自分への夏休みの課題。
ご無沙汰してます!
2週間ほど仕事をいれすぎてしまい、
SNSをおろそかにしておりました。。反省。
ちょいと長いです。
たくさん想いが
パスタのように絡み合っているので、、、^^;
前のnoteにも書いたように
『緊急で重要でないこと』(もっと細かく言えば緊急で今は少し重要やけど少し長い目で見れば重要ではないこと)に追われまくっていました。
いや、自分が追い込んだのだ、詰め込んで^^;
ずーっと癖なのです、詰め込むの。アホですね。
自分の時間をギシギシ詰め込んで動くクセ。
このせいで何度も痛い目合っているのに
(自分か子供の体調崩したり、電池切れたように何もできなくなったり)
また染まっておりました、反省。
で。
夏休み。
長男、小2息子の夏休みが昨日より始まっております。
エキサイトブログの時から見てくれている方なら
ご存知かとは思いますが
息子は学童にいれていません。
一年前に
大阪から徳島に引っ越すときの息子との交換条件やったのです。
0歳児から保育所通い&学童を去年までずっと続けてきた息子。
通っていた保育所は
登所の時も
お迎えの時も
先生方が手厚く、
親と
毎日、
当たり前のように
会話を交わしてくれ
(時には1,2時間^^;)
長時間預けていても
先生との関係や
お友達との関係、
それから息子の成長が感じ、
深い信頼でお願いでき。
一緒に子育てをしてくれ。
とてもとても
息子にも
私にも
安心感と
成長を
与えてくれた
【保育所】という大切な
ありがたい場所でした。
で、一年生になり
学童に行くようになり。
保育所の隣の小学校だったので
ほぼ全員学童に通う子もお友達やったのですが
急に行きたがらず。(同じ保育所やった子たちも学童をよく思っておらず、、)
その当時は雇われで仕事していたので
それでも学童には、行っていたのですが(けど勝手に帰って友達の家行ってたり^^;)
小1の壁ってこれかー!と。
保育所時代の時みたいに
先生とのやり取りが一切、と言っていいほどほぼ無い。
子どもの言葉や様子をさらに注意しとかないとな、と。
で
あとは
めっちゃ保育所の先生に恵まれていたんや!と
その当時も
今、徳島にきても感じてます。
【ただ、子供をその時間内に見る。】だけの
先生、保育所、学童のほうが多いんやなって。
今は感じる。
それだけでも、もちろんありがたい。
けれど
長男が通っていた保育所はそうではなかった。
保育所の担任の先生が変わる4月には
『一緒に子育てしたいんや。』と
『こどもの幸せはお母さんが笑顔でいることやから
かーちゃんが保育所に朝来た時に元気がなかったら声かけるから!』と
何度も言ってくれたし(そのお言葉は今も大切に胸にしまっています)
実際に
『今日どうした?仕事はどんな感じ?』や
もちろん子供の
悪い事したことや(笑)
良いことした時、
そして
先生はそれについて
どう考えるか、
保育士的にはこう思うけど
人としてはこう思う。
また自分の母としての経験談や
自分の仕事を通しての経験談等、
たくさん、たくさん、お話してくれたなぁ。。と。
(それってとても貴重な財産を教えてくれているのだと思うのです)
また
小学校に入学した時には
次男を迎えに行くときに
卒園したのに
長男のことを気にかけてくれたり。
1年生の修了式には
成績表見せてー!と嬉しそうに我が子のように見てくれたり。
引っ越する一年前、
次男の最後の登所日には
担任の先生が号泣してくれて
次男、長男、それから私のことまで気にかけてくれて
お言葉をくれたり。。
半年後の春休みに遊びに行ったときなんかは
めっちゃ喜んでくれて
長男を抱きしめてくれてお話を聞いてくれたり。。
また笑顔で送りだしてくれて。
なんだか
自慢話みたいになっちゃって申し訳ないけれど
これ、私、当たり前やと思っていすぎたなぁ。と
今になって思います。
話がすごく長くなっちゃたけど
こんだけ温かい、自分の子供や家族のように
時間を過ごしてくれることってなかなかない。
その時間だけ一緒に過ごすことを選ぶ
先生や職場の人の方が多いんだと
ほんとーーーーに
小学校にあがり学童にはいり
引っ越してから感じます。
今のところが悪いとか
そんなことを言っているのではなくて(で、悪くもないよ。簡素やけど^^;)
前が良すぎたのは承知で。
だって
みんなみんな、生活していて生きている。
みんな、みんな必死に生きて
仕事している。
その中で人のこと
や
人の子供のことなんて
その奥まで普通みる余裕ないよね。
自分で精いっぱいなんよ。仕事だとしても。
だから。
今はもう、
あんたさ、
あの頃のように
先生たちに頼らなくっても
自分で長男との時間を
大切にきっと
仕事しながらでもできるでしょっ!て
神様が言ってくれているのかな?と
捉えていて。
考え方や
想いや
こころの温かさは
職場でも
保育所でも
ママ友でも
充分大阪で受け取ってきたから
今度は自分が
与える番。
子育ても
仕事も。
夏休み。
なので
長男は学童に入っていないので
雇われの仕事は平日はおやすみ!(土日どちらかは入るけど)
久し振りに
空白の時間があります。
そぼくな。にも中心における!
(ちょっと軸足ずれてた、反省)
なので
余白のなかで
長男とともに過ごし
余白のなかで
ちゃんと
この数年はどうありたいのか
その後はどうありたいのか
考えて進めていこうと思います。
もちろんレシピもやるよ!
やりたい!
私の菓子の考え方、表現を発信したい!
この数か月。
久し振りに
くたくたまで働いて
心と体に余裕がなくなって
どうでもいい!ってなったりもして悪循環も体験した。
あほだなぁ。と思う。
そしてやっぱり
組織に入って思うのは
『普通は』で『強制』され『否定』される枠組みがあるってこと。
それを言ったり放ったりする人や組織は
そんなことさえ気づかないけれどね。。
で
自分の意見がこの世界の全てではない。って
わかっている人ほど
その『強制』をそうなのかと一度受け入れて
試してみるんよね、(あ、私。^^;)
で
結局しんど!ってなる。(私はね。)
そろそろ。
『普通』がなくなる日本を作りたいな。
これは
仕事
だけではなくって
『お菓子の基本』とか言われている
『基本』とかいうのもなくしたい。
(組織においては基準はいるかもしれないけれど)
『基本は』
『普通は』
とか言うものが
あるから
苦しむ人を
産むんだよ。
『好きなもの』がわからない人がでてくるんだよ。
その『普通は』で
否定されると
とても
辛くなることを潜在意識でわかってるから。
わからなくなるんだよ。
純粋な、好き。が。
これからは
『普通』や『基本』が溢れるのでなくって
【『個』たち】がそれぞれの根っこをはり、
心躍るようなものが溢れて
やさしさに満ちる社会がいいな。
って、
私たち大人がしていかないとね!
私は私の軸をもちたい。と
思っている。
noteも菓子も
好きなように
心、踊る様に表現したい。
でも
それは
押し付けるつもりはない。
私はこんな表現が好き。
生き方が好き。
あなたはどう?
あなたの好きはどう?
あなたの表現をみてみたい。
それで
掛け算のように
また
心躍る空間ができたらいいなぁ。
最高。
いや、作る。できる。
そんなスタイルで生きていきたい。
それには
教える、というよりも
保育所の先生が言ってくれたように
『一緒に個育て』
していけるような
#焼き菓子屋そぼくな 。に
#家族 に
していきたいなぁ。と
夏休みの始まりに思う。
だって
私は完璧ではないから。
常に余白をもつ心をもつ、と心がけ。
自分に、
目の前の人に
誠実で
そぼくに
いたい、ありたい、
そこは変わらない。
目的はこれ。
誰かの
目の前の人の
灯りになりたい。
手段は
なんでもいいと思っている。
ただ
菓子で表現するのが
得意だから
そうしてるだけ。
で
でも
やりかた
いろいろ見つめていこう、
これが
私の夏休みの目標。
長ーい文読んでくれてありがとう!
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ゆ季
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