線路のその先
この夏、廃線を歩いてきた。
いつもの通勤電車と異なり、旅先、廃線という状況が、非日常へと誘う。
夏、線路…思い出したのが「スタンド・バイ・ミー」という映画。
四人の少年が線路をたどる死体探しの冒険。
登場人物とほぼ同じ歳に映画を観た私は、主人公たちのように、四人でよく遊んでいた。友人と遊ぶ楽しい時間、その遊びの延長の冒険。ワクワクとした気持ちで見たと記憶している。
その旅の始まりは、森とその先に続く線路だった。その先に何が見えていたのか。記憶の中ではぼんやり霞んでいたように思う。冒険の始まりにしては、その目的が死体探しなだけに、漠然とした不安も感じとっていた。
線路には時の流れや人生。その先には死体に象徴される死。月日を重ね、経験を経て、そう解釈するようになった。あの映画は、そもそも友人の死のニュースに触発された昔の回想として始まっていたではいか。回想の旅でも見事に人生と死が暗喩されていたのだ。
線路跡を歩き、その先をみた時、当時の私には掴みきれなかった何かが見えた、そんな一瞬だった。
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