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リクエストを詰めて

「おべんとうにおくらのにくまきいれてほしいなー」

ある夜、年長さんがそう言った。

我が子の通う幼稚園は、毎日お弁当を持参している。ズボラな私は毎日ほぼ同じ、「チキンナゲットかミートボール、卵焼き、ブロッコリーとベーコンの炒めたやつ、冷凍のスパゲッティ」という組み合わせでどうにかこうにかやり過ごしているのだけれど、この間、珍しく例外の日があった。オクラの肉巻きを1切れ、端っこに入れてみたのだ。

夏休み前、幼稚園でオクラを収穫し、園で調理してお味噌汁にしてもらった時、うちの年長さんは食べられなかった。その気持ちは大いにわかる、舌触りがザラザラして硬いし、なんだか粘つくし、私自身も幼少期は食べられなかった。
私自身がオクラを食べられるようになったのは、ある時母が、オクラに豚肉を巻いて、焼いたんだか、フライにしたんだか、とにかくそういうものを作ってくれた時だ。「あれ?これなら食べられるぞ」と思って克服したのだ。

夏休みに入ってすぐの頃、試しにオクラの肉巻きを作ってみた。私はフライがうまくできない人間なので、こういう時は焼き一択である。
食卓に並べてしまうと、頑固な我が子は「一口試してみて」と言っても断固拒否してしまう。なので、作った段階でキッチンに呼び、「ちょっと味見してみてくれる?」と聞いた。こうすると食べてくれるパターンがあると、テレビでみたからだ。

答えは、NOだった。

味見作戦、我が子には効かなかったか……と少しガッカリしたが、別にオクラの肉巻きは大人が食べたらいいので後悔はない。取り分が増えてラッキー、とすら思う。

ところが、そのあと、ものの2〜3分もしたら、年長さんが自らキッチンに戻ってきた。

「やっぱりたべてみたくなっちゃった」

よーしよしよし、よし。どうぞ、ぜひ、食べてみてください。

嬉しくなりながら、一本を3つくらいに切って、ひと切れ口に放り込んでみた。味付けは、最近子どもがお気に入りの、焼肉のタレだ。

一口食べて、「おいしい!」というリアクションが返ってきた時、私は内心ガッツポーズをした。「食べれる」じゃなくて「おいしい」のだ。嬉しかった。
「もっとたべたい」と結局その場で一本分食べた年長さんは、夕飯でもモリモリおかわりしてくれた。

そのオクラの肉巻き、夏の間に何度か食卓に並べたが、やはり年長さんにも気分のムラがあるので、食べたり食べなかったりまちまちだ。
ある晩も、せっかく作ったがちっとも手をつけてくれず、いくつも残ってしまった。私が翌日のお昼ご飯にでもすればいいので、残る分には特に悲しみもないのだけれど、「あんなに食べるポテンシャルがある子が手をつけてくれていない」ということが、なんとなく悔しかった。だから、お弁当に、いつものチキンナゲットの横に、小さめの一切れを忍ばせてみようと思ったのだ。
お弁当に入れて食べてくれたら、もしかしたら担任の先生の目に留まって、「食べられるようになったんだね!」と褒めてもらえるかもしれない。一方で、「いつもとちがう」ということに戸惑って、口にしないで帰ってくることも十分考えられた。実際、家で食べるからと入れたピーマンの副菜は、お弁当に入れたら8割残されていたことがある。

朝の見送りの際、念のため言葉で伝えてみた。
「今日のお弁当には、オクラの肉巻きが入ってるからね。食べられそうなら挑戦してね。無理なら残してきてもいいよ」
わかったー、と出て行った子供の弁当箱は、ピカピカになって返ってきた。

と、そこまでが、【私がお弁当にオクラの肉巻きを入れてみた話】である。
ここで冒頭に戻ろう。

「おべんとうにおくらのにくまきいれてほしい」

そう年長さんが言ったのは、オクラの肉巻き入り弁当をピカピカにして帰宅した翌日のことだった。冷蔵庫にオクラも、それにふさわしい豚バラ肉もない夜に、そんなことを言われて、「じゃあ明日のお弁当に入れてあげるね」と言える親はどれくらいいるだろうか。私には、無理だ。

「明日お買い物行って、あさってのお弁当になら入れてあげられるよ」と伝えると、「やだ、あしたがいい」としばらく駄々をこねた。そんなに気に入ったのか、オクラの肉巻きが。

どうにか説得し、次の日約束通りオクラとバラ肉を購入した。本当のことを言えば、夜ご飯に作って少し避けておいて、朝は詰めるだけ、という状態に持っていきたかったのだけれど、その日は色々あって段取りがうまくいかず、朝作るしかない状況に陥ってしまった。
いつもはレンチンで済むようなおかず中心だからどうにか間に合っているようなものなのに、果たして朝、オクラの肉巻きを作る余裕なんてあるのだろうか。布団に入りながら、私は不安でいっぱいだった。子どもの期待を裏切るわけにはいかない。けれど、朝からオクラに肉を巻いて焼くなんて、そんな面倒なこと、できるのか?この私が?
しかも、この日は園でイベントがあるため、「絶対に遅刻できない日」でもあった。プレッシャーが強くて嫌になる。

不安を感じながら寝たからだろう、夢にオクラが出てきた。
目覚ましの1時間以上前から細切れ睡眠が続き、目が開くたびに「オクラ……」「オクラ…………」と譫言のように繰り返した。
果たして、いつもより30分以上早く布団から起き上がることに成功したが、全く寝た気がしなかった。

早起きの甲斐あってどうにか無事に作り終え、いざ弁当箱に詰めようとした時、子どもが意外なことを言った。

「オクラ、二つでいいよ」

2〜3等分にしたオクラの二つ分でいいというのだ。それはちょっと、少なくないか。今回は前と違ってナゲットなんかは用意してないし。

メインだし、4切れは入れたかった私と、リクエストまでしておいて2切れでいいという子ども、押し問答の末、お弁当には3切れのオクラの肉巻きが詰め込まれた。

子どもの思った通りの仕上がりだっただろうか、ちゃんと食べられただろうか、とやや気を揉みながら1日を過ごし、帰宅した我が子が差し出したお弁当は、綺麗に空っぽになっていた。

本当は、リクエストに応えるのはちょっと面倒くさいのだけど。
ピカピカのお弁当箱を見ると、「作ってよかったなあ」なんて思う。
親ってチョロいのだ。

でも、食材に追われる夢は、当分勘弁してほしいなあ。

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