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Packy McCormickの成功物語 : Not Boring立ち上げから成功まで

起業のきっかけと経緯

Packy McCormick(パッキー・マコーミック)は、もともと金融とテック業界でキャリアを積んでいました。大学卒業後にメリルリンチで投資銀行業務に携わり、その後ニューヨークのスタートアップ企業Breatherで副社長(VP)に就任しています​。

しかし2019年、新たに就任した経営陣の進む方向性に共感できず、また自分のメンターであった上司も退社したことから、マコーミック自身も安定した職を離れる決断をしました​。

高額なニューヨークの生活費を抱えながらも退職に踏み切ったのは、「自分で何かを始めたい」という起業家精神に火が付いたからでした。

退職後、彼は“Not Boring”という名のソーシャルクラブ(社交クラブ)を発案します。これはリアルな場で人々が集まり、ディベート(討論会)やネットワーキングを行うコミュニティで、学校の課外活動のような大人の社交クラブを目指したものでした​。

名前の通り「退屈じゃない」場を作るという意気込みで、このアイデアを実現すべく準備を進めます。同時期にマコーミックは、David Perell(デイビッド・ペレル)のライティング講座「Write of Passage」を受講して文章術を学んでおり、その課題として「Per My Last Email」というメールニュースレターを書き始めていました​。

この講座で提唱された「パーソナル・モノポリー(Personal Monopoly)」、つまり「自分だけが語れる独自の交差領域を見つける」というコンセプトは彼に大きな影響を与えています​。

マコーミックはもともとビジネス戦略について書きたいと考えていましたが、既に権威的なニュースレターであるベン・トンプソンのStratecheryが存在していました。そこで彼は、自分なら「テック業界のビジネス戦略をもっと楽しく語れるはずだ」と考え、ポップカルチャーの要素やユーモアを織り交ぜて伝えるスタイルを模索します​。

幼少期からスポーツジャーナリストのビル・シモンズのファンであった彼は、スポーツにポップ文化を巧みに混ぜるシモンズの手法にヒントを得て​、「真面目すぎず面白い」ビジネス分析という自身の路線を見出しました。それが彼の言う“Not Boring”(退屈じゃない)というコンセプトそのものだったのです。

こうしてマコーミックはソーシャルクラブ事業メールニュースレター執筆という二つの活動を並行して進めていきます。2020年1月、彼はまずNot Boringクラブを正式にローンチし、ブログ投稿でその趣旨を発表しました​。

ニューヨークで社交ディナーやクイズナイト(雑学大会)などのイベントを開催し始めます​。

しかし、不運にも立ち上げ直後に新型コロナウイルスのパンデミックが襲い、ニューヨークはロックダウン(都市封鎖)状態に陥りました​。

人がリアルに集まること自体が困難になり、「人を集めて退屈しない場を作る」というクラブ事業の中核は頓挫してしまいます。加えてマコーミック自身、1年間クラブ運営に尽力する中で感じたのは、スポンサー集めや1対1の営業行為にあまり楽しさを見いだせないということでした​。

一方で、副業で続けていたニュースレター執筆は44号も積み重ねており、こちらは大いに楽しんで取り組めていたのです。

タイミング悪くリアルイベントは壊滅しましたが、皮肉にも「文章を書くこと」の魅力と手応えをマコーミックに再認識させる結果となりました。

そして2020年4月、人生の大きな転機が訪れます。マコーミックの妻は当時まもなく出産を控えており、彼は「収入のない状態でこのままではいけない」という危機感を強めていました​

幸いオンライン上では自分の書いたニュースレターが読者から好評を博している。そこで彼は思い切った方針転換を行います。2020年4月2日、メールニュースレターを自ら立ち上げたクラブと統合し、ニュースレターの名称を「Not Boring」に改めることにしたのです​

コロナ禍でオフラインの「場」は失われましたが、その代わりにオンライン上で「退屈しないコンテンツ」を提供する場を作ろう、という発想でした。「今のNot Boring」の誕生です​。

マコーミックはここからニュースレター事業に専心し、クラブで実現したかった「コミュニティ形成」の思想も含めて、メールマガジン上で展開していくことになります。

初期の戦略と課題

正式に「Not Boring」と銘打ったニュースレターを開始したマコーミックは、まずコンテンツ制作に全力投球します。週2回(月曜と木曜)必ず記事を配信するペースで執筆を続け、どんな状況でも締切を守りました​。

このコンスタントな発信が功を奏し、リブランディングから1か月後の2020年5月には購読者数が早くも1,500名に達し、手応えを感じ始めます​。

購読者ゼロからのスタートとしては順調な滑り出しで、これは読者に刺さる独自のコンテンツスタイルが徐々に支持を集めた結果でした。

Not Boring創刊当初から、マコーミックは「深い分析」と「遊び心」のバランスを意識した記事作りを行っています。例えば2020年5月に配信した「神韻(Shen Yun)の帝国から学ぶスタートアップ経済学」という記事では、中国の伝統舞踊ショー団体による意外なビジネス成功例を取り上げ、約2,400語(16ページ)の長文にわたって詳細な分析を展開しました​。

しかしその内容は単なる堅い解説ではなく、関連するツイートの引用やミーム画像、ユーモラスな表現を散りばめ、読者を飽きさせない工夫が凝らされています​。

専門的な情報とポップな要素を融合させたこの「長いのにサクサク読める」文体は大変好評で、読了後には思わず誰かにシェアしたくなるような仕上がりでした​。

事実、ユーモアと洞察を兼ね備えたこの執筆スタイルが読者の口コミを呼び、Not Boringの初期成長を支える原動力となりました。

とはいえ、初期フェーズの課題も数多く存在しました。最大の問題は「収益がないこと」でした。前述の通りマコーミックは仕事を辞めてこの活動にフルコミットしており、ニュースレター自体も無料で提供していたため、開始当初は一切の収入がありません。

ニューヨークでの生活費やこれから生まれてくる子供のことを考えると、趣味的に文章を書き続けるだけでは長続きしないのは明白でした。彼は自ら「無料のニュースレターを書いているだけではお金は魔法のようには降ってこない」と述べており、このままではいけないと痛感していたのです​。

収益化がままならない中でも、彼は「まず良いコンテンツを書き続ける」ことを戦略の中心に据えました。マコーミックは成長のために100ものアイデアをリストアップして実験もしています。たとえば初期の試みの一つに、カーダシアン一家のファンが集まるRedditのサブレディット(掲示板)に関連投稿をして自分の記事への関心を誘おうとしたことがありました​。

しかしこの策は功を奏さず、コミュニティのルールに触れたのか結果的に自分の投稿ごとシャドウバン(非表示化)されてしまうという失敗も経験しています​

こうしたグロースハック(成長施策)的な試行錯誤も行ったものの、マコーミックがすぐに悟ったのは「小手先のテクニックよりも内容の質そのものが最重要」というシンプルな事実でした。彼は「成長のために時間を費やすくらいなら、その時間でより良い文章を書く方が良い」と考え直し、以降は執筆そのものにエネルギーを注ぐようになります​。

実際、「読者が賢い友人にシェアしたくなるような価値あるコンテンツを提供し続けることが成長の鍵だ」と彼自身語っており、質の高い記事が最良のマーケティングであるという信念を貫きました​。

コミュニティとの共創も初期戦略の一つでした。Not Boringの読者は当初は知人やオンラインでつながった少人数から始まりましたが、マコーミックは彼らとの距離を縮め濃い関係性を築くことに注力します。ニュースレターの挨拶では「こんにちは、友人のみなさん」と呼びかけ​、「Not Boringファミリー」という表現で読者を仲間として迎え入れました​。

また初期のニュースレター記事の末尾では頻繁に読者に問いかけを行い、例えば「Not Boringに有料版ができたら支払いますか?何を提供すればお金を払いたいと思いますか?」と率直に質問し、コミュニティからフィードバックを集めています​。

こうした双方向のやりとりは読者のロイヤリティ(忠誠心)を高め、単なる一方向の配信で終わらないファンベースを築く下地となりました。

初期の大きな岐路となったのは、「収益化モデルをどうするか」という判断です。収入ゼロの状態を脱するために、当初マコーミックは有料課金制(サブスクリプション)の導入も検討しました。ニュースレター開始から1年以内に有料版を開始し、1年後までに家賃(住宅ローン)が賄えるくらいの収益を上げる――そんな目標を2020年5月時点では掲げていたのです​​。

彼は有料化に際してどんな追加コンテンツなら読者がお金を払いたいと思うか意見を募り、コミュニティ、ケーススタディ、インタビュー、動画、グッズなど様々なアイデアを「クレイジーなものでも教えてほしい」と呼びかけました​。

読者との対話を通じ、どのような形なら価値提供と収益を両立できるか模索したのです。もっとも、この時点では明確な答えは出ておらず、引き続きまずは読者数の拡大とコンテンツの充実に焦点を当てていました

成長と収益化

2020年春から夏にかけて、Not Boringの読者数は着実に増加していきました。しかしマコーミックはさらなる飛躍のきっかけを作るべく、一つの大きな施策を打ちます。それがProduct Huntでの発表です。Product Hunt(プロダクトハント)は新興プロダクトやサービスを紹介・評価する有名なプラットフォームで、テック業界のアーリーアダプターが多数集まる場です。マコーミックはニュースレター専用のサイト「notboring.co」を立ち上げると、2020年6月にこれをProduct Huntに登録しました​。

そして既存の loyal なメール購読者たちに「ぜひProduct Huntで投票(Upvote)してください」と呼びかけ、草の根的な支援を募ったのです​。

その結果、Not BoringはProduct Huntの「本日の人気プロダクト」第2位に選出され、大きな注目を集めました​。

この出来事を境に、ニュースレターの成長曲線は一変します。それまで緩やかだった購読者増加が、一気にロケットのような急上昇カーブへと転じたのです​。

Product Huntでの露出により、それまで届かなかった層にもNot Boringの存在が知れ渡り、ほんの数日で数千単位の新規読者を獲得しました(実際、わずか2~3日で8千人以上の購読者を得たとも報じられています​)。この成功により、「質の高いコンテンツ + 無料公開 + バイラルな拡散」という組み合わせが威力を発揮し始めます。

マコーミックは引き続き読者数拡大と収益化の両立に取り組みました。特に2020年後半、彼は当初考えていた有料課金モデルではなくスポンサーシップモデルで収益を上げていく道を選択します​。

これは、ニュースレターの一部または全部を有料化する代わりに、企業スポンサーから広告料を得る方式です。当時同じく人気ニュースレターを運営していたAnthony Pompliano(通称Pomp)やLenny Rachitsky(レニーのニュースレターの著者)などは有料課金で成功していましたが、マコーミックは「Not Boringの成長スピードであればスポンサー収入の方が収益性が高い」と判断しました​。

彼はこの決断に至った理由をTwitterのスレッドで丁寧に説明し、読者にも方針転換の背景を共有しています​。

透明性の高い情報開示によって、読者はこの転換を理解し「自分たちが彼を支えている」という共感を持って受け入れました。

スポンサー方式にしたことでコンテンツは引き続き全て無料公開を維持でき、読者層の拡大には一切ブレーキがかからなかった点も大きなメリットでした。

スポンサーシップモデルの採用に伴い、Not Boringには新しい記事形態が生まれました。それが毎週木曜配信の「スポンサード・ディープダイブ(Sponsored Deep Dive)」です。これはスポンサー企業となったスタートアップについてマコーミックが徹底的にリサーチし、長文の記事(場合によっては1万語を超えることも)にまとめたものです​。

単なる広告記事ではなく、その企業のビジネスモデルや市場、将来性について掘り下げる特集記事の形を取っているのが特徴です。読者にとっては通常なかなか知り得ない新興企業の詳細な分析を無料で読めるメリットがあり、スポンサー企業にとっては自社を知的好奇心旺盛な読者層にアピールできる機会となります。マコーミック自身、このスポンサー記事で取り上げる企業にはエンジェル投資家として資金を投じることも多く​、自らも「スキン・イン・ザ・ゲーム(skin in the game)」の状態、すなわち当事者意識と責任を持って分析記事を書いている点もユニークです。記事の末尾には毎回詳細なディスクレーマー(免責事項)を掲載し、自身がどのような立場でその企業と関わっているかを明示することで、公平性と信頼性を確保しています​。

このような独創的なマネタイズ手法のおかげで、Not Boringの収益は着実に伸びていきました。スポンサー付き長文記事は毎週木曜に1本配信され、月曜配信の通常記事にもスポンサー広告枠を設けることで収入を得ています。マコーミックは2020年9月頃からスポンサーを受け付け始めましたが、その後スポンサー希望の企業は殺到し、「1社スポンサードするたびに、新たに20社が『うちも掲載してほしい』と依頼してくる」ほどの人気になったといいます​。

2020年末までのスポンサー枠は彼がTwitterで募集告知をした直後に全て埋まってしまったほどでした​。

収益はまさに右肩上がりで、マコーミック自身が2021年頃に「年内に100万ドル(約1.1億円)稼ぐことを目標」と語った通り、創刊からわずか2年で年商100万ドル規模の事業へ成長しています​。

これはどんなスタートアップでも驚異的な伸びであり、個人発のニュースレター事業としては異例の成功スピードです​。

収益化に成功したNot Boringは、さらにそのビジネスモデルを拡張していきます。マコーミックはニュースレターで培ったネットワークと信頼を活用し、読者コミュニティを母体とした投資活動にも乗り出しました。まず2020年夏頃、彼は自身の読者や知人たちとともにスタートアップに出資するエンジェル投資のシンジケート「Not Boring Syndicate」を立ち上げます​。

これはAngelListというプラットフォーム上で運営され、資格を持つ希望者はマコーミックと一緒に非公開企業への投資案件に参加できるというものです。

彼がニュースレターで取り上げた有望企業には自然と投資家の関心も集まるため、その注目度の高さを資金調達に繋げる形です。実際、シンジケート開始から最初の1年で合計200万ドルを14社のスタートアップに投資する成果を上げており​、ニュースレター発のコミュニティがスタートアップ投資のエコシステムとして機能し始めました。さらに2021年7月には、本格的なベンチャーキャピタルファンド「Not Boring Capital」の設立を発表します​。

これは複数の出資者(リミテッドパートナー、LP)から集めた総額800万ドルのファンドで、マコーミック自身がゼネラルパートナーとしてより大きな金額をスタートアップに投資できる体制を整えました​。

このようにNot Boringは単なるニュースレターに留まらず、メディアと投資を組み合わせたユニークなビジネスへ発展したのです。

加えて、読者コミュニティの価値をさらに高める新サービスとして「Not Boring Talent Collective」も開始されています​。

これはNot Boring読者の中から転職やキャリアに興味のある人材を募り、その人材を採用したい企業とのマッチングを図る求人プラットフォームです​。

Not Boringのコンテンツを好んで読む人々はテクノロジーやスタートアップに強い関心と知見を持つ層であるため、企業側から見ると魅力的な採用ターゲットになります​。

Talent Collectiveに登録した企業は、Not Boringコミュニティに向けて求人情報を掲載でき、採用が成立した場合に料金を支払うモデルです​​。

このようにマコーミックはニュースレター読者との信頼関係を軸に、新たな付加価値サービスを生み出し収益源を多角化しています。ニュースレター、スポンサー広告、投資ファンド、そして人材ネットワークと、複数の収益の柱ができたことでビジネスは一層安定し、外部環境の変化にも強い体制が整いました。

読者との関係構築

Packy McCormickが短期間でここまで成功できた背景には、読者との強固な関係構築が欠かせません。彼は創刊当初から読者を単なる「顧客」ではなく仲間(コミュニティ)として扱いました。その象徴がニュースレター冒頭の呼びかけ「Hi friends,(こんにちは、友人のみなさん)」であり、Not Boringの購読者を「成長する家族」のように表現した姿勢です​。

読者同士や著者との間に連帯感を生み、「一緒にこの場を作っている」という意識を醸成したことが、ロイヤルティの高いファン層の形成につながりました。

また、前述のように透明性と双方向コミュニケーションを重視したことも信頼構築に寄与しています。マコーミックは自身の戦略や事業の見通しを積極的に読者と共有しました。例えば有料版導入を検討した際にはアンケート的に読者の意見を求め、有益な提案には耳を傾けています​。

スポンサーシップモデルへの転換時もTwitterで理由を細かく説明し、読者に経緯をオープンに伝えました​。

こうした透明性ある姿勢により、読者は運営側の意図を理解しやすくなり、「自分たちもNot Boringの成長を支えているんだ」という当事者意識を持つようになります​。

事実、スポンサー募集のツイートに多くの読者が反応し、マコーミックの収益化を後押ししたことがその証と言えるでしょう。

コミュニティ参加型の仕組みづくりも積極的に行われました。ニュースレター内でゲストライター記事を掲載し、読者から投稿を募る試みもその一つです。実際、クラウドキッチン業界の分析記事を読者のJeremy氏が寄稿したり、著名人夫妻(キムとカニエ)についてAli氏が執筆するなど、マコーミック以外の声を取り入れる企画をスタートしています​。

また「あなたが思う世界のビルダーやショットコーラー(決定権者)は?」といったテーマで読者から推薦を募り、それらをまとめて紹介するコンテンツも手がけました​。

さらにSubstack(配信プラットフォーム)のコメント欄も活用し、読者同士が議論できる場を提供しています​。

これらの取り組みにより、読者は単に受動的にコンテンツを消費するだけでなく、自分たちもコミュニティの価値創造に参加していると感じられるようになりました。「Not Boringは自分たちの場でもある」という帰属意識が芽生えたことで、ブランドに対する愛着が一層深まったのです。

マコーミック自身もソーシャルメディアを駆使して読者と交流しています。特にTwitter上での活動は顕著で、日々の考えや記事のハイライトをツイートし、フィードバックに返信するなど、フットワーク軽くコミュニケーションを図りました。彼は執筆だけでなくTwitterでの発信にも相当の時間を割いており、ここで新規読者との接点を広げています​。

「常にオンラインで、ニュースレターを書き、ツイートし、起業家と話している」と自認するほどで​、その積極姿勢が功を奏してTwitter上で記事がバイラル(拡散)するケースも生まれました。例えば2020年8月、彼がテンセント(Tencent)という中国の巨大テック企業について連続ツイート(スレッド)したところ、「Tencentほどユニークな企業はない。Facebook、PayPal、Nintendo、Spotify、Netflix、Shopifyを全部合わせ持ち、さらに21世紀のバークシャー・ハサウェイの側面もある。しかしアメリカ人はこの会社のことをほとんど知らない…」といった内容が大きな話題を呼びました​。

このツイートは多くのリツイートといいねを獲得し、その翌日に公開したNot BoringのTencent特集(2部構成、合計1万語超)は累計10万回以上も閲覧される大ヒット記事となったのです​。

SNSでの盛り上がりがそのままニュースレターのトラフィック(アクセス)増加に直結した好例であり、マコーミックはTwitterを読者獲得チャネルとして巧みに活用しました。もっとも、近年はTwitter側のアルゴリズム変更もあってリンクのリーチが制限される傾向が強まったため、彼自身は「フォロワー数を増やすことに以前ほど熱心ではない」とも語っています​。

TikTokやInstagramといった新興プラットフォームにも無理に進出せず、本当に届けたい相手に価値ある情報が届けばそれで十分だという姿勢です​。

このように「質の高い少数の読者」を大切にする方針は、かえってコアファンの結束を強め、口コミによる自然な広がりを生み出す結果につながっています。

さらに見逃せないポイントは、ブランドの一貫性と著者の人格が読者との絆を深めていることです。Not Boringというブランドは、その名の通り「退屈でない」ことを何より重視しています。マコーミックは自身の楽観的でユーモアあふれるキャラクターを前面に出し、それを偽らず発信してきました​。

彼は「本当の自分ではないキャラを演じて毎週コンテンツを書くなんて疲れ果ててできない」と述べており​、等身大の自分で勝負することを信条としています。その結果、文章の語り口はあたかも友人から話を聞いているかのように会話的で親しみやすいものとなり、多くの読者が「パッキー(マコーミック)の人柄」に魅了されています。読者との距離感が近いため、多少長い記事でも読了後には彼に対して「よくやった、面白かった!」と声を掛けたくなるような、そんな不思議な連帯感が生まれるのです。

加えて、Not Boringのポジティブな編集方針も読者から信頼を得る要因です。テック業界の論評では辛辣な批判記事やゴシップ的な内容が注目を集めることも少なくありませんが、Not Boringは決して企業を悪意で断罪するような記事を書かないと明言しています​。

マコーミック自身「Not Boringは徹底して楽観的な場所だ。企業の欠点をあげつらうようなことは決してしない」と述べており​、あくまで将来を創る挑戦者たちの応援者という立場を貫いています。この前向きなスタンスはスタートアップの創業者からも高く評価され、彼が企業を取り上げるとその創業者自らSNSで感謝と称賛の声を上げることもしばしばです​。

読者にとっても、読むと嫌な気持ちになる批評ではなく建設的で元気の出る情報が得られるため、「次もまた読みたい」「友人にも勧めたい」と感じる原動力になっています。

現在の成功要因

最後に、競争の激しいニュースレター市場でNot Boringが現在も成功し続けている要因を整理します。Packy McCormickとNot Boringの軌跡から浮かび上がる主な成功要因は以下の通りです。

  • 独自のコンテンツスタイル: 単なるニュースや分析に留まらず、ビジネス戦略×ポップカルチャーという個性的な切り口で勝負した点が群を抜いています。他にはない「楽しくて深い」コンテンツは読者の心を掴みました。ある評価者は「ベン・トンプソン(Stratechery)とビル・シモンズ(スポーツ×ポップカルチャーの名物ライター)の子供がいたら、それはNot Boringだ」と表現しています​

  • 圧倒的なコンシステンシー(継続性): 創刊以来、一貫して週2回の配信を続けるという継続力は特筆に値します​

  • 読者ファーストの戦略: 「コンテンツは常に無料で」という方針を貫いたことで、読者層の裾野を最大限に広げられました​

  • ネットワーク効果とフライホイール: Not Boringは「書き手が投資家でもある」というユニークなエコシステムを構築しました。質の高い記事が読者(特に起業家や投資家層)を引きつけ、その結果マコーミックに舞い込むスタートアップの投資案件(ディールフロー)が増加します。彼は得た洞察を元にさらに深い記事を書き、またそれが評判を呼んで新たな読者と案件を呼び込む――こうしたフライホイール効果が回り始めると、もはや外部から容易に揺るがせない強力な循環が生まれました​

  • コミュニティとブランドの力: 単なるメールマガジンを超えて、一種のブランド・コミュニティを築いたことも大きな強みです。Not Boringという名前は今やテック業界で非常に強い認知と信頼を獲得しています。「世界でトップクラスのビジネスニュースレターであり、テクノロジー分野で最も強力なブランドの一つ」であると言われるほどです​

  • 絶え間ない適応とイノベーション: 急成長後も現状に甘んじず、新たな施策を次々と取り入れている点も成功の一因です。Substackの紹介プログラムがリリースされればすぐに活用し数日で数千人単位の新規読者を取り込む​

  • 情熱とオーセンティシティ(本物らしさ): そして何より、マコーミック本人の情熱と人柄が現在の成功を根底で支えています。彼は心からテクノロジーとビジネスが好きで、この分野の未来に対して楽観的な信念を持っています。だからこそ1回1万字を超えるような長文記事を毎週書き続けることが「苦行」ではなく「楽しい挑戦」になっているのです。彼自身「自分を偽っていたら毎週こんなことを続けるのは本当に難しい」と述べています

以上のような要因が重なり合い、Packy McCormickとNot Boringはニュースレターというビジネスで顕著な成功を収めています。その成果は数字にも表れており、2022年時点で購読者数18万人以上、年間推定300万ドル超のスポンサー収入を上げているとの試算もあります​。

創刊から数えてわずか数年でここまで成長した例は稀であり、まさにビジネスケーススタディとして語り継がれるべきエピソードとなりました。常識に捉われない発想でスタートし、読者コミュニティと共に進化し続けるNot Boringは、これからも競争の激しいクリエイター経済の中で独自の存在感を放ち続けるに違いありません。


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