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#41『スター』(著:朝井リョウ)を読んだ感想

朝井リョウさんの『スター』
先月に文庫版が刊行されました。

今の世の中におけるSNSやメディアに関して、モヤモヤとした何かを感じていることは誰しもかあると思います。それが見事に言語化されていました。



あらすじ

大学の同じ映画サークルだった立原尚吾と大土井絋。
2人が監督を務めた作品『身体』が、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞します。
慎重派で「細部に神が宿る」を信念にしている尚吾と、感覚派でかっこいいと感じたものをかっこよく撮る絋。
2人は大学卒業後に対照的な道を歩みます。尚吾は映画監督・鐘ヶ江に弟子入り、絋はYouTubeチャンネルの発信。日々の仕事を通じて様々な葛藤がありながらも、2人は映像に向き合っていきます。


感想

  • SNSやメディアの見方が変わる1冊

  • 登場人物の一言一言に鳥肌が立った

  • 自分なりの物差しを持って世の中と向き合っていこうと思った


SNSやメディアの見方が変わる1冊だと思います。これからの世の中と自分の人生についても考えさせられました。

今の時代は誰もが発信者になれて、誰かに見つかったり、誰かを見つけやすくなりました。自由度が増して便利になった反面、間違った情報が拡散されるなどの良くない面もあります。どんな発信媒体であれ、発信者も受信者もSNSやメディアとの向き合い方が問われています。

本作を読んで思ったのは、発信者も受信者も人である限り、心が存在することを忘れないことです。たとえば、間違った情報を広めないのはもちろん、言葉遣いや自分の利益を求めるがあまり本当はオススメできない商品をすすめるなど。もし誤った発信をした場合には、誠心誠意謝罪することも大切ではないでしょうか。

また、今は世の中の1つ1つの欲求が比べられないものになっていると千紗が言っていたのが強く印象的に残っています。世界が細分化されていくことで、欲求に大小がなくなり小分けされて横並びになる。しかし僕は、尚吾と同じように比べられないものを比べようとしていました。

本作の尚吾と絋が歩んだ道はどちらかが間違っているわけではないけど、はっきりと正解を示しているわけではないと思います。明確な答えを与えているのではなく、本作を読んだうえで問われている気がしました。自分なりの物差しを持って世の中と向き合うことが大事なのかなと思っています。


本作は会話文が多く、登場人物がSNSやメディアに対して感じていることを言う場面が所々であります。その登場人物の一言一言に鳥肌が立ちました。

特に印象的なのは、中盤の浅沼さんと尚吾の会話、絋と鐘ヶ江が発した同じ言葉、終盤の絋が言った「ここ、っていう時に過る顔が、自分の行動を決めてくれる」、千紗と尚吾の会話です。最近では記憶にないくらい、読んでいてゾクゾクが止まらなかったです。


登場人物がそれぞれ物語の中で重要な役割を持っていると思いました。それはまさに、誰もがスターになれる今の時代を表しているようでした。

本作でスターと言える存在が主人公の尚吾と絋。しかし、彼らが監督を務めた作品『身体』で助監督を務めていた泉も、彼らのようにスポットライトが当たる時代になっている。その構図の分かりやすさも良かったと思います。

印象的なフレーズ

「時代を反映してるかとか、多様性やマイノリティを描けているかとか、そもそもそういう観点でジャッジする気も起きないっていう感じ。ていうか、最新の価値観を反映してるからって映画としてクオリティが高いわけでもないしさ。そもそも、一作で多様性描こうとしてる人多すぎじゃない?多様性って一人でやるもんでも一作でやるもんでもなくてさ、同時代に色んな人がいて色んな作品があること、じゃん。色んな極端が同時にあるっていう状態が"多様性"なわけで、私たちは一つの極端でしかないわけじゃん。そんなの当たり前だったはずなのに、そこがごちゃ混ぜになってる感じない?今って」

『スター』

名もなき者が話題に上り、一瞬で有名人になる。だが、忘れ去られるのも一瞬。力強い音が響いた気はするが、何だ何だ、と思っているうちに、もう次の音が鳴っている。人々の目に映っているのは、特徴的な音を轟かせた発生源の正体ではなく、たくさんの音が鳴っている賑やかさそのものなのだ。誰がどんな音をどんなふうに鳴らしたのかはどうでもいい。そこらじゅうで色んな音が鳴っている喧騒の中で踊るのが、楽しいのだ。

『スター』

「世の中にあるものって結局、文脈とか関係性、もっと言うと歴史とか背景とか、そういうものから完全に脱することってできない気がする」

『スター』

「どんな世界にも、信じるものを揺るがそうとしてくる人間はいるということです」
「だからきっと、どんな世界にいたって、悪い遺伝子に巻き込まれないことが大切なんです。一番怖いのは、知らないうちに悪い遺伝子に触れることで、自分も生まれ変わってしまうことです」

『スター』

「どんな人でも何かを発信できるようになったとして、受信するのはいつでも変わらず人の心なんです。発信が時代と共にどんな風に変わっても、受信はいつでも人の心なんです。心には大きいも小さいもありません。老化に悩む人もヒルドイドを必要とする人もパワハラを心配する人も、みんな、本気で感情を動かしているんです。その本気に向き合うだけの精査は、必要なはずです」

『スター』

「いつでもどこでも作品を楽しめる環境がもっと浸透すれば、受け手が作品を欲する頻度は上がる。そうすると、作品がこの世界を循環する速度が上がる。だけど、だからといって、一つ一つの作品を完成させる速度も上げられるわけじゃない」

『スター』

「波はいつだって生まれている。作品を取り巻く環境はどんどん変わる。時代と共に、映画の良し悪しを決める物差しすら、何もかもが容赦なく変わっていく」

『スター』

「待つ。ただそれだけのことが、俺たちは、どんどん下手になっている」

『スター』

「ここ、っていう時に過る顔が、自分の行動を決めてくれるってこと、確かにあるよな。そのときの決断って不思議と、その人のためとかそういう押しつけがましい感じもなくてさ、失敗したとしても充実感はあるっていうか」

『スター』

「この世の中に騙す人と騙される人がいるとして、騙す人のほうが先にいるって思いすぎてたかも、って思ってる。むしろ、騙す人よりも、"今はそれに騙されていたい"っていう人のほうが多いのかもしれないなって」

『スター』

「本当は比べられないものを比べ続けてたら、いつか、本当は切り捨てちゃいけないものを切り捨てちゃいそうな気がする」

『スター』

「そもそも欲求には大も小も上下もなくて、色んな種類があるだけなんだよね」

『スター』

これからの社会を生きる中での指針となる1冊になった

朝井さんの作品を読むと物事の見方の解像度が変わる感覚がありますが、『スター』はまさにそんな感じでした。凄さを通り越して怖さを感じています。まだ4月ですが、2023年読んだ本でベスト10に入る可能性は限りなく高いです。

これからの社会を生きる中での指針となる1冊になりました。時間が経ってから読み返したいです。

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