「山水経」メモ⑨
「雲門匡真大師いはく、『東山水上行』」。
「雲門匡真大師」とは雲門宗の祖である雲門文偃(864~949年)のこと。「日日是好日」など有名な禅語を残しているが、「東山水上行」もそのひとつである。
「この道現成の宗旨は、諸山は『東山』なり、一切の東山は『水上行』なり。」
《このことばの本当の意味は、もろもろの山は「東山」であり、一切の東山は「水の上を流れ行く」のである。》
「諸山」というのは諸仏(仏祖たち)のことであるが、それは「山」という本来の自己に完全に目覚めた者のことである。「山」である本分に目覚めた者を「東山」という(「山水経」メモ⑥参照)。「水」とは「仏性」もしくは「法性」「虚空」など何と呼んでもいいが、「青山」(法身)のはたらきを意味する。したがって、一切の東山(=目覚めた者)は水(=仏性)の上を流れ行く、というのが「東山水上行」ということばの意味するところだろう。
「このゆゑに、九山迷廬等現成せり、修証せり。これを東山といふ。」
《このゆえに、須弥山を中心とした山々は現成し、仏道の修証が行われてきたのである。これを「東山」という。》
「九山迷廬」(須弥山を中心とした山々)というのは元来はインド仏教における古代の世界観を示すものであるが、ここでは「須弥山」と「青山」をかけており、須弥山という中心の山、つまり「青山」(法身)を親として、その子としての山々(仏祖たち)が現れることで、今日まで仏道の修証が連綿と行われてきたということを言っているのだろう。その仏祖たちを真の「東山」というのだと。
「しかあれども、 雲門いかでか東山の皮肉骨髄、修証活計に透脱ならん。」
《そうではあるが、雲門はどうやって「東山」の皮肉骨髄を修証のはたらきとして透脱しているのだろうか。》
ここでは雲門本人というよりも、おそらくその門下たちに対してだと思われるが、厳しい問いかけが見られる。仏祖の身心を継いだもの(=東山の皮肉骨髄)として、修証を通して、それを超えていくことが本当にできているだろうかと言っている。道元禅師のいう本当の修証とは仏向上(=仏をも超えていく)ともいうが、終わりのないものである。「現成公案」巻では跳出(超出)とも表現している。それが「透脱」の意味でもある。
宋代の仏道の体たらくを見れば、雲門のいう「東山水上行」が行われているとは到底思えない。そういう意味が込められた問いかけだろう。
このあと、道元禅師による、宋代の中国における禅のあり方に対する厳しい批判が述べられる。
【追記】
2024/10/12
最初、「諸山」とは衆生のことである、と書いたが、やはりここではあくまで「山」である本分に目覚めた者について話しているので、「諸山」は「諸仏」(仏祖たち)のことであると素直にとらえたほうが文意が通ると思い、修正した。衆生とは「山」ではなくむしろ「水」であると考えたほうがいい。「一切衆生悉有仏性」(一切の衆生は悉有であり仏性である)。
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