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TENET(テネット)の主人公に名前がない理由

この記事は、できれば映画を観たあとに読んでほしい。しかし、たとえ鑑賞前に読んでも後悔させないことを約束する。

(以下ネタバレを含みます。)

主人公の謎

全世界で話題を席巻している作品、TENET(テネット)。実はその主人公には名前が付けられていない。

タイトルどおり「テネット」と名付ければ、カッコ良くてわかりやすい。それでもクリストファー・ノーラン監督は、彼の名前をあくまで「Protagonist=主人公」にした。

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一体なぜだろう?

映画が進むにつれ、妙な引っかかりを感じていた。正直なところ時間の逆行トリックは比較的わかりやすく描かれていたので、監督が伝えたかったことは別にあった気がする。

上映後に近くのレストランでそんなことを考えていると、一緒に観たショーン(注:すのれぱ通信を運営するパートナーです)がこんなことを言った。

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「Neil(ニール)はMax(マックス)だと考えることができる。時系列的にぴったりだし、マックスはMaximilienの略と考えると、最後の4文字を逆に読めばNEILになるからね。」

それは中々面白い推察だ。マックスといえば主人公が命を懸けて守るKat(キャサリン)の息子。

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もし彼がニールだとすれば、主人公が彼女に執着する理由にも説明がつく。どうやら多くの人が同じことを考えているようだ。

結果としてニールは世界を救うために自らを犠牲にし、ある名言を放つ。

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What's happened, happened. Which is an expression of fate in the mechanics of the world. It's not an excuse to do nothing.

起こったことは起こったこと。世界の力学を通じて運命が表現されたわけさ。でもそれは何もしない言い訳にはならない。(劇中の字幕とは違うと思います。)

彼は未来の主人公と話した末、大義のために死ぬことを選んだ。めちゃくちゃカッコいい。きっとそう思った人も多いだろう。

本当の犠牲者

しかしまだ謎は残る。なぜニールは自分の運命を受け入れたのか?いくら世界を救うためとはいえ、自分が死んでしまっては本末転倒ではないか。

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入場特典のポストカードは、しっかりとニールを引き当てた。

母の恩人である未来の主人公の頼みだからと、二つ返事でOKするとは考えにくい….。同じくニールを名乗る者として感情移入を止められない。

ふと、ある仮説が生まれる。

「犠牲になったのはニールだけではない。他にも身を投げうった者がいるから、納得して計画に参加できた。」

これで全てがつながった。人類ために一番の代償を払ったのは、主人公だ。

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Protagonistの語源はギリシャ語でfirst actor=最初に行動する者を意味する。

主人公のその後を考えてみよう。ニールの死を見届けた彼は未来を生き、回転扉などの時間逆行テクノロジーに出会う。

過去の自分たちを操り、セイターとアルゴリズムを追いかける。手はずが少しでも狂えば全ては水の泡。絶対に失敗できない。あなたならどうする?

僕の答えはこうだ:

自分が生まれた瞬間から全ての行動を操作する。

映画は主人公が成人した後から始まるが、もっと前から仕組まれていたんだと思う。彼の格闘能力や頭脳、そしてCIAに加入すること。それら運命のすべてをコントロールしてはじめて計画は成功する。

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つまり主人公は世界を救うため「だけ」に生きる。自由意志などない。楽しい思い出も苦い経験も、すべては一つのミッションのために。神ではなく未来の自分自身によって運命が決められていた。

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序盤に登場する研究所には相当な量の「逆行物」が集められていた。主人公がリクルートされる遥か前から未来人の干渉があった間接的な証拠かもしれない。

人間にとって名前とは他者と自分を区別する重要なもの。「私はジェニファー」「俺はサイモン」というように、自意識=意思の根源にもなる。

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神に創られたアダムは、この世に存在する様々な物に名前を付けたといわれている。

しかし主人公の場合、自分の生き方を選ぶことはできない。だから名前など最初から必要ない。これこそが謎の答えだと思う。

他の登場人物たちには名前が付いていることから、彼らには自らの生き方を選ぶ権利があったことがうかがえる。未来の主人公が語る壮絶なプランを聞いたとすれば、ニール(マックス)が協力したことにも合点がいく。

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ニール(マックス):自らの意思で世界を救う
キャサリン:自らの意思でセイターを撃ち、自由の身に
セイター:自らの意思で世界を滅ぼそうとする

そして厳密にいえば、全てを犠牲にする決断をした未来の主人公にも自由意志はあると言うこともできる。そのときはじめて彼に名前が付くのかもしれない。

図解するとこんな感じ。

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①未来でアルゴリズム完成
②主人公が発見、計画を開始(ニールもここで加わる)
③主人公が生まれた瞬間まで戻り運命操作
④⑤映画内のイベントが起きる
という複雑な順番で時空がつながる。

テネットの主題(テネット)

ここまでくればテネットの主題は明らかだろう。「運命と自由意志をどう捉えるか」というシンプルな問いだ。

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人生は選択の連続というが、本当に選択権はあるのか。たとえば僕は自分の意思でこの文章を書いているつもりだけど、すべては既に決まっていたことなのか。

すべては運命によって決まっているという考え方を「決定論」という。これによれば、すべての出来事は過去の出来事によって必然的に引き起こされる。つまり僕たちの意思は幻想で、予定通りのイベントが起こっていくだけ。

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「もし神が人間に自由意志を授けたなら、どうして全ては神の意(plan)のままと言えるだろう?」
ちなみにトラビス・スコットが歌う映画主題歌の題名は「The Plan」。

対して非決定論は自由意志の存在を認め、人間(や一部の動物)が自らの意思で行動を変えられるとする。

この論点について、科学はどっちつかずだ。

1983年に行われたリベットの実験によれば、人間の意識的決定以前に脳内で「予備電流」が確認された=自由意志は存在しない。しかし2016年、ドイツの研究機関は0.2秒だけ存在すると結論づけた。

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アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と主張し、決定論を証明しようとしたが失敗した。
そのために彼が取り組んだコペンハーゲン解釈は、有名な「シュレディンガーの猫 (cat)」に関係が深い。キャサリンが「Kat」と略されていた所以かも。

運命が絶対的なのか僕たちに知るすべはないけれど、それについて考える意義はあるだろう。これこそ監督が伝えたかったことなのかもしれない。

そして彼はニールの口を通して明確に立場を表明した。

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起こったことは起こったこと。でもそれは何もしない言い訳にはならない。

これから何が起こるか決まっているかもしれないけど、だからといって何もかも諦めるなんておかしい。あくまでも人生は自分たちのものだ。そう聞こえる。

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そして僕は彼の考えに賛成だ。結果=運命だけ考えれば、人間は皆いつか死ぬ。しかし可能な限り「よく」生きることは誰にでもできる。大切なのは結果よりも過程というスタンス。

それを裏付けるように、複数の実験で「自由意志は存在しない」と信じた被験者は他人を傷つけたり非協力的になるというデータが出ている。自らの行動に責任を感じなくなるからだ。

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命令だからと人を殺すのも、自由意志を諦めた結果といえる。ホロコーストで多くのユダヤ人の命を奪ったアドルフ・アイヒマンは「私の罪は従順だったことだ。」という言葉を残した。

もし地球上の全員がそんな考えになれば、人類はたちまち滅んでしまうだろう。一番怖いのはアルゴリズムではなく僕たちのマインドセットなのかもしれない。

もう少し身近な視点に切り替えてみよう。毎日やっている仕事や勉強などは、自らすすんで行っているだろうか。

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もし「みんなもやってるから」「なんとなく、仕方ないから」など、自由意志を諦めているなら危険信号だと思う。あなたに名前が付いている理由はなんだろう?

さて、現在の物理学によれば、果てしない時間が過ぎたのちに宇宙のエントロピーは最大化する。

つまり全ての粒子の動きが止まり、絶対零度に近い超低温の「無」がやってくる。人間はおろか、生物も星もすべて消え去ってしまう。(heat death=熱的死と呼ばれる。)

もし熱的死が宇宙の終わりなら、本当に旅路(過程)こそがすべてだ。
イーロン・マスク

やがて来る宇宙の終わりに絶望する?それとも自分ができる精一杯の人生を送る?

どちらの主義(テネット)を選ぶか。それを決めるのは、僕たち一人ひとり。

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以上がテネットの主人公に名前がないことに関する考えだ。

先入観を持ちたくなかったので、ネタバレ記事はもちろん予告動画さえ見なかったからこそ思ったことかもしれない。

真相はノーラン監督のみぞ知るが、もし間違っていても大丈夫。なぜなら重要なのは結果ではなく、そこに至るプロセスだから。

参考情報

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この記事を書いた人

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Neil(ニール)
ecbo (荷物預かりプラットフォーム) とプログリット (英語コーチング) でUI/UXデザイナーとしてインターン。現在はIT企業でデザイナー。 ハワイの高校。大学では法学を専攻。もともとはminiruとしてnoteを運営。

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