SDGs:全方位型サスティナビリティとワイン ナチュラル・ワイン特集:第三章
50年後も、100年後も、200年後も、この素晴らしいワインという飲み物と、ワインを彩る美しい文化が続いていくこと。それを心から願うのは、ワインに人生を捧げてきた一人の人間として、当然のことだ。しかし我々人類が、その文化を紡いでいくための、極めて重大なターニングポイントに来ていることに、まだ多くの人が気付いていない。
我々は、ワインを造り、輸送し、販売し、楽しむことを、環境を保全しながら続けるためにどれだけの責任を追っているのだろうか。
まず、農業に始まり、収穫した葡萄からワインを造り、熟成と瓶詰めを行い、出荷するところまでが、造り手がワイン造りにおける様々な責任を負う範囲だ。本章では、これらの造り手の責任範囲に関して、ワイン造り、オーガニック、サスティナビリティの三つ異なる景色から、ワイン造りの環境問題との関わりを中心に、それぞれの主張を考察していく。また、サスティナビリティに関しては、より広範囲の責任を論じていくこととする。
ワイン造りからみた景色
ワインはヴィンテージによって味が異なる。しかし、ワインを良く知る人々の常識は、大部分の消費者にとっては、到底理解不可能なものである、というのが現実だ。現代社会は、ワイン特有の変数を受容するには、強制的に安定化された品質に、深く慣れ親しみ過ぎている。最終的には必ず消費者の主観によって判断される、という無慈悲に固定された結果は、ワイン造りの近代化に伴い、ワイン造りの在り方そのものを、変異させてきた。なぜなら、この深刻なギャップを埋める最も効果的な手段は、農薬、化学肥料、灌漑でもって自然をヒトの管理下に置き、様々な添加物を駆使して、ワインの品質を均質化させることだからだ。葡萄樹に散布する農薬は葡萄を病害リスクから守り、除草剤や殺虫剤は農作業の効率を劇的に高める。化学肥料は葡萄樹の成長スピードを早め、収量を容易に底上げできる。灌漑も同様に、リスクヘッジと収量増に寄与することができる。それらの慣行農法によって、多少葡萄そのもののポテンシャルが犠牲になったとしても、醸造時に様々な添加物で調整することによって、十分にカバーできる。
化学肥料と大量の灌漑で、収量が大きく増した葡萄
単純にワインビジネスの面から見ると、これほど洗練された手法は他に無いとも言える。ワイナリーの商業規模が大きくなるにつれ、人件費を含めた様々な固定費は飛躍的に膨れ上がり、当然その分だけリスクが増大する。リスクヘッジに失敗すれば、そのワイナリーで働く多くの人々とその家族の生活が、脅かされることになる。このようなリスクと環境問題を天秤にかけたとき、それが容易な判断にはなり得ないことは、想像に難くない。幸いなことに、環境問題への取り組みを加速させる大手ワイナリーは増加傾向にあるが、それでもまだまだ少ないのが現実だ。消費者もどれだけ環境負荷への懸念を口にしたといっても、実際には「綺麗で、安く、安定した」商品を最良とする現代社会の強力な洗脳に、なかなか抗えない。環境問題よりもビジネスを優先する(せざるを得ない)ワイナリーは、このことを良く理解している。
一方、オーガニックやビオディナミといった農法(以降、二つを合わせて循環型農業と表記する)が、ワインの品質向上において、重要なピースとなり得ることは、世界中のワイナリーの間では、暗黙の了解となっている。その品質向上の理由が、循環型農業そのものにあるのか、手間のかかるそれらの農法を採用することによる農作業の精度向上や、収量が落ちることによる葡萄の凝縮といった副次的効果にあるのかは議論の余地が残るが、結果だけを見る限り、やはり循環型農業はワインの品質を向上させ得るとみて間違いないだろう。
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