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絶望に塗られた道

もう入院して3週間目。研修医という立場から患者になって3週間。

早く退院しなきゃと焦りが募る。だって、11月から復帰するならもうそろそろ外界との繋がりを得ないといけないと思うから。
窓の外を眺めると人々の活動を生々しく感じる。窓に触れることはできても、外の空気には触れられない。看護師さんや先生を見ると、数週間前まで私もそちらの立場で、社会の歯車として生きていたことを突きつけられる。
でも今の私は、外の秋らしい冷えてきた気候に触れることも許されない、社会の歯車から外れてしまった、ただのお荷物なのだ。

まだ気持ちの波はあり、調子がいい時はタブレットと共に過ごす一般人に擬態できるが、悪い時にはひたすら横になって耐えるだけの無機物になる。入院中にもかかわらず、コードで首を絞めてしまった。(コードの持ち込み不可になったら困るから先生にはお伝えしないが)
ひたすら死にたいし、早く退院して早く死んでしまおうという気持ちがある一方、未来のことを考えると今退院して復職してもすぐに体調崩してしまうだろうなという予感がある。
あのとき、自殺を図り自分が自分でなくなるような感覚を味わったあの瞬間に戻れたら、迷わずその感覚に身を委ねるのに。今更叶わない願いを夢見る。

感情を笑顔という仮面で隠して今日も「大丈夫」という言葉を紡ぐ。私は孤独なのだから仮面を被り続けなければならない。


明日という未来が暗雲立ちこめているようにしか思えないし、ましてやまた研修再開するなんて絶望しかない。

絶望に塗られた道を歩き続けることが生きることならば、歩みを止めることは許されますか?

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