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大型書店が消えた街で

 「地域教育の拠点」「シン・フリースクール」を創っている真っ最中。その中核に据えているのは、「たくさんの本によって生み出されるよい乱雑さ」が実現された空間である。私設図書館を創っている。
 私が「地域教育の拠点」の機能として、図書館が必要だと思った理由は他の記事にも書いた。

 今回書くのは、その理由の二つ目だ。

「本に呼ばれる」をありふれた現象に

 なぜ今、図書館なのか。それは「子どもたちに本に呼ばれる経験をしてほしい」からだ。

 この「本に呼ばれる」という表現は、私の言葉ではない。いつか何かのエッセイを読んでいて深く納得した表現だったように記憶していたのだが、どうも出典を思い出せずに検索してみたところ、実に多くの方がこの表現を使っていて驚いた。本が好きな人なら一度は経験したことがあるようだ。無論、私にも経験があるし、できれば多くの子どもたちに経験させたい現象である。
 端的に説明するならばこうだ。大型書店や図書館をぶらぶら歩いている最中に、これまで全く興味をもっていなかったジャンルやこれまでの自分だったらまず選ばないであろう本が突然目にとまる。その本が自分を呼んでいる気がする。それが気になって手に取る。読み進めていくと、自分が潜在的に求めていたことに気付いたりその求めに関する情報にたどりついたりするのである。

 Amazonではまず起きないこの現象に、私自身はこれまで結構救われてきた。もやもやすることがあると、本屋をうろうろするようになったのは高校生の頃。まだ名鉄岐阜駅前や柳ヶ瀬に大きな書店があった時代だ。学校帰りに立ち寄って、とにかく店内をくまなく歩く。すると、これまで立ち止まったことのない棚の中に、なぜだか気になる言葉を見つける。その本の背表紙だけ浮き出て見える、というのも決して大げさな表現ではない。すると、そこにもやもやの答えが見つかることがあるのだ。
 大人になった今なら、あの時のことを言語化できる。実際には、「本は私を呼ばない」。自分の心の中にある葛藤や抱えている問題が、本の言葉として顕在化し、私の心が必要なものを欲しているサインとして受け取るのだ。多感な高校生時代に、私は本を通しての自分見つめに明け暮れていたのだ思う。そして、本がたくさん並んでいるよい乱雑さの中でだから、私は正直に心と向き合うことができたのだと感じる。

 岐阜県羽島市は、2022年7月から「大型書店がない街」となった。本の購入はネットで事足りるかもしれないが、上記のような経験のためには、やはり本で溢れる空間が必要だ。私が「地域教育の拠点」を通して子どもたちに提供したいのは、「学力」よりも「体験」である。その方が人生に効くからだ。「本を通した自分見つめ」が与える影響は大きい。その機会を損なわせないために、この街には本が並ぶ場所が必要不可欠だと考える。

不要不急だから、欠かせない

 新型コロナウイルスが流行してしばらく、「不要不急の外出を避ける」という言葉が席巻していた。当時は世界が混乱していたし、それでなくては世の中は戻らないと納得したところもあったが、今思えば恐ろしいワードである。

 不要不急でない事柄は、衣食住+それを支える労働、という捉えで問題なかろうか。それ以外を禁じられた状況の味気無さ、彩りの無さを思う。冷静にその状況を回顧し、もしくは少しずつこの風潮が下火になって、久々にレジャーや外食に出かけたり大勢で余暇を楽しんだりすることで、私たちは思い出した。

 不要不急なくして、生きている意味はあるのか。

 本もまた、大別すれば不要不急だ。だからこそ、人生には欠かせないのだ。本との出会い、本を通しての自分見つめ。これがなくても私の命は長らえたが、これがなかったなら私はただ生きているだけだった。

 不要不急だからこそ欠かせないもので、私たちの人生は彩られる。教育はどちらかというと「不要不急でない」ジャンルだが、生きる意味を感じられたり考えられなければいけない側面も大きい、二面性を抱える難しさがあろう。難しく考えすぎず、教育だって楽しさや嬉しさ、感動が多い方がいいに決まっていると捉えて、そのエッセンスをこの「地域教育の拠点」に込めていきたい。

 それに「大型書店がない街」になって久しいこの地域には、この「不要不急」に飢えている大人も多かろうと思う。実際に私も飢えを感じ始めたところだ。知的な飢えを満たしに、「気のいい大人」がたくさん集まる場所になっても面白い。この場所に価値を感じてくれる大人の数がどのくらいになるかも、これから「地域教育の拠点」を成功させる上で重要なファクターになるような気もする。


 最後になりましたが、この私設図書館の発想自体は、「一般社団法人トリナス」さんが運営する静岡県焼津市の「さんかく」さんが広めているものです。この図書館の仕組みを知ってすぐに連絡を取らせていただき、12月に視察にも伺いました。また愛知県名古屋市の「心音Books」さんへも視察させていただき、運営に関わる具体的なアドバイスをいただきました。この出会いに、心より感謝申し上げます。

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