DAY9:世間の評価は高くないけど、自分は好きな作品〜己の感性を信じた結果~
そもそも「世間の評価が高い」作品を観た記憶が、ない。
(この冒頭、なんだかデジャヴ。)
評価が高い、と聞くと高尚な芸術や文化的な芸能を思ってしまう。端的にいうと「商業演劇」がその部類に入るのだと思う。(有名な劇場で上演される作品や、それこそ東宝ミュージカルや名の知れた演出家・脚本家が作っている作品)
わたしは「自分の目で見たものしか信じない!」かなりジコチュー精神だから世論をまったく気にしないし、興味がなければ視界にも入れない。いろんな作品に触れようとは思っているが、そこにマイナスになる他人の意見は関係ないのだ。
映画はこういうお題でもさっと3つは出てくるものだけれど、舞台となると己の経験のみが頼りになるから、難しいのだなあと思った。このチャレンジされた方々、なんて答えたのだろう。
評価というものは百歩譲っても個人の主観でしかない。人によってジャッジポイントは変わるし、今いる立場でも見方も違ってくる。
例えばの話、2.5次元は舞台界隈で一番お金を動かしているジャンルと言われている。作品はピンキリだけれどかれらはきちんとした”舞台作品”である。
けれど、先ほど述べた「商業演劇」や「小劇場」界隈の演劇人の大部分は、2.5次元作品を観ないし、かれらを「演劇」と思ってはいない。同じ板の上で活動している同業者たちの間にも色眼鏡はあるものだ。
逆を言えば、2.5次元の方が小劇場に足を運ぶことは少ないし(もちろん幅広く観ている人はいるし、小劇場出身で2.5次元に携わっている人もいる)、小劇場出身者は商業演劇(2.5次元もひっくるめて)が苦手という人もいたりいなかったりするらしいしで。
とにかくこの界隈、バランスがよろしくないのだ。驚くほどに。(なんでや工藤!)
わたしも小劇場演劇とアングラ作品が好きなこともあってか、商業演劇や2.5次元派はじめは疎遠だったのだけれど、あれよあれよと周りに勧められたり、好奇心のままいろんな現場や劇場に足を運んだりしていくなかで、ぜんぶ自分があいしている「舞台」なのだと気がついた。
みんな、等しく、演劇。
きっとプロの演出家や脚本家からしたら「そいつぁどうなんだ」と言われるような手法をとっている作品も、それはそれでいいんじゃないか、と思ってしまう。許容範囲が広すぎて自分でも心配になる時はあるけれど、作品に対するおもしろセンサーはいいはずだから。
せっかくなさまざまな世界を楽しめる方が、人生楽しいよ。
ジャンルは違えど、みんな違う気持ちと同じぬくもりを抱いてモノづくりをしている。決して"ひとり"では創り上げることができないのが舞台なことは、現場にいる人間がいちばんわかっていると思うのさ。
なんというか、みんなで仲良くすればいい、とは思っていなけれど。
相入れない他者ともずっと並行して生きていかなければならない世の中。自分も“かれら”も尊重し、共存していく思考をどこか片隅にでも置いてほしい。
そういうことを普遍的に考えられる世間にできるよう行動したい、なんてあらためて考える夜。
皆々様、対話していこうぜ!
(風呂敷広げすぎてなんのこっちゃかわからなくなってしまったけれど、素直なお気持ち表明を置いておく)