ヤマザキマリ/とり・みき『プリニウス Ⅺ』
ローマ時代の博物学者、プリニウスの生涯を描いた共作の最新刊です。全巻で本作のもう一人の主人公ともいえるローマ皇帝、ネロが非業の死を遂げ物語は大きな山を越えました。そして本巻ではプリニウスの幼少から青年期の姿が描かれています。
とはいえ、プリニウスの幼少期については資料がほとんどないので、作者の想像による部分が大きいと巻末の対談で語られているのですが、これまで本作を読み進めてきた読者にとっては、ここで描かれている幼少のプリニウス像に違和感を覚えることはほとんどないでしょう。自然に恵まれた北イタリアのコムムという町(現在はコモ)で生まれた少年のプリニウスは、大らかな教育方針の父親に見守られ、森羅万象の不思議に関心を持ち、オオカミとも心を通じるようになっていきます。相変わらず緻密な風景描写が美しく、心惹かれます。
また、友人との交流や別れも経験し、成長したプリニウスはローマで学び始めます。個性的な老人の師の謦咳に接して知的探求に勤しむ青年、プリニウスの姿とロマンスが描かれているのですが、このプリニウスの不器用な恋愛の姿が、さもありなんといった感じで実に良いのですね。この恋の顛末については実際に読んで確かめていただくとして、23歳でプリニウスは軍に入隊します。
軍隊時代のネームはとり・みきさんが担当したとのことですが、装備の細部までこだわって入念に描写された作画のリアルさに圧倒されます。そして最終場面では、山田風太郎の明治物のように、史料にはないけれど実際にはあり得たかもしれない出会いが挿入されているのですが、ここでのプリニウスのセリフが素晴らしい。この作品全体のテーマが凝縮されたその言葉が読者の心に深い余韻を残して本巻は締めくくられます。
残念ながら本作は次が最終巻となることが明らかになりました。ここ数年では、唯一書籍で購入していた漫画だったので残念ですが、予定通り次巻で完結するならば全12巻。これから読んでみようと思う読者にとって手を伸ばしやすいヴォリュームではないでしょうか。ローマ時代のファン、(『私のプリニウス』の著作がある)澁澤龍彦のファンだけではなく、読書を愛する広い層に手に取ってもらいたい作品です。
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