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絵本紹介:『THE DAMーこの美しいすべてのものたちへ』

絵本紹介は私が出会った絵本の中から特に良いと思った絵本で、自分なりに深めて考えてみた絵本をご紹介しています。

『THE DAMーこの美しいすべてのものたちへー』
作:デイヴィット・アーモンド
画:レーヴィ・ピンフォールド
訳:久山太市
評論社(2018年12月)
ダム | 株式会社評論社 (hyoronsha.co.jp)


イギリス、ノーサンバーランド州のダム。このダムができる前、父と娘は水没する予定の村を訪れ、ヴァイオリンを奏で、歌をうたってまわった。ここに生きたすべての人、生き物、草花、精霊たちに捧げるために。ダムができると、また新たに人々が集まり、音楽の伝統もかえってきた。国際アンデルセン賞受賞作家と、ケイト・グリーナウェイ賞受賞画家が謳いあげる美しい命の賛歌。

評論社HPより引用


あらすじ

実話をもとにしたお話で、モデルとなったダムはノーサンバーランド(イングランド最北の州)の原野に作られたダムとのこと。
ダムに沈んだ谷には町があり、たくさんの音楽家が住んでいたそうです。そこに住んでいたマイクとキャスリン父娘から聞いたお話からつくられたとのこと。
 ダムに沈む前に、町中の空き家で父娘で演奏した思い出が描かれています。その様子は私には葬送の儀式のようにも見えました。
けれど決して暗く悲しいものではなく、彼らのできること、「音楽と歌」で沈みゆく町を満たしていくことで感謝を伝え別れを告げたように思えます。
住み慣れた愛着のある町の自然の美しさを称える気持ちも感じとれます。

ものがたりのはじまり

この絵本の表紙を見た方はすぐその美しさに心惹かれるのではないでしょうか。壮大な景色の中に立つ二人。少女はヴァイオリンを弾いています。
どんな物語が始まるのか、期待を抱かせます。
最初の見開きにはタイトル。そしてベッドに眠る少女を起こす男性の絵。まるで映画のスタートのよう。早速この物語に心惹かれていきます。

「明け方、パパに起こされた。「ヴァイオリンを持っておいで」

という始めの文章で二人が親子であることがわかります。続く、セピア色の草原を歩く二人の絵、コマ割りの絵、見開きの壮大なダムの絵と、巧みな絵の技法により、ここが自然豊かで美しい土地であること、もうすぐダムに沈むことなどが伝わってきます。
思い出を語りながら空き家で演奏をする二人。この物語では「音楽」が重要な役割を果たしています。


使われている技法とその効果


① コマ割り 
多くのページで使われており、花や動物、人の表情、家など様々なものが描かれている。今回見て感じたのは、コマ割りは、ズームアップの効果もあるということだった。
ひとつの絵で大きく描くと小さくて見えない植物や動物も、ひとつひとつコマ割りで描くことで、そこにいた動物や自然の様子などをじっくりと見ることができる。その時の状況を丁寧に描いて、細かい部分までよく伝えたいという思いが伝わってくる。
また、コマ割りで時間の経過を感じさせる部分もあった。
この絵本ではコマ割りを多く使うことで、物語に時間の経過と厚みを与えている。

② ナラティブの手法
コマ割りのページが6ページ、見開き両ページを使った絵が4見開き(8P)ある。見開きのページは枠もなく全面壮大な景色が三つとこの物語の主題にもつながる音楽演奏のページが一つとなっている。コマ割りで小さなものもじっくりと見せながら、合間に見開きの大きな絵では壮大な自然と景色をたっぷりと見せてくれる。その対比により、大きな絵にはより迫力が感じられる。
その他にも、文字の間の空白に、その場面を象徴する、ヴァイオリン、鳥、家、船の小さな絵が挿入されている。また、全体の色彩も、最初はグレー系の暗めのトーンであるが、後半ダムが完成したところからはブルーを基調とした明るめの色彩へと変化していく。

この絵本の魅力

 この物語は、ダムに沈んだ町にまつわる実話をもとにしたものであるが、上記のような絵の技法に詩のような言葉で、ひとつの映画を見たような読後感を与えてくれている。壮大な自然と音楽。失われていくまちへの思いはせつなくもあり、郷愁の思いが湧き上がってくる。
前述したようにこのものがたりの大きなキーワードは「音楽」である。絵本で「音楽」を表現すること自体がひとつの大きな挑戦であると思うが、ピンフォールドの繊細で美しい絵でそれが充分に表現されている。
まちが失われた悲しさだけではなく、湖になった後も

「ダムの底に沈んで、水におおわれても音楽は失われなかった。」

という文章や水辺で楽しそうに遊び、演奏する姿も描かれているところに、希望を感じられる。音楽と同じように思い出も失われることがないのでしょう。

「絵本はひとつの芸術作品です」と日頃伝えている私ですが、まさにこの作品は芸術作品といえるものだと感じている。


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