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『異世界でも本屋のバイトだが、アマゾネスのせいで潰れそうだ』第4回
≪アマゾンさん≫
僕がこの世界の本屋になって一番ビックリしたのは、官能小説コーナーにおける『半魚人モノ』の圧倒的な量だった。買うのはもちろん半魚人の男性たち。
店長は常連のアマゾンさんと談笑していた。基本的に半魚人たちは服を着ない、全身ヌルヌルだから。アマゾンさんは首に赤いマフラーを巻いているので仇名でそう呼んではいるが本名は知らない。
「何か、おぼしろそうなの、入った?」ビランス書院文庫の平台を見ながら(ビランスは北に位置する都市の名前)、アマゾンさんがくぐもった声を出した。
「これ何かどうですか?」店長が1冊手に取った。全身緑色の半魚人が白いエプロンをしている表紙。「裸エプロンですよ」
店長、彼らは常に裸ですけど。心の中でツッコミながら、僕は傍観を続ける。
「タイトルが『ぬるぬる新妻は発情中』。帯の文句が『玄関でキッチンで、所かまわず淫獣と化した新妻が襲い掛かってくる嬉しい悲鳴』」
「そでも買う」
アマゾンさんは結局、店長に勧められるまま新刊8点を全部買い、ご機嫌そうに店を出ていった。通常の文庫の値段が平均500イェンのところ、半魚人向けはツルツルの特殊加工の紙を使用するため1500イェン以上する。手がベトベトだから普通の紙だと読めないのだ。
「あれでアイツらも大変なんだよ」店長曰く、昔は彼らも狩られる側だったとのことだ。王宮に高級魚を献上するなど長年の努力が実って市民権を勝ち得た。だが、あの見た目とヌルヌルした身体は差別されることも多く、居住地も川のそばの掘っ立て小屋に限定されている。
「性格も穏やかだし、いい奴らなんだよ。魚獲りに関しちゃ競争相手もいないし金は結構持ってる。ところがどういうわけだか女の半魚人てのが絶対的に少ない。アマゾンさんの話じゃ20体1ぐらいの比率だってよ」
「可哀そうに…だから店長はいつもアマゾンさんに優しいんですね」
「いや、どっちかって言うと…取材?」レジの引き出しから先程売った『ぬるぬる新妻は発情中』のスリップを取り出すと店長は僕に渡した。著者が『小野飛翔』とある。小野…斧。飛翔…フライ。ま、まさか。
「そう、アックス・フライ。俺のペンネームだ」
「えーーー!」
こうして今日も、ありふれた1日が始まった。