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松田行正『独裁者のデザイン ヒトラー、ムッソリーニ、毛沢東の手法』

本書は元々2019年に単行本として出版されましたが、プーチンによるウクライナ侵攻が始まったことにより、急遽文庫化となった一冊です。

著者の松田行正さんは出版社「牛若丸」を主宰するかたわら、〈デザイン〉の観点から人間の営みを考察する著書を多数出版しています。最近になってちくま文庫から文庫版が刊行されはじめましたが、本書は河出文庫からの登場。急遽文庫化となったにもかかわらず、ちくま文庫同様に単行本に施された仕掛けも再現してあるのがうれしいところ。

その仕掛けとは何かというと小口にあります。本書を手に取り、最初のページから読み出そうと背表紙に手を当てて本を少し曲げると、小口の部分にヒトラーの肖像画が浮かび上がるのです。さらに本書を読み進め、残りページが半分以下となってきたところで、表紙に手を当てて先程とは反対側に本を少し曲げると、今度はスターリンの肖像が現れるようになっています。これは先に文庫化されている『眼の冒険』や『線の冒険』も同様に小口に絵が印刷されているつくりになっているので、興味を持った方はぜひ手に取って確かめてみてください。

さて、本書の内容は〈デザイン〉の観点から4人の独裁者がいかに民衆を騙し、抑圧したのか、その手法を分析、考察しているものです。松田さんには先行する著作として、ヒトラー、ナチスのデザインを取り上げた『RED』があるのですが、本書ではその対象をムッソリーニ、スターリン、毛沢東にまで広げています。

4人の中でもっともデザイン戦略に熱心だったのはヒトラーだったので、ヒトラーとナチ・ドイツに関する記述がどうしても多くなるのですが、他の3人と比較することで、独裁者のさまざまな側面が見えてきます。例えば4人をヒトラー、ムッソリーニとスターリン、毛沢東の2組に分けてみます。〈デザイン〉の観点から見ると、ヒトラー、ムッソリーニ組のポスター、肖像は眼光鋭く、闘争心がはっきり出ている険しい表情がほとんどであるのに対し、スターリン、毛沢東組は、穏やかで薄い笑みを湛えた表情が大半です。この違いはどこからくるのでしょうか。
それは大衆の支持の獲得のしかたの違いから出る、というのが松田さんの分析です。一般大衆に姿をさらし、アジテーション演説を行うことでのしあがっていったヒトラー、ムッソリーニは国民に面と向かって意思表示することが重要であり、ポスターもそのパフォーマンスの一環でした。
一方、党内の権謀術数により権力を握り、敵対者は容赦なく粛正することでその地位を保ってきたスターリン、毛沢東にとって、ポスターの肖像は内面の非情さを隠すためのものだったのです。

また例えばヒトラーと毛沢東。彼らには日常の挨拶を統一した(ヒトラーは「ハイル・ヒトラー!」、毛沢東は「毛沢東万歳!)り、ヒトラー・ユーゲントや紅衛兵のように若者を利用したといった共通点があることが指摘されています。

これらはほんの一例に過ぎなくて、〈デザイン〉を軸にしながらも、幅広い視点、分野から独裁者の手法が追求されています。そのため、いささか雑多な印象を与えるつくりとなってしまい、読み始めはなかなか焦点が合わない思いがしたのですが、豊富な実例と図版のつるべ打ちに慣れてくると、無類の面白さを感じて惹き込まれていきました。この本で取り上げられた4人に限ったことではなく、プーチンはもちろん、トランプや安倍晋三、フランコや金正恩といった面々について考える際にも本書は大きなとっかかりとなってくれます。

使い方によって毒にも薬にもなる、デザインの持つ両義性を浮き彫りにした好著です。まさに時宜を得た文庫化といえるでしょう。

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