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【寄稿】『風景によせて』によせて/文:髙室幸子さん(『風景によせて2024 -かざまち-』作品評)

『風景によせて2024』の創作にあたり、現地コーディネートをしてくださった髙室幸子さん(一般社団法人パースペクティブ  代表理事)から、『風景によせて2024 -かざまち-』の作品評を寄稿いただきました。

下記、寄稿文です。


『風景によせて』によせて

令和6年3月から約8ヶ月、計8回/35日間に渡り京北に滞在してリサーチを重ねたソノノチの滞在制作において、レジデンスを提供したり、地元の人びとを繋いだり、遠征地で活動する彼らの調達関係をお手伝いするなど、可能な限りの方法で伴走させていただきました。

地元の方々が語る土地のストーリーに一緒に耳を傾け、その土地に眠っている大切な意味について考える時間は、京北という地域とおそらく一生付き合っていくであろう私にとって、「私にとっての京北」を発見していく上でも大切なプロセスとなったように思います。

公演に先立つアーティストトークのなかで、ソノノチの滞在中に「風景」という言葉についてディスカッションしたことを振り返って語っています。「風景演劇」を銘打ったパフォーマンスのコンセプトをきっかけに、「景観」と「風景」、よく似た二つの言葉について疑問に思った私。その疑問をソノノチの皆さんにぶつけ、自分でも調べたりしながら、この言葉について深く考える機会を得ました。

「景観」も「風景」も、自然物だけではなく、人のいとなみが含まれる言葉ではありますが、「景観」はより客観的な事象を扱う言葉で、故に学問で扱われることが多い一方、「風景」は主観を扱う言葉で、故に芸術で扱われることの多い言葉だということを教えてもらいました。

「風景」という言葉が冠している「風」という字に想いを馳せてみると、この言葉の本質が見える気がします。「風」というのは、気象学上の風(Wind)を指すだけではなく、古代の人は、もっと広く「目に見えないもの」「ロジカルに整理できない主観的なもの」を「風」という字で表していたようです。「風土」「風習」「風致」など、確かにWindでは説明できない言葉がたくさんあります。また中国で「風」は、六義(詩の六種類)の一つ、民間で謡われた詩のことで、諸国への想いをうたったものなのだそうです。

古代の人が「風」という文字に込めた世界観と、彼らの感性のヒダのきめ細やかさに改めて感服しながらソノノチの京北での滞在制作を振り返ると、「風景によせて」と題された彼らのパフォーマンス・シリーズの奥深さとその活動の意義について、より深いレベルで納得することができるのです。

移住者である私は、京北というこの地域に住み、この地の田んぼを耕したり、森で遊んだりしています。地域のお祭り行事に参加させてもらったり、大変だなぁと思いながらも草刈りや掃除に駆り出されたりして、人々の人間ドラマに面倒臭さも温かさも感じながら暮らしています。6月にホタル飛びかう河原までの道を歩くと、近所の人が毎日朝早くから草刈りしてくれていた田んぼの畦道や、町内の共同作業で私も汗流してみんなと掃除した水路や草刈りした土手が、暗闇を歩く私に、理屈では説明できない安心感を与えてくれることを知っています。

しかし昨年8月に、我が家から数キロ離れたところで山を貫き、谷を越えて、北陸新幹線が地上に出てくることが報道発表され、ひどく打ちひしがれたような、怒りや焦燥感すら感じ、その気持ちが、この土地を観る眼にまた色を差し込んでくるのです。

それが私のこの土地への感情であり、感情であるがゆえに私の身体と直接的につながっています。そしてそんな土地にまつわる感情などというものは、人びとと土地との関係性にまつわる個人的なストーリーであり、いたって主観的であるがゆえに、「風」のように掴みきれない抽象性のみでしか他者と共有することなどできないのでしょう。

地域住民との田んぼの草取りを通して、町内の共同作業の草刈りを通して、お祭りのお接待役を通して、8か月をかけてソノノチの皆さんと共有したのは、身体的な方法によってのみでしか共有されうることのない、この土地の人びとが持っている個人的で主観的なストーリーであったように思います。そのように共有された具体的な経験が、あの抽象的なパフォーマンスのなかでは「風」として漂っていました。

一方、公演鑑賞のためにこの土地に初めてきてくれた人も、空に対して、田園に対して、沈んでいく夕陽に対して、冷たい雨に対して、それぞれに呼び起こされる何らかの感情を持っているはずで、それもまた「風」となってあの場に漂い、パフォーマンスによって呼び起こされ、響きあうことを待っていたのだと私は思っています。

あの田園風景で、赤い精霊たちが白い帆で捉えて私たちに見せてくれていたのは、古今さまざまな人々の想いをのせた「風」であり、私たち各々がもっている、個人的で集合的な「風」でした。私たちが自分の身体に立ち戻ることができるよう、忙しく思考を巡らす意味などわからぬほどゆっくりとした動きで時間をかけて炙り出された「風」は、各々の故郷に置き去りにされたまま、忙しい社会の中で忘れられつつある大切な時間を、懐かしく思うときのような温かい心のざらつきを置き土産として、私たちに残してくれたように思います。


髙室幸子さん

工藝文化コーディネーター/一般社団法人パースペクティブ
平安京創設のための木材供給を担った山郷・京北を活動拠点とする。2019 年より一般社団法人パースペクティブ。森とモノづくりの生態系が絡み合う世界を探索中。次の時代もモノと関わり続ける人々とともに、「つくる」歓びと可能性と責任とを共有する、教育プログラムや滞在型のリサーチ&制作プロジェクトを企画。工藝が自然を起点として循環していることを提唱する『工藝の森』、森とつながるシェア工房『ファブビレッジ京北』をディレクションする。


演目:『風景によせて2024 -かざまち-』
日程:2024年11月23日(土)- 24日(日)
場所:MushRoom Cafe から見る、京北・山国地域の風景


本作品の上演に関するレポートをweb上で公開しています

作品の創作過程をたどる読み物として、上演までのプロセスや、パフォーマーの言葉やクリエイションメンバーによるコラム、寄稿を掲載しています。こちらもあわせてご覧ください。

髙室幸子さんとのアーティストインレジデンストーク

髙室幸子さんとソノノチの中谷和代が、レジデンス施設でトークを行いました。今回の作品のこと、髙室さんとソノノチの歩み、今回のタイトルに込めた想い、京北地域でアーティストインレジデンスについてのことを話しています。


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