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ギャラリーオーナーの本棚 #4 関係し合うから存在する-『世界は「関係」でできている』

エレガントな物理学書

こむずかしい量子物理学の書籍としては異例のヒットを飛ばすイタリアの物理学者・カルロ・ロヴェッリ。

ヒットの理由は単に「分かりやすさ」ではないようです。本書も、その前作の『時間は存在しない』(カルロ・ロヴェッリ著 / NHK出版)も、やっぱり概念的に理解できないところはあります。それは量子の世界があまりにも、私たちの学んできた古典物理の枠組みとかけ離れているから仕方がない(ちなみに私は古典物理でさえ、大学時代の授業で追試を受けさせられて、さらに教授の情けで「可」をもらったくらいです)。

多くの人を魅了したのは、おそらく彼の「世界の新しい見方を提示したい」という純粋なモチベーションと、物理学を無機質な物質の世界に閉じ込めておかない感受性、「エレガントさ」なのだと思います。
カルロさんーーと呼びたくなるほどこの人は文章で親しみを抱かせるのですーーの滑らかでユーモアに満ちた語り口に任せておけば、物理学が苦手でも、量子の深淵な世界を垣間見ることができます。

「空」の思想と量子物理学の共鳴

私が特に関心を持ったのは、2〜3世紀のインド仏教の僧・龍樹(ナーガールジュナ)の「空」の思想との共鳴でした。

龍樹のこともまだまだ知り始めたばかりだったので、まったく別の文脈で読み始めたこの本の中に龍樹が現れて驚きましたが(カルロさんの著書では「ナーガールジュナ」と呼ばれています)、日本人の仏教研究者によって書かれた龍樹の本を読むよりも、むしろイタリア人の量子物理学者によって書かれたこの本によって、龍樹の理解が深まったと言えます。

一切諸法は因縁によって生ずるから自性(じしょう)はない。これを真実の空(くう)とする。

すべての物事は関係によって生ずるから、それのみで独立したものはない。龍樹の著作*とされる『大智度論』からの引用です。〔*漢訳のみしか存在せず、龍樹の真作であるかどうか疑問は残ったままになっている。〕

また、別の『中論頌』ではこう述べています。

自性と他性がないとき、どうして存在があるだろう。自性と他性があるとき、存在は成り立つのである。

対象物のあらゆる属性は、他の対象物に関してのみそのような属性として存在する。これは量子力学では状況依存性(コンテクスチュアリティ)と呼ばれています。
また、2つの対象物が(離れていても)非常に強い相関関係を持っている状態を「エンタングルメント(=量子もつれ)」と言い、この量子もつれはそれを観察する第3の存在をもって初めて成立します。

互いを結び目としながら、網の目のようにつながり合い、関係し合う世界。これは縁起の思想そのものではないですか。

文化とは時間も領域も超えた対話

カルロさんは、龍樹の思想は絶対の真理を説くようなものではなく、むしろ様々に解釈できるということはそれだけ私たちに語りかける力を持っているということだ、と言います。彼の文化に対する見方に共感したので、ここに引用しておきます。

わたしたちは今、二千年前のインドの修行僧が実際に何を考えていたかに興味があるわけではない。(中略)わたしたちを引きつけるのは、修行僧の残した文章が発する着想の力なのだ。何世代にもわたる注釈によってさらに豊かになったそれらの文章が、わたしたちの文化やわたしたちの知識と交叉することで、どのような思索の新空間を開いてくれるのか、そこに関心がある。これがまさに文化の意味するところで、文化とは、経験や知識、そして何よりも他者とのやり取りを糧としてわたしたちを豊かにしてくれる、果てしない対話なのである。

『世界は「関係」でできている』カルロ・ロヴェッリ著 / NHK出版


龍樹の語った(そして後世の人たちが注釈をつけた)空の思想にインスピレーションを受けたカルロさんが本を書き、その本から数多くのヒントを得て私は自分のギャラリーで行う年間プログラムの構想をまとめることができました。(Gallery Pictor 2022年プログラム《中心はどこにでもあり、多数ある》

「世界の新しい見方を提示する」カルロ・ワールド。この体験をシェアする読書会を4月6日(水)・4月20日(水)にオンラインで開催します。本を読んでこなくても大丈夫!ご興味ある方はぜひご参加下さい。

Gallery Pictor 学びをシェアする読書会《関係し合うから存在する - 量子物理学が「空」の思想に迫る》
第1回: 4月6日(水) 20:00-21:30
第2回: 4月20日(水) 20:00-21:30


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