ありたい自分とみられたい自分
ファッションスタイリングのモニターを受けまして、
そこで「どんなふうに見られたいですか?」という質問を受けました。
今まであり方が大事って思っていたので、
「どう見られたいか?」っていう質問は逆戻りするような質問だったんですね。
だって、お母さんとして、どうやって見られてるかって、非常に気になりませんか?
子どもが泣いてたら、周りに迷惑をかけていないかとか、子供を泣かせている自分は、どんなできないおかあさんに見られているんだろうとか。
周りに目ばかり気にしていたからこそ、周りじゃなく、自分の中にあることを大事にしようよ、ということを伝えたいと思っているところに、
「外からの目を意識しよう!」
というのは、結構びっくりなワードだったわけです。
例えば、”素敵なおかあさん”(何をもって素敵かというと難しいですが・・・)になりたいとして、
・素敵なお母さんで”ありたい”
・素敵なおかあさんと”みられたい”
この二つは、なんとなく似ているけど、全然違う気がしているのですが、みなさんどうですか?
・料理が上手なおかあさんで”ありたい”
・料理が上手なおかあさんと”みられたい”
では、やっぱり違う気がする。
じゃあ、どうして私はファッションスタイリングのモニターなんて受けたんだろう。
・・・もしかしたら、おしゃれなおかあさんに”みられたい”っていう気持ちがあったのだろうか。
はたまた、おしゃれなおかあさんで”ありたい”と思ったからなのか。。。
・・・・。
やっぱり、”ありたい”という思いからの選択だったんじゃないかな。
ただ、そこにあっても、見られるような見せ方をしてなかったら、見られないのも事実。
どんなに素敵な商品でも、わかりやすく陳列されてなかったら売れないだろうし、
どんなにいい記事書いていても、改行もなく、読まれることを意識せずに書かれたブログはやっぱり読まれない。
なので。
あり方も大事だけど、外から視点も大事だな、と感じた出来事でした。