記事のご購入やサポートでの応援を頂けましたなら幸いです。高齢の猫(定期的な抗生物質注射が必要な為)の治療費に使用したいと思っております。投げ銭や記事のご購入やサポート頂けた方には、X(ツイッターフォロワー合計7万)で記事を共有(リポスト)させて頂きます。