K-POPで旋風を巻き起こす日本発の「シティポップ」
日本で生まれた音楽「シティポップ」のリバイバルが世界的に広がりを見せるようになって久しい。とりわけ隣国・韓国はシティポップ再評価の中心地の一つとなっている。当初は新進気鋭の若手アーティストによるカバーや再現性の高い楽曲など、インディーズを中心としたトレンドであったが、最近ではメインストリームたるK-POPにもシティポップ旋風は及んでいる。さらに、K-POPの文脈では当初の「再現」を超え「刷新(ネオ)」のフェーズに入った良質な楽曲も見られるようになっている。今回は、日本発のシティポップが韓国でどう受容され、解釈されているのか、K-POPを中心に考える。
浮き足立った都市の喧騒のなかで生まれたシティポップ
1968年、日本は旧西ドイツを抜いてGDP世界第2位の大台に乗る。高度経済成長にひと段落がついた70年代には、東京を中心にモダンな都市が形成されはじめた。78年発売の中原理恵「東京ららばい」(松本隆作詞)の歌詞「東京ららばい 地下があるビルがある」という描写はまさに当時の”シティ”の出現を端的に表している。郊外には画一的で洗練された”都市的”な暮らしが想定されたニュータウンが出現した。当然、音楽にも都市の風が吹き込むことになる。結果として現れたのが、現在世界でリバイバルの最中にあるシティポップである。シティポップとは、広義では「ソウルやジャズのエッセンスを取り入れた日本語ポップス」と定義され、より厳密に言うならば「70年代の日本で作られるようになった、都市的で洗練されたポップ・ソング。都市生活者の価値観や感情を歌った新しい音楽」(『レコード・コレクターズ シティ・ポップ 1973-2019』)である。「都市と周縁(田舎や郊外)、遊びと暮らし、ハレとケといった境界線が本来引かれていた領域が、徐々に距離を詰め、重なり合い、独特のテンションを保ちながらポップ・ミュージックとしての着地を目指す」(松永良平)といった捉え方もされる。シティポップは1973年を起点に80年代まで人気を博し山下達郎、竹内まりや、大貫妙子、杏里、荒井由美(松任谷由美)などが活躍した。大貫妙子『SUNSHOWER』は名盤として海外での再評価が起こり、2017年にはテレビ東京「YOUは何しに日本へ?」で、同レコードを探しにきたアメリカ人男性が取り上げられた。シティポップのリバイバルが海外で盛んになっていることを日本人が自覚した契機になった。
シティポップリバイバルと韓国
世界的なシティポップの立役者となったのは、韓国出身のDJで音楽プロデューサーのNight Tempoであった。角松敏生を聞いたことがきっかけで音楽活動に乗り出した彼は、2016年3月YouTubeチャンネル上に竹内まりやの「Plastic Love」のフューチャー・ファンク・リミックスの動画を公開。これがきっかけとなってシティポップのリバイバルに拍車がかかった。YouTubeに違法アップロードされた原曲の動画も当然聞かれるようになり、竹内まりやの「Plastic Love」は現在のシティポップブームのアイコン的な存在と言える。
また、ペク・イェリン(Yerin Baek)による久保田利伸「La La La Love Song」の日本語でのカバーなど、日本の音楽の再発見も韓国内で盛んになされた。ペク・イェリンは昨年話題となった韓流ドラマ「愛の不時着」のOST(下に動画あり)で一躍注目の的となった歌手。過去には韓国最大手JYPエンターテイメントで女性デュオ&15として活動したが、最近はソロで活動しており、最新アルバム『tellusboutyourself』は高い評価を得ている。ミステリアスで未来的なR&Bが魅力の注目シンガーである。
韓国インディーズにおいては、2018年"Digging Club Seoul"というNaver文化財団によるプロジェクトが始動。韓国の「時代の先を行った隠れたシティポップ」を新進気鋭のアーティストがリメイクするというもの。アンダーグラウンドでのシティポップの深化はこうしたPJを中心に進んでいくことになる。
一方、韓国では70~80年代に国産シティポップがあったのか、という話だが、前回『輸入と融合の音楽K-POPの歩みと日本(初期K-POP史)』の中でも紹介した通り、日本でシティポップが誕生した当時、韓国は軍事政権下で音楽活動が抑圧されていた。88年の民主化による解放後、シティポップも日本から輸入され、90年代前半にはヒット曲も多い。
メインストリーム"K-POP"への進出
さあ、本題のメインストリーム”K-POP”へのシティポップの進出である。K-POPで、シティポップが顕在化してくるのは2018年。K-POP女性アイドルグループWonder Girls(ワンダー・ガールズ*)のラッパー・ユビンの発表した「淑女(Lady)」がきっかけであった。この楽曲が、K-POPにおいてまさにメインストリームにシティポップを扱った最初の作品である。「淑女」は、シティポップのK-POP的解釈として優良な作品であると同時に、ヴァイパーヴェイヴの手法を取り入れたMVも高い評価を受けた。
一方で、「淑女」が有名になるきっかけの一つとなった不名誉なエピソードがある。カップリングを予定していた楽曲「都市愛」の盗作疑惑と発売中止だ。「都市愛」は、前述の竹内まりや「Plastic Love」のNight Tempoリミックスに酷似していたとされている。
同Wonder Girlsの元メンバーのソンミは、ソロ活動で絶大な人気を誇るが、同じく2018年に発表したEP『WARNING』にシティポップ楽曲「Black Pearl」が収録されている。
シティポップに根付く「日本の音楽」というイメージ
2018年を起点に”K-POP版”シティポップが次々登場するわけであるが、そこにはいつもシティポップの故郷・日本へのイメージが歴然と存在していた。ここで欠かせないのがK-シティポップシーンの中心となった一人の日本人歌手である。
YUKIKAは、日本でモデルとして芸能活動を始める。ゲームオタクでもあることから2016年韓国で制作されることになった「アイドルマスター」のテレビドラマキャストオーディションに参加。出演をきっかけに、韓国での芸能活動をスタートさせ、2019年シティポップ楽曲「Neon」でソロデビューを果たした。YUKIKAが知れ渡るきっかけとなったのが昨年発表された「ソウルの女(서울여자)」。前作に引き続きシティポップの曲調。日本人でありながら「ソウルの女」という大胆なタイトルで、大都市ソウルで生きる女性像を歌った。アメリカ、イギリスをはじめとする8カ国のK-POPチャートで1位、日本でも2位を記録する自身初のヒット作となった。K-POPにおけるYUKIKAの存在はシティポップという音楽が日本と結びつけられながら受容されていることの証であり、興味深い。同文脈では、次に話題に上がる元AKB48メンバーで、IZ*ONE(アイズワン)を輩出したオーディション番組「Produce48」に出演し、韓国で人気を集めた竹内美宥も、シティポップ楽曲を発表している。
”月刊ユン・ジョンシン”の試み、少女時代テヨンも
2019年、K-シティポップで話題作となったのが、少女時代テヨンのリリースした楽曲「春川(チュンチョン)行きの汽車」だ。この楽曲は歌手で音楽プロデューサーのユン・ジョンシンが毎月新曲を出し続ける企画「月刊ユン・ジョンシン」の一環で発表されたコラボレーション楽曲。90年代の角松敏生に通じるアレンジのシティポップ楽曲となっているが、原曲はキム・ヒンチョルの同名ボサ・ノヴァ曲。
「月刊ユン・ジョンシン」は、K-POPにおける重要なシティポップメイカーとなっている。竹内美宥は、この企画で「My Type」をリリース。自身の韓国での芸能活動初のデジタル配信となった(日本語版も発表されている)。
「再現」から「刷新(ネオ)」へ、進化するK-シティポップ
ここまで扱ってきた楽曲を振り返ると、K-POPのコンテクストで制作されてきたシティポップは非常に良質であるが、一方で日本のシティポップのリバイバルに乗った「再現」に止まる感覚を覚える。最後に扱いたいのは、K-POPの立場からシティポップを分解し、再構築した新たなネオ・シティポップである。2020年は、K-POPアイドルのアルバムにシティポップ楽曲が多く収録された年であったように思う。男性アイドルグループSeventeen(セブンティーン)は、7thミニアルバム『Heng:garæ』に感傷的なイメージのシティポップ楽曲「I Wish」を収録。また、日本でも大人気の女性アイドルグループTWICE(トゥワイス)は、2thアルバム『Eyes Wide Open』に王道シティポップ「Say Something」を収録している。同アルバムのタイトル曲「I Can't Stop Me」はJYP得意のディスコサウンドで、懐かしい感覚を懐かせる。言わずもがなヒットアルバムであるが、TWICEの成熟したイメージを打ち出した新境地となった。
2020年がシティポップ「進化の年」だったと言えるのは、レトロにとらわれない刷新された、モダンなイメージの楽曲も目立つ点である。IZ*ONEは、6月3rdミニアルバム『Oneiric Diary(幻想日記)』をリリース。配信後12か国で1位を獲得する大ヒットとなった。このミニアルバムからは「Merry-Go-Round(回転木馬)」がきらびやかなストリングスを挿入したシティポップ、ディスコサウンドの楽曲だ。コンポーザーはApink(エーピンク)やWanna One(ワナ・ワン)の楽曲を手掛けたe.one(チョン・ホヒョン)。IZ*ONEの純粋で、エレガントな雰囲気を維持しながら、70年代のディスコを思わせる洗練されたサウンドに引き込まれる。同アルバムには日本語版も収録され、歌詞の翻訳はメンバーの本田仁美が担当。WIZ*ONE(ファン)を喜ばせた。
K-シティポップ、新時代へ
最後にK-POPが本格的にシティポップに挑戦した2018-2020の楽曲の中で最高傑作なのではないか、と個人的に感じている作品を紹介したい。TOMORROW X TOGETHER(トゥモロー・バイ・トゥゲザー、以下TXT)は、一昨年デビューした男性5人組アイドルグループ。防弾少年団(BTS)が世界で旋風を巻き起こしたことで一躍最大の大手事務所に成長したBig Hitが万を辞して結成した、「BTSの弟分」ということになる。童話の世界から飛び出したような可愛らしいコンセプトで、楽曲もストーリー性に富む。例えば、デビューミニアルバム『The Dream Chapter: Star』は、少年たちが成長する過程で出会う経験についてコンセプチュアルに描いている。タイトル曲は「ある日頭からツノが生えた(Crown)」。1stフルアルバム『The Dream Chapter: Magic』は、1stミニアルバムに引き続き、少年の成長を表現している。タイトル曲も「9と4分の3番線で君を待つ」と、J.Kローリングの『ハリーポッター』シリーズを連想させる内容。TXTテーマにインスパイアされながら、複雑で変化に富んだ様々なサウンドに挑戦しているグループである。
TXTのシティポップへの挑戦第一弾は、2ndミニアルバム『The Dream Chapter: Eternity』に収録された「Fairy of Shampoo」である。この楽曲は1990年に韓国のシティポップグループLight&Saltが発表した同名曲「シャンプーの妖精」のリメイク。原曲はクラシカルで韓国産のシティポップとしては最初期の音源。TXTのリメイクでは、ボーカルのハーモニーとシンセサイザーのメロディーでドリーミーな楽曲に仕上がっている。パフォーマンスを見てもわかるように、リメイクならではのレトロなイメージも残存しつつ、TXTらしく歌い上げている。
そんなTXTは昨年シティポップの文脈ではK-POP史上最も重要と言える楽曲を発表している。それが、「5時53分の空で発見した君と僕(Blue Hour)」だ。「Blue Hour」が収録されたのは3rdミニアルバム『Minisode1: Blue Hour』。前述の『The Dream Chapter』シリーズを追え、次のシリーズに進む前章としてメンバーたちが聞かせてくれる小さな物語(Minisode)を称する作品で、2020年世界中で猛威を振るった新型コロナウイルス感染症禍における音楽による救済の色合いが強い。予期せぬパンデミックの中で孤立し、感情を失っているティーンエイジャーを描く物語をディスコ、ロック、R&Bなど様々なジャンルから解釈しているミニアルバムだ。中でも「Blue Hour」はタイトル曲。アイドルグループがタイトル曲にシティポップを持ってくること自体K-POPではほぼ前例がない。この楽曲が素晴らしいのは、これまで紹介してきた「再現性」や「レトロ」とは一線を画し、「Blue Hour」はK-POPとして未来的な空気感でまとめ上げている点である。グルーヴィーなベースギターの低音はシティポップ、ディスコのイメージを想起させるが、かと言って古臭くなく、TXTの新鮮で若さ溢れるイメージと呼応する。
英題の「Blue Hour」とは、日の出前と日の入り後に空が藍色に染まる時間のこと。歌詞のイメージは「曖昧さ」がポイントのように感じられる。登場する「君」とは実体ある人で、楽曲は恋愛を歌っているのか、もしくは「君」とは空の比喩で希望を歌っているのか、ものすごく観念的な歌詞になっている。加えて「Blue Hour」それ自体が、夕方・朝方の時間であり朝でも昼でも夜でもない、刹那であることもまさしく「境界線」を表していて、印象をぼんやりさせる。5時53分はBlue Hourの中でも一際空が美しい時間とされ、その響きのミステリアスさからMOA(ファン)による様々な考察もなされいている。「曖昧さ」を感じさせるポイントは衣装にもある。「Blue Hour」の衣装はレディース的なものが多く、美しいTXTのメンバーと相まって中性的な印象を懐かせる。性的なニュートラルさもまた境界線の「曖昧さ」を際立たせミステリアスな雰囲気につながっている。
K-POPにおけるシティポップは、日本のイメージの「再現」からスタートし、K-POP自体の音楽性の変化や洗練と重なり合いながら、現在は「刷新(ネオ)」の時代に入っている。2020年「Blue Hour」はTXTの代表曲となった。メインストリームでも一際目を引く場にシティポップが現れたのは、大きな変化である。2021年、韓国のシティポップシーンはどこへ向かうのだろうか。アイデンティティを模索しながら進むシティポップのK-POP的解釈を今後も見守っていきたい。