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瀬川昌久『ジャズで踊って 舶来音楽芸能史 完全版』

便乗商法、というとあまり良いイメージがありませんが、こうした便乗商法なら大歓迎。NHK朝の連続テレビ小説『ブギウギ』の放送にあやかって、戦前の日本のポップスの歩みを活写した名著が、新原稿を加えて「完全版」として文庫化されたのですから。

著者の瀬川昌久は1924年生まれ。富士銀行に勤務しながら、戦前のジャズの紹介を積極的に行った人物です。また、1950年代に渡米した際には、カーネギーホールでチャーリー・パーカーやビリー・ホリディの実演に接したこともあるという、まさに“ジャズの語り部”といえる存在でした。惜しくも2021年に死去しましたが、2020年には蓮實重彦との対談『アメリカから遠く離れて』を刊行するなど、晩年に至っても精力的な活動していました。

私が実際の姿に接したのは、2012年頃四谷のジャズ喫茶「いーぐる」で開催されたギル・エヴァンスのイベントにスペシャルゲストとして招かれた時でした。当時既に80代後半の高齢でしたが、心底楽しそうにギル・エヴァンスについて語る姿が印象的でした。司会者が「いつまでもお元気な秘訣を教えてください」という質問に対して「良い音楽をたくさん聴くことです。だから皆さんもギル・エヴァンスをもっと聴いてくださいね」と答えたのが忘れられません。

さて、そんな瀬川が自身の音楽体験と豊富な資料をもとに、戦前の日本に花開いた豊かなポピュラー音楽文化について縦横無尽に描いた力作です。もちろん笠置シヅ子や服部良一も登場するのですが、彼らについて語られるのは本書の後半になってから。
ジャズ音楽を職業として成立させた先駆者である井田一郎、ジャズ・ソングの草分けである二村定一、タップ・ダンスで人気を博した林時夫、抜群のスタイルでダンスを披露した川畑文子などの先達たちに始まり、エノケンやあきれたぼういずなどのビッグ・ネームも続々登場。人物だけではなく、彼らが演奏や芸を披露する舞台となった三越や高島屋の大手百貨店や、伝説的なダンスホール「フロリダ」などについてもたっぷりと語られます。黎明期の吉本興業や宝塚歌劇団についても知ることができるなど、興趣尽きることがありません。

大衆的な人気こそ、昭和初期に登場した古賀政男による“古賀メロディー”に王座を譲るものの、ジャズを中心とした日本の音楽文化は昭和10年代にはピークを迎えんとしていました。しかし、昭和16年の対米英宣戦布告を境に「敵性音楽」に対する禁圧が強まり、次第に息の根を止められてしまいました。

瀬川はこうした時局の変化を生身で感じていました。「出陣学徒兵の回想」と題された終章は彼の戦時下の体験が主に語られています。戦時下の彼を支えたのは、漢文の教師による「もし本気で米英に勝とうと思ったならば、お前らは、アジアの国民に自分たちよりもたくさん食わせる覚悟がなければ駄目だぞ!!」という叱咤と「ノブリス・オブリージュの精神をもて」という言葉でした。
彼の「ノブリス・オブリージュ」としての矜持は生涯にわたって持ち続けていたものであったことは、今回新たに収録された「戦中に共通する反知性 敗戦から71年の今」という文章からも伺えることができます。

なお、本書のサブテキストとして、先にあげた蓮實重彦との対談『アメリカから遠く離れて』と大谷能生との対談『日本ジャズの誕生』をお勧めします。
また、You Tube等で本書に取り上げられた伝説のミュージシャンの音源に触れることも可能ですので、ぜひともその豊かさに驚嘆して欲しいと思います。

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