ショーン・タン『内なる町から来た話』
ショーン・タンはオーストラリア在住の絵本作家、とひとまず説明することはできますが、彼の作品に接したことのある人ならば、子どもたちはもちろん、大人の読者も唸らせる作家であることに同意していただけるでしょう。
実際、規模の大きい書店では彼の作品はエドワード・ゴーリーやトーベン・クールマン等と並んで「大人の絵本」コーナーに置かれていることが多いのです。
彼の代表作としてあげられるのは、なんといっても『アライバル』。120頁以上にわたって、文字は一切なく、細密な鉛筆画だけで、激動する世界と新天地を求めて生きていく人々を描き切ったこの作品は読後、映画の大作を見たかのような圧倒的な感銘をもたらす作品で、絵本ではなく、〈グラフィック・ノヴェル〉と評されることも多い傑作です。
このように言葉に頼らずとも力強い説得力を持つ物語を紡ぎ出すことのできるショーン・タンですが、天は二物を与えたのか、言葉を使っても魅力的な作品を創り出しています。今回取り上げた『内なる町から来た話』は、もちろん彼自身による充実した絵も織り込まれていますが、テキストの量の方が遥かに多く、絵本というより短編集と読んだ方がふさわしい一冊なのです。
本作には実に25篇の短篇が収録されているのですが、全て動物を題材にしているのが特徴です。大半は実在する動物ですが、中には架空の生き物も登場します。その描かれ方は実に多彩で、例えば本書から「シングル・カット」され出版された「いぬ」は、人間と犬のパートナーとしての絆をテーマにした心温まる話ですが、都市の隠れた秘密として存在する、高層ビルの87階に住んでいるワニや、「ウルトラQ」を彷彿とされる巨大なカタツムリ、弁護士をつけてホモ・サピエンスを訴えたクマなど、ここに出てくる動物たちは、時にリアル、時にはメタフォリカル、また時には理解不能な「他者」として立ち現れたり、美しいファンタジー空間を現前させる存在として登場したりするのです。
動物と人間の関わりを通して、世界の多様さを描いた充実した一冊。翻訳した岸本佐知子さんは後書きで『彼ら物言わぬ動物たちは、まさに人間の姿を映す鏡なのだ」と述べていますが、その鏡は平面だけではなく、凹面鏡や凸面鏡でもあり、人間の美しさも歪みも等しく映し出しているのです。