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ジュニア日本代表へ向かって m

大学1年目。この年の目標は入学する前から決めていた。日本ジュニアで優勝して日本代表になる事だ。現在、6月に開催されている日本選手権も当時は秋開催だった為、日本選手権を選び、日本ジュニアには出ない同期もいた。日大では私とフジが日本ジュニアへ。澤野(棒高跳び)は日本選手権を選んだ。

大会初日

今大会、100mと200mにエントリーした。リレーは無い。まず得意な200mからだ。日本ジュニアは大学1年までエントリー出来るが、2年でも早生まれであればエントリーできる。その為、中川さん(早大)がエントリーしていた。そりゃ無いよ。と心の中で思った。中川さんは高校時代の国体チャンピオンだ。向い風1m以上で10秒35で走った。当時、向い風1m以上の日本記録だったと思う。※多分。しかし、中川さんは日本選手権の調整で予選のみのレースだった。そうなるとライバルは、高2の大前(本郷)になる。大学生として高2に負けるわけには。そう思った。レースは大前に先行された。私は2番手でコーナーを抜け、大前を追いかけた。ラスト10メートル位だったと思う。どうにか逆転し、全国初優勝を果たした。これで、ジュニア日本代表だ。そして、女子200mではゴキが優勝した。更に高校の同級生、なめ(滑方・国際武道大)も三段跳びで優勝。実は決勝直前になめの優勝を知った。これは負けられないと気合が入ったのは、なめのお陰だ。

松坂牛物語

大学生になったが当時、ゴキがいる遠征ではとっつぁんと行動を共にした。ゴキと私が優勝した夜、夕飯に連れて行ってもらった。松坂牛のすき焼きだ。そこでの女将さんとのやり取りは忘れられない。当時、とっつぁん・藤島さん・ゴキ・マネージャー・私の5人だったと思う。

「とりあえず20人前」

女将「お客様、無理です。食べきれません」

「無理じゃないから、持ってきてくれ」

女将「無理です。お客様」

「だから、無理じゃない。絶対、食べるから」

女将「では、とりあえず2人前ずつ10人前を食べ切ってからにしてください」

「じゃあ、間をとって15人前」

女将「無理です。とりあえず10人前になさってください」

「・・・わかった」

女将さんが目の前で調理してくれた。

引き下がって良かった。見た目の時点で全然、食べきれそうにない。マネージャーに関しては1人前も食べてないだろう。

「まいった」

女将「だからおっしゃったでしょう」

お腹も、、、、、、、、いっぱいだ。

最終日

とっつぁんとゴキは先に帰った。私は100mが残っている。目指せ2冠。ただ、100mの日は少し気合いが入らなかった。きっと200mで優勝してホッとしてしまったのだろう。結果、まったく勝負にならず4着か5着だったと思う。優勝は北村(佐賀北)だった。当時、高2でインターハイも優勝していた。ベストタイム10秒33。まともにいっても勝てなかっただろう。そして、高跳びではフジがしっかり優勝していた。

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北村 ー 菅野 ー 末續 ー 大前

ー 続 ー



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Kanno Yuta //菅野優太
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