賢者の隠居 大原扁理『なるべく働きたくない人のためのお金の話』
はじめに
夜に考えだしたら眠れなくなることがあるらしい。宇宙の果てとか、死ぬってどんな感じなんだろうかとか。私はけっこう能天気なのですぐ寝ちゃうけど、昼間にいろいろ考えたりする。お金はそのうちのひとつだ。
大原扁理『なるべく働きたくない人のためのお金の話』。著者は25歳から6年間、都内で週休5日の隠居生活を送っていた。この本が書かれた2018年には台湾に移住して隠居をしていたが、2021年のいまはどうやら日本に帰られているみたいだ。
この本が言っていることをざっくりまとめると、
になる。自分が心地いいとおもう生きかたを考えて、それに見合ったお金の量を稼ぐ。そうすると、いままではギスギスしていたお金との付き合いかたが変わって友達のようにおもえてくる、というのが主旨だ。
ミニマリストとの違い
本書を読んで、まっさきにおもいだした別の本がある。
吉本ばななも本書の著者も、いっていることはとてもよく似ている。それでもこうした本が絶えないのは、実際に実行に移している人が少ないからなのだろう(私もそのうちの一人にしっかり入る)。
ただちょっと注意したいのだけれど、著者はいわゆるミニマリストではない。
ミニマリストとは、身の回りの持ち物を少なくする「主義」の人だ。マルクス主義だったらマルキシスト。資本主義だったらキャピタリスト。〇〇主義は「おれ、こっちの考えのほうが他のよりもいいとおもう」ということだから、ある考えの優越性を前提にしている。
一方で著者は「いまはこういう(年収90万くらいの)生活してるけど、今後はどうなるかわからない。そのときの自分がいいとおもうことをする」といっている。だから「週休5日がサイコーです。働くのどうかしてるよね」というわけではなくて、自分にとってなにが心地いいのか追求した結果、そうした生活スタイルになったのだ。この違いは、小さいようでけっこう大きい。
自分がどうありたいか
生活に関する本のなかでも著者はその点で独特だ。「〇〇をしたら××になる」「△△しなければ□□になる」といった自己啓発本には、はっきりとした方向性や正義が示されている。こうやったら正解だよ、と教えてくれるので、楽といえば楽だ。しかし本書の考えは正反対といってもいい。
著者は「私は隠居しましたけど、万人に当てはまるものじゃない。一人一人が自分に合った生活をするのがよいです」と繰り返し語っている。だからある意味では面食らうし、自分と向き合わなくてはいけないからちょっときつい。ただ、実際にその通り考えて行動している見本として著者が語ってくれるので、「これくらいならできるな」「これはきついな」と参照しながら考えられる。私自身、最低いくらお金があれば生活できるのかざっと計算してみるだけで、いくらか気持ちが軽くなった。いままでやっていなかったのが不思議だったのと同時に、自分でも気づかないところで考えることを投げていたことに驚いた。
つながらないでレールから降りる
巻末の対談にもある通り、同じような主張(働きすぎずに社会から離れましょう)をしているphaさんや山奥ニートの方たちとは違って「つながりを大事にする」とあまりいわないところも特徴的。お金がない分みんなで集まったほうがたのしいというのはわかるけれど、個人的には「みんなでキャンプとか、正直きついな……」とおもっていたので、著者のような意見があってよかったとおもった。ただまあ、低年収と相互扶助はセットのほうがいいし、著者も家に遊びに行ったり頼みごとを受けたりと、人とまったくつながっていないわけではない。ここらへんも個々人の環境や考えによっていいあんばいは違うのだろう。
おわりに
後半の「お金を人だと思って遊ぶ」になってくると、生活面だけではなくて、「人や物とどういう関係を築きたいか」の話になってくる。これくらい正直に、ラディカルに考えられるのが知性や教養といったものなのではないかとすらおもえる。知性のある人は寛容さと一貫性をあわせもっている印象があるが、その意味では著者にも間違いなく当てはまる。賢者の隠居生活に興味のある方はぜひ。
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