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コーチとして出来ること

思い出せば、誰にも教わったことの無い局面で答えを求められた時に自分の基準が出来た気がします。

自分のこれまでの経験から何を大切にしてきたのか、学び返す。

そういう観点から言えば、何もかも独学と言えるのでは無いかなと思うんです。

というか独学ってどういう意味なのか?

書きながら困ったのですぐにGoogle検索してみました。

1番上に出てきたのは、

先生につかず、ひとりで勉強すること。
- Oxford languageの定義

だそう。

世の中ってそういうもんじゃないの?なんて思ってしまうんですよね。

お金の事とか、日本での人権の公正さとか、なんで「日本」っていうブランドって世界で人気あるの?とか海外に出ると聞かれたり、自分でもふと思ったりするけど、勉強しに向かわないと情報は取りに行けないような。

そして取りに行った情報を自分なりに噛み砕いて、飲み込むから独学になると思います。

噛み方、飲み方は誰にも教わらないので。

学校の授業とかマニュアルもそうですけど、今まで先生や年上の人、その道の人から教わったことに対してどこまで意味があったのだろうか?と疑問になります。

これに答えるには今まで自分が経験してきた教育をなぞっていくしかないんですけど、僕は大人では使わないって聞いていた数学とか理科の方程式とか、数字と人物覚えるだけの歴史や社会は全く意味が理解できなかったですし、バイト先でマニュアル教わっても柔軟に対応しなきゃ意味ないから、全体の一部、でしかなかったです。

違う文化での教育や職場を経験してみると、授業を通してその先生が伝えたいメッセージを自然と受け取っていたり、上司やプロの人の想いを体感していました。

その人に魅力があるからなのか、メッセージ性の強い課題をやっていたからなのか、単純に先生が担当している授業を楽しくやっていたからなのか。きっとどれも間違ってはいないはずなんです。

体感主義が強いかもしれませんが。

そんな経験をすると、なんとなく色んな考え方を理解する為に子供の頃は色んな勉強をしたり、色んな大人と接する必要があるんだ、と自分なりに納得する答えができました。

そこから興味が湧けば、その道に進めばいいし、とにかく興味のタネを撒いてあげることだと。

そんな考えを持った今、コーチとして何ができるのでしょうか。

「学べ」というメッセージを両脇に抱えながら、全力で自分とも選手とも向き合い続けること。

その信念を1つ通した上で、様々な知見を広げて、実践することだと僕は思います。

この支援は必ず誰かのありがとうに。