食器:共産主義時代のボヘミアングラス
【金物屋の箱入り娘~出逢いは偶然に~】
クソみたいな1日だ。会社の用事で、地元の金物屋を訪れたのは午前11時。
合鍵を作るというチャチな任務のため、このクソ暑い中で車を転がし10分。
手持ち無沙汰の俺は、空調の利いた金物屋の店内で、商品を物色していた。
この金物屋は道路拡張工事に引っ掛かり、数年前にリニューアルされた。
建物は真新しくなったが、位置は道路から数mほど奥まったに過ぎない。
俺が最後に来店したのは5年以上前、職場で使う鋏を買いに来た時以来だ。
リニューアル後の店内を覗けば、果たして古式ゆかしい金物屋そのものだ。
雑に並んだ陳列台、山盛りの商品、日焼けした化粧箱、埃を被った古参兵。
ショウケースの中には、いつ仕入れたか分からないコーヒーサイフォン。
……いや、ちょっと待て。並べられた商品に、何か妙な物が混じっている。
賃金は全日本で最底辺。加齢臭漂うセピア色のクソ田舎に相応しくない物。
色ガラスのデキャンタか。えらく、ハイカラなモンを置いてるじゃねえか。
華奢なデキャンタ、小さなグラス。装いは緑ガラスに金の帯、粋だねぇ。
金ラベルに【BOHEMIA Glass MADE IN CHECHOSLOVAKIA】と来たもんだ。
ボヘミアグラスと言やあ、世界に名だたる逸品だ……いやちょっと待て。
【MADE IN CHECHOSLOVAKIA】
だって!? おいおいおいおい待て待て待て待て、一体何年前の代物だ!?
チェコスロヴァキア製って、冷戦崩壊してから何年経つと思ってんだ!?
ソ連崩壊が1991年12月25日……チェコスロヴァキア分離が1993年1月1日。
単純に見積もって、26年以上前に製造されたものであることは明らかだ。
ていうか、そもラベルが旧国名なので、出荷すらそれ以前の可能性が高い。
俺の生まれは1991年なので、事によっちゃあ俺よりも年上じゃねえか!
ヘイ、こいつをようく見てみろよ、俺はガラス器ってやつに目がねえんだ。
緑のボディを金で縁取っただけの、美しくも飽きが来ねえ素朴なデザイン。
何よりチェッコのガラスだぜ、iwakiや東洋佐々木ガラスじゃねえんだぜ!
何より、こんなモンが何でこんな辺鄙な片田舎の金物屋に転がってんだ!?
どどどどうしよう、物凄く欲しくなってきたが、大金の持ち合わせがねえ!
爺さん、鍵はできたかい? 何、ブランクキーの保管場所が分からねえ?
ハァ……しょうがねぇなァ、ここで待ってても時間の無駄だし、出直すか。
あれセットで幾らするかなぁ、財布に万札1枚しか入ってねぇんだけど……。
チェコ村で見たボヘミアングラス、万は平気でする物ばっかだったよなぁ。
【……買っちゃった♡】
まぁそんなわけで俺は、会社の用事もそっちのけでウキウキ買い物タイム。
合鍵はちゃんと作ったぜ? 仕事だからな。だが手前のビズも大事なのさ。
自分で言うのも何だが、俺っていう人間は、そこんとこ要領いいわけ。
値段を聞いて正気を疑った。これで3,000円だぜ、3,000円。信じられるか?
値札なんか無ぇ、店主がショウケースから出して、気分でつけた値段だ。
俺は正直その3倍の値段は覚悟してたし、5倍しても買うか悩んだろうよ。
「バブル時代に仕入れたンかね? こんなん倉庫に幾らでも転がってるヨ」
とは店主(番頭の爺さんの息子)の談。良心的だが金稼ぐ気ねぇな……(笑)
言葉を裏付けるように、隣には赤色ガラスの水差しセットも置いていた。
まぁ一先ずデキャンタだな。見つけた時に買う……それが買い物の教訓だ。
大体な、破格の値段を提示されて、それでも買わないのはどうかしている。
俺は欲しいから値段を聞いたんだ。日和って先を越されたら後悔するぜ。
皆さんも、予想外の場所で予想外のブツと出くわした時はよく考えてくれ。
今目の前で見ているブツが、明日明後日と同じ場所にある保証はねえんだ。
これは誰かの受け売りじゃねえ、実体験だ。似た経験は皆さんもあるだろ?
【で、家に持ち帰ったわけだが……】
別に後悔はしてねぇんだが、予想以上に小さいっつーのが第一印象だな。
箱ナシ現物でスペックシートなんか当然無ぇから、容量も見当がつかねぇ。
仕方ねぇ、こいつは後で実際に計測するとして……まずは情報収集だな。
あったぜ。俺が買って帰ったブツと寸分違いのねぇ緑のデキャンタセット。
グラスは6個セットだったみてぇだな。1個バラ売りで消えちまったんだ。
店主が「これはバラ売りがどうの」と言ってた意味が、ようやく判ったぜ。
まぁいい、別に6個のグラスが5個や4個しか無かろうが、そう大差ねぇさ。
問題は値段だな。aucfanの新品参考価格は14,885円か、その辺が妥当だろ。
上記のオクは現状5,340円。俺が払ったのは3,000円……やっぱ破格値だな(笑)
これを読んでるヤツで、この手のガラスに興味あるヤツは居るだろうか?
俺とオソロを買えとは言わんが、興味があるならオクに入札すんのも手だ。
自分が興味なくとも、大事な人へのプレゼントに買うって手もアリかもな。
ショットグラス、ティスティンググラス、タンブラーとの大きさ比較だ。
容量の目安はショット:2oz、ティスティング:5oz、タンブラー:7ozだ。
左のデキャンタと、右のグラスがどれだけ細っこいかが良く分かるだろ?
さて、オンボロ料理はかりの出番だな。容器の重量に0点を合わせて……と。
何だ調整範囲外か……仕方ねぇ、水を入れて容器重量を差し引くとしよう。
デキャンタ:325g、蓋:115g。グラス:35~46gと出来に波があるな。
このガラス、遠目には気づかんが、近くで見ると細かい気泡が入っている。
ネットで調べた感じ、マシンメイドらしいんだが……共産主義の賜物か(笑)
公差が大きいというか、不揃いな手作り感というか……愛すべき大雑把さ。
さぁて、俺の愛用ナルゲンボトルと、新たな相棒ジガーカップの出番だ。
余談だが、このナルゲンボトルは頼れるタフガイで、オススメ度が高いぜ。
漏れないキャップ構造、0℃以下~100℃以上まで耐えるオールラウンダー。
しっかし、どう見てもこのデキャンタ、1,000mlも入りそうにねぇよな(笑)
ワインを開けて空気に馴染ませるのが元来の用途だから、必要十分かね。
ともかく、首の線まで入れれば520~540g(ml/cc)、まぁそんなもんか。
グラスは……まぁ予想はしてたが、縁までギリギリ入れて2ozと来たもんだ。
メートル法に翻訳すれば、30ml/1fl ozが相場だが、厳密な値ではねぇ。
アメリカ式(29.5735…ml/1fl oz)で計算すれば、59ml/2fl ozと出る。
まぁまぁ、総じていいんじゃねぇのというのが、計量を終えた感想だな。
デキャンタにペットボトルを1本開けて、キンキンに冷やせるって寸法だ。
水だって、麦茶だって、コーヒー、ジュース、酒だって何でもござれだ。
蓋の先端はすりガラス加工が施されてるが、密着性は微妙。過信は禁物だ。
氷が突っ込めないのは減点要因だが、冷凍庫には入れない方が賢明だぞ。
水は凍ると体積が増えるから、無理に冷凍させると最悪、破裂しちまうぜ。
【別に飾り物にするために買ったわけじゃない】
ボヘミアングラスが鉛ガラスじゃないことを知って、一先ずは安心だな(笑)
カリガラスという通称で、普通のクリスタルガラスとは組成が違うらしい。
何れにせよ、実用には関係ない話だな。最低限、水が漏れなきゃ合格点だ。
道具は使ってなんぼの物。オクの値段を見れば、リセールだって雀の涙だ。
QOL(Quality of Life)ってヤツ。日常の物をアップグレードしてこそだろ?
ガラスはいいぜ、風情がある。絵柄が擦り切れるまで使い込むのも一興だ。
ガラスは割れるからクソ、か? 否定はしない(が腰抜けだとは思う)。
陶器や磁器、強化ガラスだって割れるぜ(全面強化ガラスは破裂するぞ)。
それすら嫌ならプラスティックや金属製を使えばいい。要は好みの問題だ。
高価な洋食器は云々言うなら、お前とは意見が合わないからもう黙ってろ。
葉巻にマッチを使ったっていいし、紙巻にデュポンを使ったっていいさ。
日常使いにちょっと良い物……肩肘張らずにセンスを楽しむ、それが粋だ。
まぁ実のところ『こいつは店で使うのに良さそうだ』とは思ったけどな。
グラスが小さくて数があるから、試飲で少量ずつ出すには打ってつけだ。
パーティーとかで、大人数で飲むのにもいいよな(俺はやらないけど)。
まぁそんなわけで、今回もまんまと散財してしまったという記録だった。
余談だがラベルはすっかり固着していて、剥がすのに手間がかかった(笑)
それも愛嬌の一つと言うことで、な。ともかく、今日はこの辺でお開きだ。
From: slaughtercult
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