教育と学習の違いと、学校の先生の役割
こんばんは、ソルティーです。
今日は教育と学習の違いについてお話しようと思います。
教育、学習…似ているようでまったく違う意味である2つの単語。
これは意図して使い分けている人もいるかなと思うのですが、あんまり教育にかじったことがない人だと使い分けている…って人もいないんじゃないかなと思うのです。
その基本的な部分を知っていくこと、改めてやってみましょう。
教育とは?
教育とは意図的計画的に相手に対して働きかけることで、望ましい姿に変化させて能力を引き出すことです。
学校教育では、カリキュラムや、学習指導要領と言われて、子どものうちに身に付けて欲しいことが違っています。
これは相手が知らないことがほとんどで、ぶっちゃけ言うと、子どもたち(教わる側)が「知りたい」というわけではなく、大人たち(教える側)が「知っておいて」という意味で教育は使われています。
なので、教育は如何に相手の興味を引き出すか?ということがポイントとなり、ただ単純に教えようとすると、相手の知的好奇心を引き出せず、教えたのに頭に入っていないということが多発します。
教育では、導入が特に大事なポイントになるだろうなって思いますね。
学習とは?
学習とは、学校や、公民館などで学問などを計画的に習い、学ぶことです。
教育と違うのは自分の主体的な意志によって行われるのが学習で、自分の「学びたい」と思っていることを深めていく…というのが基本になります。
そして、相手から教えてもらうというよりは、自分で考えて、自分で試して、自分で探して、自分自身を成長させていきます。
その過程・経験を繰り返すことによって環境に応じた行動を習得し、身に付けていくことが学習の望ましい姿と言われています。
教育と学習の大きな違い
教育と学習の大きな違いは…
第三者からの意思で行われているのか?自らの意思で行っているのか?が大きな違いです。
つまり、受動的か、能動的かという違いがあるのです。
教育と学習は両方なければならない
今、子どもたちの主体性を育もう!ということで、子どもが考え、学んでいくスタイルが増えています。
基本はそれで良いかなと思うのですが、個人的には教育という側面も必要だなと思っています。
なぜなら、学習は偏る傾向にあるからです。
Youtubeの関連動画のように、自分に興味のあること、自分の知っている世界しか、出てこなくなってしまう。
そうすると、本来はそこにあるはずのものが見えなくなったりして、自分も関連しているはずなのに、「自分には関係ない」「知らない」ということが起こったりします。
そのためにも教育という分野は必要であり、本人が望んでいないことでも、知っておく必要があることも存在する…ということを考えなければいけません。
その知っておく必要があることを、如何に「知りたい」って思わせるか?それが学校の先生たちの大きな役割なんだなと強く思うのです。