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恋霊館事件(レビュー/読書感想文)
恋霊館事件(谺健二)
を読みました。2001年の作。
谺健二さんは、1997年、『未明の悪夢』で鮎川哲也賞を受賞デビューされています。
アニメーターのお仕事もされているようで、ミステリ作家としてはかなり寡作なほうですが、発表された作品はいずれも高い評価を受けています。
そのなかでも、デビュー作を含め、初期に手掛けられた三作の長編(連作短編集を含む)は発表当時、非常に大きな注目を集め、類例の少ない本格ミステリ作品として今も多くのミステリファンの記憶に残っています。
その三作というのが、デビュー作である『未明の悪夢』(1997年)、今回紹介する連作短編集『恋霊館事件』(2001年)、そして『赫い月照』(2003年)。これらの作品はいずれも90年代後半の神戸が舞台になっており、神戸三部作とも呼ぶべき作品群です。
『未明の悪夢』が下敷きにするのは阪神・淡路大震災発生直後の風景、続く『恋霊館事件』は震災復興初期の神戸を描き、そして、『赫い月照』は震災から2年後にやはり神戸で発生した酒鬼薔薇聖斗事件がモチーフになります。
私は、『未明の悪夢』と『赫い月照』は発表当時に読んでいたのですが、『恋霊館事件』だけは未読でした。
唐突なようですが、早いものでもう年の瀬ですね。今年は、元日に能登地震が発生し、夏期は全国各地で豪雨災害が相次ぎました。
あらたな一年を前にしながら、能登地震の復興がいまだ道半ばというドキュメンタリーを見て(なかでも、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』の「猫をさがすふたり」の回は見ていてつらかったです)、自分のなかで災害復興というワードが頭に浮かび、そこから谺健二さんの未読作に対する興味が浮上したという――それが本書を手に取った経緯でした。
ということで、『恋霊館事件』です。
阪神・淡路大震災によって住居を失った私立探偵、有希真一(ゆうきしんいち)。彼がテント生活を送る公園で、ある朝、喉の傷から血を流して死んでいる女性が発見された。ぬかるんだ地面には女性以外の足跡はなく、なぜか刃物もなかった!? 振子占い師の雪御所圭子(ゆきごしょけいこ)と有希の探偵コンビが、謎に迫る! 震災の街・神戸で起こる怪事件と、そこで必死に生きる人々の姿を描ききる傑作本格推理。
『恋霊館事件』は震災後に始まる七編のエピソードから構成される連作短編集になっています。
一、五匹の猫
二、仮設の街の幽霊
三、紙の家
四、四本脚の魔物
五、ヒエロニムスの罠
六、恋霊館事件〜神戸の壁
七、仮設の街の犯罪
ほぼすべてのエピソードで不可能現象が描かれます。足跡のない殺人、密室殺人、館の消失など。そして、それらの舞台は、被災後の神戸の街であり、避難所、仮設住宅です。
デビュー作『未明の悪夢』からしてまさにそうでしたが、『恋霊館事件』各編に収められたミステリとしての仕掛けは震災時あるいは震災後そのときの特有なシチュエーションあるいは被災者の心境だからこそ成り立つものばかりです。
最近でこそあまり聞かれなくなりましたが、かつてミステリー小説は人の死をゲームのように扱ってけしからんという言説がありました。これに関しては、90年代に笠井潔さんがむしろ真逆ともいえるアプローチ――すなわち、戦後のミステリ(探偵小説/推理小説)は戦前大量に溢れた路傍の死への精神的反発から隆盛したという、いわゆる大量死理論と呼ばれる論文を各所で発表したことでも話題になりました。
では、災害を、被災地を本格ミステリの素材に用いることは、たとえ作者自身が被災者のひとりであったとしても、これは不謹慎とみなされるべきでしょうか。
結局のところ、これはその書を実際に読んだ各人が抱いた印象で判断することなのだと思います。やはりどうあっても不謹慎だと憤る人はいるでしょうし、あるいは、親しみやすいエンタテインメントのかたちをとって重たい題材に真摯に向き合っているというポジティブな感想もあるでしょう。
これは私見ですが、一次文献より、二次文献、三次文献、とりわけ小説や映画といったフィクションのかたちを取ってその題材(テーマ)を引用することは、たとえ内在された題材が重厚であったとしても多くの人の目や手にとまりやすい特性があります。
そこに思いを致したうえで、各種の深刻なテーマを載せたフィクション作品を見返すと、作者が選択したその媒体や器(ジャンル)というものは、作者から読者への「まずは作品に触れてほしい、そしてテーマについて知ってほしい」という切実なメッセージの現れなのではないかと思うことがあるわけです。
来年は、阪神・淡路大震災の発生から30年です。以降の歴史を見ても明らかなように大きな自然災害はいつどこで自分の身に降りかかるかわかりません。『恋霊館事件』はもちろんフィクションですが、阪神・淡路大震災を経験した谺健二さんのひとりの被災者としてのメッセージは確かにその作品に宿っていることを私は感じました。